第26話
月に向かうスペースシャトルは、相変わらずのGでレックスとオルちゃんは盛大に吐いた。金に糸目をつけない個別シャトル――もちろんお金はアロが『出した』――で良かったと本当に思う。久し振りに月の服に着替えていると、オルちゃんが着方が解らないのか不思議そうにしていたから、こうね、とニトイが教えてあげていた。視線を感じて靴を投げると案の定メガで、お前何やってんだ、とアロの呆れた声がカーテン越しに響く。でも良いところだったな、地球。今度は海も見てみたい。月の海はクレーターだから、それ以外の場所で。プールはあるんだけど、年中混んでて行きたくないのだ。滝のある場所に家を建てて貰おうか。そしたら年中無料プールだ。水着は持って来てないけれど。持っても、無いけれど。
「ティラの能力じゃ家建てるのなんて何年かかるか解んねーからな、場所が決まったら俺が材木から作ってやるよ。子供部屋も要るか?」
自分で子供云々言ってた人とは思えないアロの無神経さだった。
操縦は相変わらずステちゃん任せの旅だった。初めての無重力におう、とちょっとだけの宇宙遊泳――何せシャトルが小さい――を楽しむレックスとオルちゃん。地球から月に来る時はシャトルの中で睡眠状態にされていたそうだ。その方がGの影響もなくすんなり環境に適応できるだろうからと。しかしオルちゃんにスカートを穿かせなかったのは我ながらグッジョブだったと思える。私は元からワンピースのさばき方に慣れてたから、大したことじゃなかったけど。キュロットの中身を見ようと後ろに回り込んでる変態を蹴り飛ばすことが出来る程度には。可愛い服だけど、自粛させた方が良いって言うのは可哀想だよなあ。本当、こんな変態がいるばっかりに。
ニトイは白衣を捨てて来た。一つのけじめなんだろう。でもズボンは捨てて来ない方が良かったと思う。レックスの視線が泳ぐ泳ぐ。こっちはこっちで奥手なのが可愛いなーなんて思いながら、ステちゃんの広がらないミニスカート、シノビ装束だという巻き型のあれが一番じゃないかなんて考えたりして。
ティラはマスクを外した。これも何かのけじめだったんだろう。宇宙ステーションでチャラい警備員に『顔とか痛くなかったっすか』と聞かれて『死ぬほど痛いぞ』と答えていたぐらいには。アロはハチマキを外さないけれど、それはいつかステちゃんが外してくれるだろう。プッテちゃんのはパラだけが知っていれば良い。メガは――むしろ隠せ。全身的に隠せ。うん。全身タイツ着用義務があっても良いぐらいなのよ、あなたは。そしたらまたオルちゃんが怯えるか。と、また二人でトイレに向かった。吸い取り式のトイレだから液体が散らばらない。けれどおげえええええと声が響くのは、ちょっと。乙女として。ねぇ。せめてうえええ。おげええはない、おげええは。
やがて船は宇宙ステーションに入る。脱出よりいくらか楽な入港では、何とか二人も吐かなかった。とは言えやっぱり我慢できるものではないらしく、入港してすぐにトイレに走ったけれど。まあ、内臓に来るから酔うよね、どれもこれも。大気圏脱出、初めての宇宙遊泳と連続で来たら。ステちゃんは安全運転心掛けたんだけどな、と困ったようにしている。宇宙ステーションとのやり取りを終わって、後は出るだけだ。と言う所で、不穏な音に気付く。ちっ、ちっ、と言うそれは、時計に似ていた。どこだろうと座席の下を見回して行くと。
一か所に。
時限爆弾を見付けた。
「ッ爆弾よ!」
TITならぬTNTかよ! 思いながら私は叫ぶ。ティラがすかさずエレメント・ソーサラーで分解したけれど、危なかった。誰があんなものを、と考えると心当たりはあり過ぎた。TITの残党、忘れて来たファースト、単純にホテルの倒壊に巻き込まれた人々。行く先々で恨みを買っていると言っても過言ではない。しかしなんだってまだ爆発してなかったんだろう。宇宙空間で爆発されたら、流石の私達も死んだだろうに。思っていると船の荷物ハッチから人が出て来るのが解る。大人二人と子供が一人。
ファーストの、三人だった。
あ、とニトイが居心地悪げに眼を反らす。
だけど宇宙服越しに三人は、ぷっと頬を膨らませていただけだった。
「オルとレックスに対するドッキリだったのに、何で違う人が見付けちゃうのかしら。酷いじゃない先生、私達を置いて行くなんて」
「その……それは、」
「まあ過ぎた事は良ーからさ、俺達も博士の家に住ませてくれよなっ!」
「え」
「先生がTITを壊滅させたんなら、俺達の居場所は先生の所しかないでしょう。オルとレックスだけ良い思いさせませんよ。部屋が無かったら自分達で増やしますから、お気になさらず」
「あなた達――私を恨んでいないの?」
きょとん、としたのは宇宙服を脱いでいた三人だ。だって、ねぇ、だよねぇ、と三人だけで話を付けてしまう。
「博士を恨んでも何も始まりませんし終わりもしませんわ。それに薬が抜けると存外気持ちが良くて、人間兵器だなんて矜持どこかに行ってしまいましたの。むしろそんなものはない方が良いぐらいだって」
「俺ね、俺ね、前から物理の勉強して見たかったんだ。だから博士についてく!」
「俺は可愛い女の子探して恋愛がしたいですね。プッテちゃんみたいな可愛い子はそういないだろうけれど、探せば村娘とかにいるかもしれないですし。だから月でナンパ三昧楽しもうかと思って――おっと睨むなよパラ。まだ口の中が時々じゃりじゃり言うんだ、こっちは」
