第10話

 その日はペンションに飛び入りで泊まった。食材や調理器具には不自由がなかったから、今日はシチューを。肉はティラが捕ってきてくれたウサギで。結構あるもんだな、とさばきながら思う。茹でて皮をむいてそれでも結構な量だった。ステちゃんは相変わらず異様に鋭利な人参を切り、私はジャガイモを。アルケミストミストで牛乳とブイヨンを作り出したアロは、それを温めていた。ガス台は流石に借りたけれど、良い匂いがしている。ラジオでプッテちゃんの番組を聞いているパラと、エレメント・ソーサラーにオイルを差しているティラと。平和な夜は平和に過ごしたい。今日は男女別部屋になってるから、昨日みたいなことにはならないだろう。昨日って言うか今朝って言うか。周りのペンションにも明かりは付いているし、そこは安心できた。

 夕飯のシチューは何とかおばさん風味だった。牛乳多めで作ったから少ししゃばしゃばしていたけれど、スープ感覚で飲めたのはお腹に優しかった。後片付けはエレメント・ソーサラー任せにして、私達はそれぞれに寛ぐ。思えばこんな事ってなかったんじゃないかな、思いながら私はキュムキュムにリンゴをあげていた。芯は取った方が、やっぱり食べやすい。このぐらいの生ごみは許されるだろう。多分。

「美味しい? キュムキュム」

「キュム!」

「それなら良かった。次の街ではまたリンゴ買おうね」

「キュムー!」

 尻尾と羽をパタパタ言わせる様子は可愛い。さわ、とそれを撫でたのはティラだ。生身の左手で心地良さそうにしている二人に何となく和んでから、お風呂を頂く。これはパラが振動て沸かしたお湯だった。水の陽子の熱振動を利用してお湯に変えたらしい。理系さっぱりな私には全然解らなかったけれど、とりあえずお湯に困らないって言うのは良い事たと思う。水はアルケミストミストを使えば良いし。うう、結局やっぱり頼っちゃってるなあ、なんて私はキュムキュムにお湯を掛ける。石鹸だとあまり本来のふわもこっぶりにはならないんだけど、気持ちは良いらしい。キュムー、と鳴く相棒の背中を流してから、私は長い髪をまとめていたタオルを外して湯船を出た。


「で、テミスはティラのどこが好きなの?」

「へっ?」

 エレメント・ソーサラーで水分子を飛ばしてもらった髪にブラシを通してベッドに座っていると、向かいのベッドに座っているステちゃんがニヤニヤしながら聞いてきた。この年頃の女の子は男の子全般に興味があって然るべきなんだろうけれど、生憎村でああいう視線を受けていた私にはそれがない。でも、好き? ティラが? いや別に決して嫌いじゃないけれど、と思いながら私は首を傾げてしまう。まーたまたぁ、なんてステちゃんは面白そうに手をひらひら振って見せた。髪は綺麗に梳かされて、あとは三つ編みにするだけだ。寝てると私の長い髪は結構しっちゃかめっちゃかあちこちに行ってしまうから、その防止に。お陰で朝はちょっとウェーブ掛かってしまうけれど、午後には自重でストレートだ。

 そういう心配のない程度の長さのステちゃんの髪は真っ黒で、斑がない。ちょっと珍しい色だけれど、東方の人は皆そっちの方が基本らしい。同じ星に住んでるのに混じり合わないって不思議だなあ、思いながら私は三つ編みを作っていく。そうしながら、ステちゃんに問い返す。

「どうして私がティラを好きだと思ったの、ステちゃん?」

「質問に質問で返さないのは会話の基本たよ、テミス。でもそーだなー、いっつもティラが気にかけてるのってテミスじゃない? 私が小柄を投げた時に然り、昼のプッテちゃんのダンスに然り」

「それは誤解だよ、ちゃんとアロもパラも頼ってる。料理とかお風呂とか」

「でも私の小柄を避けさせたのはティラだったし、それに今朝だって……ねぇ?」

 ニヤニヤされるとほんと今朝の事は勘弁して欲しい思いになった。隣のベッドに私がいないのに気付いたステちゃんが、ティラのベッドですやすや寝ている私を見付けちゃって、絶叫。十六歳になったばかりの女の子には刺激は強すぎたかもしれないけれど、その前の晩にアロのベッドで一緒に寝ようと思っていた子とは思えない初心さだった。何にもしてないと二人で弁解したけれど、起きて来た男の子達はほぼ無反応で、ステちゃん一人が盛り上がってる中の朝食だった。続けば普通・オブ・普通なのが解るんだけれど。けっしていい意味では使われない普通。そっちの方だけれど、まあ食べられればそれでいい。食べられない食物兵器だ、問題は。ステちゃんが持ってた兵糧丸みたいな。一度経験してみるのも良いかなと思った私が愚かだった。あれはアロの食べ物が豪勢に感じる。

