第9話
「仲違いって、しなかったの? その、メガさん? も含めて五人で」
なんとなく気になったので聞いてみる。あのコンサートの後の熱烈なお別れのチューを見せられた後だと濁したくもなる。
んー、と考え込んだのは予想外にもアロだった。
「そんな状況じゃなかったしねえ。戦闘訓練、応用術、コンビネーション、撮影されたそれらの検証――暇もなければ同病相憐れむ場合でもなかったよ。そうだな、もしかしたら実戦が一番楽だったかもしれない。観測されているとしても自由に動けたし、能力だって何の遠慮もなく使えた。救護テントで夜にこっそりアルケミストミストで怪我を治したりね。まあ自己憐憫だったと言えばそうなんだけれど」
「じこれんびん?」
ステちゃんが首を傾げる。
「全然自己憐憫なんかじゃないじゃないですか。アロ様苦しんでる人の傷を治して行ったんでしょう? それって、すごくありがたい事ですよ」
苦笑いのアロによしよしと頭を撫でられると、おかっぱ頭のステちゃんの髪が乱れる。それを手櫛で治しながら、アロは続ける。
「その傷をつけたのも自分だからだよ。友軍も敵軍もなく、たった五人の個別戦力として投入された俺達には、せめてそう言う事をするしかなかった。花を植え替えたりね。もっともやっぱり、枯れちゃったけれど」
紫の眼を伏せて、アロが呟く。
「何人を殺して何人を助けたか、解らなくなってた。その中で安らかな寝顔になってくれる人は、ありがたかった。それだけの事さ」
「結局仲は良かったんですか? ティラとアロ様、ニコイチ、って呼ばれてたんでしょう?」
「プロトメサイア同士の相性が良かったからねえ。それを考えたらプッテなんか踊る悪魔とか言われてたよ。戦場に翼で飛んできては踊って、両隊を錯乱させて泥沼の戦線を作り上げる」
「プッテちゃんは悪くない」
「わーかってるって」
口紅が付いてるのを教えるかどうか悩んでいる私。無視しているステちゃんとティラ。ニヤニヤしているアロ。
「せめてストリートチルドレンででもいられば良かったんだろうけど。あ、俺って捨て子だったんだけどね。まあみんな同じような境遇で孤児院から引き取られたり、道路で捕獲されたり、そんな感じだったよ。天涯孤独。だから親みたいに接してくれたアル博士達が俺達は大好きだった。だろ? ティラ」
「俺に話を振るな」
「でもテミスちゃんも知りたいんじゃない? 科学者としての親の姿って言うのはさ」
どきんっと心臓が跳ねて、だけど私はこくりと頷いてしまう。それを見たティラが、仕方なさそうに遠い目をする。
「誰にでも平等で、俺達が五人に絞られてからは余計にそれを気遣ってる様子だった。誰かを叱り過ぎていないか、放っておき過ぎてはいないか。無駄に子ども扱いしていないか、無駄に大人扱いしてはいないか。倫理観のしっかりした人達だった。……死んだと聞かされた時に泣いたぐらいには」
「あ」
「……やっぱり俺達が殺したようなものなのかもな。アル博士達も」
「ちが、それは違うっ。元々そんな所にいたお父さん達にだって罪はあるよ。その断罪が暗殺だったとしても、仕方ない。そう、ちゃんと、思え、」
顔が熱い。眼が痛い。これは前兆だ。泣き出す前の、前兆だ。
「私は集落で纏めて育てられたから解らないけれど」
ステちゃんが麻布のハンカチで私の頬を拭う。
「たった一人の人を失った時は、別に泣いても良いんじゃないかなって思うよ。テミス」
「ステちゃん」
「私だって同期が任務失敗で死んだって聞かされた時はちょっとぐらい泣いたもん。それにテミス、今が一人じゃないのだってお父さん達のお陰でしょ? ティラ達と出会えたから。キュムキュムもいたしね」
そっか。
それも、そっか。
「ありがとね、ステちゃん」
「あー女の子の世界って可愛いなー。僕もいつかプッテちゃんと可愛い子供作るんだー」
「え、お前らプラトニックじゃなかったの?」
「勃つもんは勃つんだよ、困ったことに。出る物も出る。だったら可能性もゼロじゃないかなーって。だって僕達、世界にたった五人のプロトメサイアだもん」
「ファーストが襲ってくるのは、それまでには解決したいな」
「そうそう、ティラってばちょっと柔らかくなった? 昔はもっとツンケンしてた気がするけれど、博士達の前以外では。博士達の前でも笑ったりはしなかったけどさ、大口開けて」
大口開けて笑うティラ……?
やばい今泣いたカラスが状態だ。くすくす笑うと、ティラに睨まれる。でもどこか甘さを含んだ眼だった。仕方ないなと、諦めるような眼。焦土色の眼。一昨日の夜は本気で驚いたもんな。今はもう外套の中から睨まれても怖くない。優しい人だと、知ったから。
「パラ・サウロロフス! 手配書の奴だな、死んでもらう!」
「おや今日は僕が襲われる番か。みんな先行ってて良いよ」
「そうする」
「なんッ」
「――――――♪」
どさりと男が倒れる音。呼吸音はしてるから殺しちゃいないだろう。別に彼らはキリングジャンキーじゃない。ただの子供だ。じゃあファーストの子達は? 薬で抑制された自我を持つあの子達は、もしそれが切れたらどうなるんたろう。思いながら私は道を歩く。
ぽつ、と雨が降ってきた気配があった。
「アルケミストミスト、構成せよ」
「僕のも作ってー!」
「へいへい、ほいよっパラ」
作られた傘で雨を凌ぐ。化学繊維すら作り出せるって凄いな、なんて、的外れなことを思って私はその藍色にちょっと顔を隠した。
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