第29話

 春夏秋冬季節は過ぎて子供は育つ。キュムキュムは火を噴けるようになった。思うにこの子は戦闘能力がなかったんじゃなく、極端に成長が遅かったんだと思う。まさかと思ってパラに確認すると、案の定キュムキュムのお腹にあったしこりは炎のエナジー・ストーンだったそうだ。もっともまだ育ちかけ、多分ティラのエレメント・ソーサラーに感化されて生まれて来たものだろうと言う事。そう言う大事なことはちゃんと言って下さい。いきなり火ィ噴かれてあわやボヤ騒ぎになったことを、私は絶対に忘れないんだからね。でもキュムキュムは可愛いから許す。四つ揃ってエナジー・ストーンで合体したらどうなるのかなあ。月の化身シルバスター。太陽の化身ゴルバスターにでもなるのかな。ぼんやり考えながら、ティラの作ってくれた安楽椅子でうとうとする。ティラが設計図を書いて一から作ってくれた椅子だ。私には宝物に等しい。勿論アンやキュムキュムの次ではあるけれど。そして何より旦那様の、次ではあるけれど。

 その旦那様は今日も工事車両の技として岩石を砕いている。本当はエレメント・ソーサラーで分解しているだけなんだけれど、一部では土木作業の神としてあがめられているらしい。そのくらいの扱いはされたって良いだろう。先の大戦を一気にひっくり返したプロトメサイアの中心核が、とは思うけど、アイドルやったりアイドルの追っかけやったりロリコンに走ったりコックやったり、みんな楽しくやっているのだから構うまい。いやロリコンは大問題なんだけど。メサイア同士で子供って出来るのかな。

 オルちゃんは最近めっきり女の子らしくなって髪も伸ばしたりしてるから、一層危険だ。でもそのぐらいにはメガを信用しているって事なんだろう。ちょっとしたおめかししても抱っこされて頬擦りされるぐらいだ、って言ってたし。いや十分変態だけどね。成長薬は切れて一日一日の成長は人間程度になっていると言うけれど、あと五年もしたら永遠に掻っ攫われる危険もある。もっともオルちゃんの了解があるなら、私達にどうこう言う権利はない。ないけれど言いたいのが本音だけど。何せあの一番最初っから乳揉み現場を見てるからなあ。あの変態。あれを見た私達はあいつを変態だと思わずにはいられないのだ。プッテちゃんがいなくて良かったけど、後にちゃんとセクハラかまされてるし。仲間に対してからあれだったら、私とステちゃんが圏外だったのが本当に僥倖だったと思う。

 まあその変態も先日とうとう庭にいるのをレックス達に捕獲されらしく、離れに作った座敷牢で大人しくしているそうだ。デオキシリボムで蛇とか猫とかになれば簡単に出られそうだけど――猫は顔が通る場所には全身入るらしい――そこまで甘い作りにはなってないだろう。仕方なく三食の食事をオルちゃんとレックスが与える事で大人しくしているらしいけれど、それもいつまで持つやらだ。レックス、オルちゃんの運命はあなたに掛かってるわ。くれぐれも気を付けて。二人っきりにするとか論外だからね。もっともそれは何度にも及ぶメガ退治から解ってはいるだろうけれど。もしもって事がある。オルちゃんの方が引きずり込まれない可能性もない。舐められない可能性もない。いやメサイアシリーズでは能力模写出来ないらしいから良いんだけれど。でも生理的にないだろう、舐めるって言うのは。乙女的にもないだろう。と、乙女を語るにはちょっとトウが立っているか、私も。一児の母だしね。

 それを言うならステちゃんももう臨月だ。男の子か女の子かでアロと賭けをしているらしい。ちなみにアロは男の子が良いそうだ。お父さんとの語り合い、と言うのに憧れていたらしい。あんなに明るくても元は孤児の人間兵器、夢は見たいんだろう。ステちゃんは女の子。ベビードレスとか選ぶつもり満々で、うちの子をリサーチしたりしているけれど、汚れ物になるのが確実だから毎日毎日作り続けだ。離乳食になってオムツも臭くなってきたところ。もっともそれはエレメント・ソーサラーが片付けてくれるから問題はない。本当、お互い良い旦那を持ったよね。つわりの時は毎食ご飯持って来てくれてたし、ステちゃんにも合ったものを作ってくれてるんだろう。良い旦那さんだなあ。味は普通だけど。ステちゃんは台所に立たないらしいから、きっとその普通さに一生気付くことはないだろう。一生。