「お前が悪い。……武器を携帯していなくても、お前たちは全身が武器みたいなものだろう。それでニトイの足手まといにならず暮らしていけると思うのか」
「あら失礼しちゃう。私達だって常識ぐらい知ってるわ。駆使する機会がなかっただけで」
ふっと笑ったお姉さんは、そこからでも一気にラヴェンダスターで私達を操ることが出来るだろう。そうしないのが印。宇宙船をぺちゃんこにしないのも印。月まで黙って――付いてきたのも、印。
私はニトイを見る。呆然とした顔をしていた彼女は、次の瞬間ぽろぽろ涙を流し始める。それに気付いたレックスが、先生をいじめるな、と子供っぽく三人を睨む。三人は心外そうに肩を竦めて、くすくすと笑う。
そしてみんな幸せになりました、か。
物語の終わりには丁度良い言葉だ。
ニトイ達はリムジンを呼び寄せ、六人揃ってニトイの別荘に去って行った。プッテちゃんはラジオ局のある都市に一直線、パラはそれを歩いて追い掛けて行く。メガはオルちゃんの服を何故か持っていた。いつの間に。狼の能力使えば簡単に見付けられるもんね、赤ずきんちゃん。やめて。彼女今本当に赤いからやめて。止めようとするけれど、それをティラに止められた。ふるふる頭を振られ、あれは真性だから無理だ、と言われる。真性? 真性ロリコン? でもあれって小説ではいい年になったロリータに捨てられるのよね、主人公。早くそうなってくれないと危なすぎる。オルちゃんどうして成長剤との相性が悪かったの。せめて大人ならもう少し抵抗も――されるほどに興奮するタイプだ、逃げ場がない。大体能力の相性が悪すぎるんだ。否、デオキシリボムより強いって言ったらエレメント・ソーサラーとアルケミストミストぐらいだろうけれど。プッテちゃんはフクロウ辺り、パラは蝙蝠辺りの能力使われたら無効化されそうだし。良かった私ティラの事好きになって。ティラが私の事好きになってくれて。ぽてぽてと最初の四人に戻りながら、私達は街を抜けて森を行く。
「――この辺りが良さそうだな」
山の中腹、小川が流れる個所を差してティラが言う。
「買い出しにも便利だし水もある。土砂崩れの心配もなさそうだ。アロ」
「良いけど俺達とご近所さんになっちゃうよん? それでも良いのか、ティラ」
「構わない。テミスも友達が近くにいた方が良いだろう。それにもしも互いのプロトメサイアが暴走しても、俺達なら補い合える」
「ははっ、ニコイチ逆戻りか。まー良いよ、俺もたまにお前の顔見たくなるかもしんないし。――アルケミストミスト、構成せよ!」
一段と気合いの入った声でアロは周囲の材木を切り集め、小屋を作っていく。水に強いヒノキが植えられているから、お風呂やお手洗い、キッチンも無事だろう。最初は匂いに酔っちゃうかもだけど、と、さっそくキュムキュムがくるくるこてんっと私の肩に降りてくる。ちょっとの間我慢してね、と言ってから、私は新築(まさに!)の家に入ってみる。蝶番は土にあった鉄要素を使ったのかな。音もしなくてスムーズだ。キッチン、ダイニング、リビング、バスルーム。ちゃんと電源があちこちにあるのが嬉しいし助かる。寝室はちょっと広め、その次の部屋は何だろう? 小さな部屋は――まさか――
「……アロ」
ティラが呆れを含んだ声を出す。
「まあもしもってこともあるかもしんないし、どっかから引き取りたくなるかもしんないし? 子供部屋♪」
「顔に入れ墨のある自由業無職に引き取られたい子供なぞいるまい」
「あ、わ、私が頑張るから!」
「頑張らなくても良い、テミス! 本当、頑張らなくて、良いから……」
はーっと息を吐くティラに、私はしょぼんとなってしまう。ティラは欲しくないのかなあ、私との子供。確かに色々あるかもだけだけど、アーケロンの力で修正してくれるかもしれないし。否肝心な時しか役に立たなかったけどさ。でも、また『月の仔』が生まれるなら。それはそれで喜ぶべきところなんじゃないの? うりうり髪の上からエナジーストーンをいじってみると、ちょっと光が強くなって、私のお腹に降りて行く。え。マジっすか、アーケロンさん。頑張ってみても良いんすか。
「うん。――頑張る」
「だから!」
「ティラも!」
私は負けじと声を張る。
「自由業無職から脱出して! そしたらなんの心配もないから!」
私に気圧されたように、ティラは思わずと言った様子で顎を引く。よし、言質は取った。後は二人で頑張るだけだ、色んな事を。
鍵を閉めて、アロのレストランを目指す。誰か村の人に行きあったら嫌だなあと思いながら、私はぽんぽん衣類をアルケミストミストでコック服に変えていくアロを眺めた。ステちゃんは暫くウェイトレスしてもう少し大きくなったら、アロと正式に結婚する予定らしい。それまでに逃げられないようにしないと、と鎖を出していたのはちょっと恐ろしい子だけど、それでも二人は相性が良さそうだった。根明同士、と言うか。
「たっだいま我が家ー!」
レストランのドアを開ける。
これで、私達の旅は終わりだ。
長かったのか短かったのか解らない。
だけど後は、帰るだけ。
私にも帰る場所が出来たんだな。
帰る人が出来たんだな。
お父さん、お母さん。
テミスは幸せに、なりたいです。
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