第28話
※
痛みが断続的に続くのに頭がいっぱいになってるのに、助産師さんは息を吸ってとか吐いてとかうるさい。痛い。痛くない。痛い。繰り返しながらじりじりと出て来るのは子供だ。私達の子供で月の仔。アーケロンの加護を受けた子。めしっとなる気がして、ひっと喉が鳴った。痛い。やっぱり痛い。死ぬほど痛い。ティラの入れ墨とどっちが痛いんだろう。そんなどうでも良い事を考えているしか出来ない。痛い。じりじりと出て来る頭。これさえクリアすれば後はそんなにつらくないと聞いている。ママさん学級で先輩ママさんから。ティラは母猫の出産を見守る父猫のようにうろうろしていた。その眉根は完全に下げられていて、戸惑っているのが解る。そんなんじゃ立派なお父さんになれないよ。思いながらふひっと私は笑う。だって戦場では肉塊すら残さなかった無敵のプロトメサイアが、立ち合い出産で助産師さん達に邪魔とか言われてるんだもん。笑うわ、流石に。でも痛いのも本当。びりびり自分が破けて行きそうで、涙が止まらない。その顔をティラがガーゼで拭く。部屋の外ではアロとステちゃんも待っていてくれてる。早く出て来い。パラの診断では女の子の我が子。名前はもう決めてある。ステちゃんも先日検診を受けて二か月だそうだ。ここは先輩妊婦としても弱音を吐くわけにはいかない。しかしお互いよく出来たな、とは言い合った事だ。ランフォとアーケロンのお陰だろうか。だとしたら最近やたら懐いてくる言うレックスも、ディプロンの力を借りればニトイをどーにか出来るのかも。おねーさん達は君の恋愛を応援しています。でもオルちゃんは逃げて。一刻も早く逃げて。最近体つきも女の子っぽくなってきてるから、とっても心配です。あのケダモノ、まさか襲ったりしないわよね? 流石にオーケー貰うまで堪えるわよね? 信用できない。いっそティラをボディガードとして派遣したいぐらいだけど、それにはファーストの沽券がとかレックスが言うだろう。妹の貞操をまず心配しなさい。
「ひっ」
ずるうっと出てくる感覚に思わずティラの手を握る。ものの本によっちゃこの際の妊婦の握力で旦那の手を骨折させることもあるらしいから、エレメント・ソーサラーの右手だ。神の左手悪魔の右手、とは何のタイトルだっただろう。アルケミストミストとエレメント・ソーサラーみたいだ。何でも作り出す左手と、何でも分解する右手。現在は主に建築現場で働いて、邪魔な岩石なんかを砂状に砕いてはどういうテクニックだと物議をかもしているらしい。そんな手を握りながら、私はとりあえず分娩を終える。後産も終わると何にもしたくなくなったけど、子供が泣いてるから初乳は飲ませる。これが二時間おきだっけ? はは、冗談言うなよベイビー。ねえ、ベイビー。
「初めまして、『アン』」
たった一つの。
たった一人の。
私達の娘。
「テミス、平気……?」
そーっとそーっとのぞき込んで来るステちゃんに、私はけらけら笑って応える。
「あーだいじょぶだいじょぶ、初産にしてはスムーズだったらしいし帝王切開にもなってないし……すごい疲れたから寝るかもだけど、見て見てー。私とティラの子」
「テミス、先に俺が抱く」
「あ、そだね、ティラからだね。首が落ちないように抱いてねー」
「う、うむ」
なんか緊張しちゃっててティラったら可愛いなあ。
寝ていた所をごつごつした腕に抱かれて不機嫌になったアンは、うみゃうみゃと子猫のように泣く。それに臆したティラは、我が子の感触を味わう間もなくステちゃんに代わってしまった。ステちゃんの腕でも勿論泣くんだけど、おーっとステちゃんはそれに感動しているようだった。
「すごい! 初泣きゲット! アロ様、アロ様も抱いてみてくださいよ!」
「い、いや俺はティラと同じで腕が……」
「私でも泣くんだから関係ないです! ささ、アロ様!」
押し付けられてアロはびくびくしながら子供を抱く。やっぱり泣き止まないけれど、それはそれで良いんだろう。まずは抱っこから。慣れていくことから始めれば、それで良い。後でプッテちゃんとニトイにも連絡しないとなあ、思いながらお母さんは睡魔の虜です。ごめんねアン、でも私すごく消耗して眠いの。くかーっと大口開けて眠ってしまった。
「テミスの寝顔凄い……写真にとっとこ」
「アンも入れてくれ」
「何言ってんの、ティラも入るの。初めての家族写真なんだから」
「そ、そうか」
「家族初体験? もしかして」
「アロやメガはいたが……」
「兄弟と妻子じゃ大違いだよなー。はは、俺も今から恐くなって来た。ステ、お前錯乱して手裏剣投げまくったりしないよな?」
「何年私と夫婦やってんですかもーアロ様ったら。やりますよ恐らく。だから陣痛来たら一切の服脱がせて下さい。病院着ですら凶器に変えるシノビですよこちとら」
「怖い! シノビ怖い! ティラ、先輩お父さんとして俺を助けて!」
「握らせる手はアルケミストミストの方だ。生身だと多分折れる。ナノマシンはあるが痛い物は痛いからな」
「そんな!? 修行とかしてないテミスちゃんでもそんな!? じゃあ今でも時々山狩りしてイノシシ捕ってきたりするうちの嫁駄目じゃん! 絶対折れるじゃん!」
「駄目嫁とかひどい! アロ様に食料を届けるために身重の身体でも頑張ってるのに!」
「そう言うの良いから大人しく寝てて! 暇なら胎教にいい音楽とか童話とか出すから!」
「うるさい」
「あ、はい、すんませんテミスさん……」
「オクターブ低かった……そろそろ出ようっか、アロ様。ティラも」
「あ、ああ」
「はは、戸惑いっぱなしだなお父さん」
「お前に家の娘をやる気はない」
「そういう意味じゃないんだけどな!? 大体ステのお腹の子は生まれるまで性別検査しないことにしてるし」
「そうなのか?」
「その方がサプライズ感あって良いじゃーん。まあ名前の候補は山ほどあるんだけどね、男女共に」
「うちは結構あっさり決まったが。一人しかいない。一人しか生まないと決めていたからな」
「なんで?」
「……ナノマシンの影響が怖い」
「アーケロンが何とかしてくれるでしょ。うちもランフォ頼りでばんばん産むつもりだよ! ね、アロ様♪」
「嫁の野望が怖い……ティラ~」
「知らん。うちはうちで手いっぱいだ。お前の要望を聞いている暇はない」
「毎日弁当だって作ってあげるのに!」
「仕出し弁当と変わらない味のか」
「ぐさっ」
「ちょっとティラ、アロ様苛めないでよ、それは私の専売特許になったんだからね」
「ぐさぐさっ」
「鬼嫁……」
「シノビ嫁です、っだ」
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