 私達の一生って、どうなんだろう。背は伸びなくなったし、髪も伸びが鈍くなった気がする。アンはちょっとした擦り傷なら瞬く間に治ってしまう、ナノマシンを含んだ身体だ。私も産褥期は短くて済んだ。もしかして私達の身体もナノマシンに侵食されて行っている最中なのかもしれない。だとしたら、何十年も、もしかしたら百年も生きることが出来るのかも。そしたらティラ達は少しぐらい寂しくなくなってくれるだろうか。同じ年月を生きて、あげられるだろうか。それはまだまだ解らない未来の事だ。うとうとしていた所で、キュムキュムが鳴く声が聞こえる。キュマーン。ああこの鳴き方は。

 よいしょっと安楽椅子を降りて、使う事になるかなんて解らなかったはずの子供部屋に向かう。ぐずっているアンを抱き締めて、背中をぽんぽん撫でた。ママですよー、なんて言いながら私はぐずる娘をあやす。最近はまとまった睡眠時間も摂れるようになってきたから、食事もアロのお世話になってはいない。やっぱり手作りが良いな、と思うのは、私も託児所で育った孤独な子供だったからだろう。発語も遅かったといつかお父さんが言っていたのを思い出す。元気にしているか? あまり来れなくてごめんな。また来るからな。大体その三語で終わっていた面会なんだから、発語が遅くても仕方ないだろう。偶の長い滞在もこっちにかまけてはくれなかったし。

 すうすう眠りだしたアンを、これまたティラお手製のベビーベッドに横たえる。鼻水や涙、涎をガーゼで綺麗に拭いて、と。子守りに専念してくれるキュムキュムは本当に知能が高い方なんだろう。だけどそんなものは望まれていなかったから、廃棄されそうになった。お父さん達が連れて来てくれた、ニトイの作ったキュムキュムは、今日もこんなに頼もしい。そっとアンの隣に横たわって、ぬいぐるみ代わりになってくれる。寝返りの手伝いもしてくれる。良い子に恵まれたなー、と思っていると、外はもう夕暮れだ。さてと、夕飯作りに取り掛かりますか。

 ニトイと言えば先日とうとうレックスから告白を受けたらしい。頑張った男の子。エディプス・コンプレックスの延長だと思うんだけど、なんて困った顔をしていたけれど、母親に対して性欲は普通抱かない。いつの間にか育っていた子供に戸惑いながらも、私達女子三人は背中を押した。押しまくった。男性として見る事から始めよう、と誘導して、今日のレックスの格好良かったところを報告させて。そうすると自然と目が行くようになって、何となく見惚れちゃうこともあるらしくて。どうしたものかとファーストの皆にも相談したけれど、全会一致で告白を受けろとの答えが返って来たそうだ。そりゃ、仲間の方がレックスの思いには敏感だっただろうしなあ。


 二日目カレーをコトコト煮込む。母乳が止まったから何を食べても大丈夫だ。出るころはスパイスが駄目とか刺激物は厳禁とかすごい制限があったから、これは嬉しい。ふんふん鼻歌を歌いながら家庭料理を作るって言うのは中々幸せなことだ。いつもお客さんの食い残しとかをつまんでいた日々に比べたら、本当にそう思う。