「今朝の事は、忘れてよもう……眠れなかったのを見抜かれて、隣に寝かされだけだったんだから」

「何で逃げなかったの?」

「それは」

「目を閉じてればそれだけでも休息になるのは私も修行で知ってるよ。なのに何でテミスはティラの腕から逃げなかったの?」

 ニヤニヤニヤニヤ。

 あー本当、村に帰って男たちの慰み者にならなかっただけ良いと思えるけれど、この子もこの子で強敵だ。味方の中の強敵だ。プッテちゃんはパラが、ステちゃんにはアロがいるって言うから、余計私が一人なのが目に付くんだろう。気になる相手は? 現状それがティラだというだけで、別にそんなときめきとかは、たまにしか。たまにでも感じていれば十分か? 機械仕掛けの心臓。だけど温かかった腕。ナノマシンで出来ている身体だと知っている。戦うために作られた身体だと知っている。だけど、だけどだ。

 人肌だと思ったら負けなのかなあ。心地が良いと知ってしまったら、それはもう恋なのかなあ。同い年の友達がいない託児所――多分TITの直轄機関だ――で幼い頃の殆どを過ごした私は、友達というのに乏しかった。特に同い年の子供なんて知らなかった。年齢・性別を綿密に分けられて育てられたから、今も本当はちょっとぐらい人見知りだ。でもレストランで働いて。キュムキュムと育って、それは殆どなくなった。だけど恋とか愛とかは知らなかった。レストランに来るのは大概酒場扱いしているおじさん達ばかりだったし、昼間は女の人も来るけれどそういう人達は大人でやっぱり解らなかった。と思うと、一目惚れした相手を追い掛けて来たステちゃんって言うのは凄いし、恋愛大先輩なのかもしれない。情けない後輩です、はい。

「……気持ち良かったから」

「何で?」

「嫌いじゃない相手だから」

「もう一歩」

 もう、この子は言わせたくて仕方ないんだろうな。

「ティラが好きだから!」

「どこがー?」

「まだ続くの!?」

「最初から命題はそこだったよ? ティラのどこが好きなの、って、訊いたじゃない私」

「そうだった……何処って言われてもなー、うーん」

 焦土色の眼。いまだ隠された顔。それでもたまに細められる、優しげな眼。

「優しいところ……かな」

「世の中の女性の八割はそう答えてから別れに向かっているよ。優しいだけだったとか優しいのは最初だけだったとか」

「ステちゃん案外世間ずれしてる……」

「どこにでも溶け込むための忍者の術です、えっへん」

 私よりさらにない胸を張る。その姿は子供だけど大人。私よりずっと、恋愛大人だ。村に引きこもってた私と違って、世の中のあれこれを見て来たんだろう。師匠と呼ばせてください、ステ様。うへぇ。

「でも本当に優しいんだよ、私が作った料理吸収で食べた後で味わえなくて悪い、って言ってくれたり、敵襲からは守ってくれたり」

「普通ならどこかに置いて行くだろうしねえ、こんな危険な旅に戦えない女の子なんて。……そうだ」

 着替えなんかを入れていた袋をごそごそ漁って、ステちゃんが取り出したのは小さなボウガンだった。

「これならテミスでも使えると思うよ。朝にちょっと早く起きて練習しよう! そうしたら手馴れるのも早いと思うから! もしティラに捨てられても一人で生きて行けるよ!」

「捨てられるのが前提なのか……」

「私は意地でもアロ様に噛み付いて行くけれど、テミスはまだ良く解んなくて、TIT潰しって言う共通の目的のために一緒に旅をしている状態、なんでしょ? だったら戦力は多い方が良いよ。その内にティラに惚れてもらえれば大大満足じゃない?」

「そんなもんかなあ……」

「そんなもんだよ。まあ心配は無いと思うけどね」

「え、どういう意味?」

「秘密~、ふんふふん♪」

 言ってステちゃんは横になる。私も明かりを落として、あの小さなボウガンの事を考えた。まあ動物相手とかもあるだろうし、そういう時はお肉になってもらう意味でも使えるだろう。それなら確かに私も足手まといにならない。賞金稼ぎ相手にはやっぱり隠れさせてもらうけれど。

 本当、私ってば役立たずだなあ…………。

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