第11話

 朝からの稽古は目が覚めて気持ち良かった。私は案外腕が良い方だったみたいで、静止物に当てる分には何の問題もなかった。問題は動物だね、と言うステちゃんに、私は射殺した蝶を見せる。虫までならね、と笑った彼女の笑みの意味は、解らない。

「動いてるものに当てるのが問題じゃない、って事?」

「そう。ただ動いてるだけなら玩具でも何でも射抜けると思うよ、テミスの腕なら。だけど――そこに命が関わって来た時にどうするのかな、って」

「命、」

「そう。自分の為に何かを殺すことが出来るのかなって」

「おーい、女子組飯出来たぞー」

「はーいアロ様ー! まあ難しい事は実戦で覚えるしかないよね、それじゃあアロ様の朝食頂きに行こうっか!」

「うん……?」

 良く解らないまま――

 実戦である。

 とは言え今日最初の敵は賞金稼ぎなので私は隠れているだけだ。一応ローブの中に隠したボウガンに指を掛けてはいるけれど、敵は私に気付いていないから、こういう所から狙撃が出来れば良いんだろうけれど、まだそんなに腕の良くない私は見ているだけだ。最初にティラにも言われてる。お前は隠れていればいい、って。

 だけど。

「うおおおおおお!」

 巨漢の一撃を裁くことも出来ないで腕を盾にしてるのを見たら、流石に腕が動く。

「っ、エレメント・ソーサラー分解せよ!」

 その一本は、瞬く間に分解された。

 男はもろにエレメント・ソーサラーの一撃を食らい、地面に沈む。

 そして。

 焦土色の眼をしたティラは。

 初めて私を、睨みつけた。

「ひっ」

 初めて会った時みたいに喉から声が出る。

「このボウガンはどうした」

 つかつかやって来たティラは、私の手を捕まえて低く唸るように問う。

「ま――町で、買った」

 ステちゃんを巻き込みたくなくて、思わず私はそう嘘を吐く。

「何故」

「わ、私も戦力にならなきゃって。守られてるだけじゃダメだって」

「守られていれば良い!」

 怒鳴られてキュムキュムがシャアッと牙を剥く。

「お前は博士達の忘れ形見なんだ、ただ守られていてくれればそれで良い! ――エレメント・ソーサラー、分解せよ!」

 ボウガンはあっという間に空気に溶ける。

 お父さん達の忘れ形見。

 だから旅にも同行させている。

 それだけじゃ。

「それだけじゃ嫌だから、せめて戦力になろうとしたんじゃん……」

 ぽつりと呟けば、ぽんぽん、と頭を撫でられる。見上げるとパラだった。お酒が入ってない時はごく普通の人だと、この三日で学習して来ている。

「ティラは一番最初にプロトメサイアにされたから、博士達のケアも念入りだったんだよ。情緒面では特にね。だからティラにとっては二人の子供の君は巻き込みたくない対象なんだ、本来なら」

「パラ……」

「でも色々でこんなことになった。せめて君の手を汚させることはしたくないんだよ。僕らだってね。ステちゃんはニンジャだから心得もあるだろうけれど、君は完全に素人だ。あのままさっきの男が身体を突き出してきていたらどうなっていたと思う?」

「あ」

「脳天一発。即死だったろうね。だから君に、そんな事をさせる訳にはいかなかったんだよ。解ってあげてもらえるかな?」

「……ティラ!」

 私はさっさと前を行くティラを呼び止める。振り向いた眼はまだ怒りを灯していた。でも、ここで引くわけにはいかない。

「ごめんなさい!」

 頭を勢い良く下げると、髪がさらさら落ちてくる。

「調子に乗ってた、戦力になりたいと思った、でも私はティラ達みたいな戦い方は出来ないって解った。相手を確実に殺さずにいられる方法なんてないって知らなかった。ごめんなさい。それと、ありがとう」

「テミス」

「私を人殺しにしないでくれて、ありがとう」

「……ん」


 顔を上げると。

 ティラは笑って、マスクをずらした。

 恐竜の入れ墨が露わになる。

 そしてその口元も。

 私の髪をその口元に寄せて。

 呟くように、囁いた。


「お前を人殺しにしなくて、良かった」


 ぶわっと。

 ぶわわわわわっと頬が紅潮するのが解る。

 これ、は。

 優しい笑みがこれならば。

 これに惚れない奴は、優しさを知らないだろう。

 そう思えるぐらい極上の、笑みだった。


「おーい若者たちーさっさと先急ぐぞー。野宿したくないしなー」

「メガの居場所知ってるのティラだけなんだから、早くしてよ」

「ああ、解った」

 すぐにマスクを上げて私の手を握る、その手は左手、生身の方。

 それがティラの優しさだから。

 私はこの人を、好きにならざるを得ないだろう。

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