 村にはあれ以来一度も行っていない。叔父さんや酔っ払いさんたちも、まあ適当に元気にやっているだろう。火傷位したかもしれないけれど、ダークネス・ソーサラーには火のブラックボックスはなかったから、殆ど一瞬の火柱だっただろうとニトイに聞かされた。兄さん、なんてもう二度と言わないだろうけれど、たまにはからかってやろうかと思う。ニトイの別荘は、おっともう本宅か、山を越えて街を越えてすぐの所だから。中々便利な所に土地もってるわよね。滅多に来なかった割には。地球に戻るつもりはもう完全にないらしい。月を訪ねてくる知識人たちとの会談が楽しいらしく、それが科学雑誌に載ったりすればまたインタビュー依頼が来て、ひっきりないそうだ。その中でファーストの子達も育てて行ってるんだから、もしかしたら一番の肝っ玉母さんはニトイなのかもしれない。扶養家族五人とか、考えただけで眩暈がしそうだ。一癖も二癖もありそうな子達だったもん。個性を排したファーストのはずなのに、プロトの方がよっぽど聞き分けが良いと思うってどういう事よ。いや変態も追っかけもいるけどね。

 くつくつ笑いながらぴりりりりりりりと鳴る電話の方に向かう。こんな時間に誰だろうと思うと、ステちゃんだった。はーい、と電話に出ると、切羽詰まったアロの声が聞こえる。

『て、テミスちゃん、陣痛! 陣痛始まったみたい、どうすれば良い!?』

「食堂スペースの二段目の引き出しにもしもの時用のバッグ詰めてあるから、それ持っていつもの病院に行けばいいよ。一応電話連絡はしておいた方が良いかな。破水はまだなのね?」

『と、思う! なあ本当に大丈夫? すげー痛がってんだけど、俺に出来る事って』

「速やかにミッションを実行し、テニスボールで尻を押さえる事」

『尻!? ボール!? ナニソレ!?』

「良いから早く行きなさいな。うちは今から夕食だし、アン連れて行っても邪魔なだけだから遠慮するけれど、早くしないと本当にやばい事になるわよ。レストランとしても」

『わ、解った! アルケミストミスト構成せよ!』

「何作ってんの」

『車!』

「乗れるの?」

『オートマにしたから大丈夫!』

 そういう問題でなく。

 まあ良いから。

「さっさと行け」

『解った、ありがとな』

「さて」

 ステちゃん陣痛なう、と。

 私はどこまでも呑気に、カレーを掻き混ぜた。

 男の子だったと疲れ切ったアロからの電話が来たのは、二時間後だった。スピード出産じゃん。何をおたおたしていたんだか、あのお父さんは。もしかして限界まで陣痛耐えてた、ステちゃん? いらない所でシノビの癖が出ちゃったのかしら。早くそんな癖は捨てないと、寝るのが二時間おきと言う地獄の初期を耐えられなくなるわよ。一日中気配に気遣うとか、疲れるのにも程がある。うちはキュムキュムが人肌にあっためた哺乳瓶って言う秘密兵器があったけど、アロの作るミルクってどうなんだろう。子供に『普通』って言われたらどうなるやらで、それはちょっと楽しみだった。

 ともかくアンにもお友達が出来たわけだ。退院したら子守りがてら遊びに行ってみよう。最近アンに泣かれなくなったエレメント・ソーサラーの腕にアンを預けて。アルケミストミストの手にごつごつして嫌だと泣くだろう坊やを宥めに。

 ふふっと笑うと、帰って来たティラが訝し気にする。産まれたんだって、アロのところ。伝えると、何か玩具でも持って行ってやるか、何て言う。意外と義理堅いのだ、うちの旦那様は。アンが持ってたにぎにぎするおがくず入りのおもちゃなんかが丁度良いだろう。エレメント・ソーサラーで汚れを取れば、まだ布は十分に使えるし。ちょっとお古を上げるのは悪いけど、あの家じゃ毒入り小柄とか握っちゃいそうだし、手を塞いでおく意味でも良いだろう。赤ちゃんの握力ってすごいらしいし。確かにアンも哺乳時の吸いつきは凄かったし手形が胸にべたべたついたぐらいだった。が、頑張ってステちゃん。としか言えない。生まれる前から生まれる時から生まれた後から大変なのか子育てなのだから。先輩ママとして、出来る限りのことはするよ、私も。

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