第8話

 山を越えればすぐに隣町だ。買い出しなんかに出るぐらい活気に溢れているそこでは、娯楽も村と段違いに溢れている。ここをまた火柱に、なんて目立つ事はしないと思っているけれど、異星人の考える事は解らない。レックスだってそうだった。何を考えているのか。何を命じられているのか。ちっとも全然、解らない。それに疑問を感じる事もないのか。薬の所為だってティラ達は言うけれど、そんな薬はさっさと廃棄してほしい。ぽいぽいのぽいと言う訳にはいかないだろうけれど。

 街には今日ライブをすることになっているプッテちゃんのポスターが、あちこちに貼られていた。ローカルアイドルではあるけれどメジャーにのし上がれる実力は十分にある歌手でもある。それでも地方回りを基本にしているのは、やっぱりTITを避けるためなんだろう。常にスタッフやマネージャーが傍にいれば、連中だって簡単に手が出せない。となると一番危ない世渡りをしていたのはティラなんじゃないかと思う。TITを引き付ける役を負っていた、とも言えるのかもしれないけれど。

 やっぱり優しい人なんだな。自分だけが囮になっていれば良いと思っていたんだ。そうなるとそんな人を動かすファーストシリーズって言うのは随分な脅威なんだろう。この星にとって。星。随分スケールが大きい事になっちゃってるなあ、なんて思う。ねえキュムキュム。ぎゅっと抱きしめながら、私はその親友に縋りつく。小さな小さな親友に縋りつく。情けない友達でごめんね。長い旅になるかもしれないけれど――なんてったって星を超える可能性がある――付いて来てね。ごめんね。こんなで。本当。

「ところでどうやって問題のプッテちゃんと接触するつもり? こんな人ごみの中で、警備もいるんでしょう?」

 疑問を口にしたのはステちゃんだ。パラはにっこり笑ってから少し髪を整える。それからすぅと息を吸って、柔らかく吐いた。言葉を、乗せて。


「プッテちゃん」


 ただ呼んだだけなのに妙に耳に残る感覚。ふらっとしそうになったのを、ティラに抱き寄せられることで何とか堪える。何だろう、頭の中に直接響くような音だった。パラの能力は何だっけ。そこまで私は資料を読み切れていなかったし、ティラもそうだ。でもアロとパラとステちゃんは全文読んでるから、それを期待したんだろう。私はティラを見上げて、その何ともない様子に驚かされる。ステちゃんは耳を押さえてうーっと唸っていた。

「僕の能力は万物を振動させる能力だからね。ネクストレマー、死の振動。物体によっては微細振動で心臓から壊すこともできるけれど、制限して使えばこのぐらいの町全体に自分の声を響かせることだって出来る。そして僕の声を聴いたプッテちゃんは――」

 ごうんっと町の上に飛びあがる『何か』が、こっちに向かって来るのが解った。キュムキュムみたいな羽を生やしたそれは――

「パラ!」

「プッテちゃん!」

 ――超人気ローカルアイドル、プッテ・ラ・ノドンだった。

 パラの腕の中に飛び込んで、それを受け止めたパラは心底嬉しそうで、二人がどんな思いで別離していたんだろうなんて考える。恋人なんだろうなあ。別々に廃棄されたのか自分達で方々に散ったのか、解らないけれどこの三年ほどを二人は離れて暮らしていた。だけど二人は今も恋人同士みたいだ。変わらないのが良い事も世の中にはある。愛情とか。多分。でもどこから飛んで来たんだろう。リハ会場とかだったら大騒ぎじゃ――

「プッテちゃんが飛んでったあ? 何言ってんだか」

「本当なんだよ、羽が生えてバーッて! 俺の眼ぇ見ろよ酔っぱらってねえだろ!?」

「血走っちゃいるがな。セットかなんかで飛ばす予定だったんじゃねえの?」

「それはそうなんだけど、羽のパーツ付けてなかったし、大体羽自体の形が違ったんだ! ふわふわもこもこじゃなく、なんか蝙蝠みたいな」

 町に入ると案の定プッテちゃんの消息を巡る話題が飛び交っていた。パラの外套で身体を隠しているプッテちゃんには誰も気づかない。やっとスタジオに戻ると、色んな人が怒ったり心配したりしていた。

「新しいダンス考え付いちゃって……見てもらえます?」

「いや、それは別に吝かじゃないけどさ、もう少し穏便な練習ってなかったの? いきなりロケットでバーン、じゃなくてさあ」

 スカートに仕込んでいたロケット――飛ぶ演出用だ――の暴発と言う事にして場は収まったけれど、訝る人もいる。主だっては羽を至近距離で見た人達だ。まあまあとプッテちゃんはその人達を宥めて、スクープの気配につられてきたテレビカメラも入れる。

「それじゃプッテの最新ダンス、ご賞味あれ」

 と、私とステちゃんは目隠しされる。感じからしてティラの手だ。ステちゃんにはアロの。え? 何?

「プッテちゃんの能力はリズムダンスレイブ――自分のダンスを見た人間を自由に操ることが出来るんだ。このぐらいのテンポなら、一時間ぐらい町の時間をずらしたって所だろうね。何せ街頭テレビがすべてプッテちゃんを映してる。高度情報化社会では結構な威力だよ。もっともプッテちゃんの人気はそんな所から来たんじゃないけどね!」

 最後に彼氏馬鹿をすましてからのパラの言葉にずっこけそうになりつつ、私はプッテちゃんが付けていたイヤリングやブレスレットの鳴る音を聞く。周りはただ呆けて、それを見ているだけのようだった。しゃんっと最後の一振りが終わった所で、はっと皆が平静を取り戻す。

「な、なんだ君達は、ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ」

「プッテのお友達でーす! 遠くから見に来てくれたので、ちょっとだけ構いませんか?」

「ま、まあ、ちょっとだけならな」

 マネージャーみたいな男の人は段取りを見に去って行く。みんながちょっとだけポケッとしていたけれど、三々五々に散っていった。それから改めて私はプッテちゃんに笑い掛けられる。わー、顔小さい、可愛い。

「ティラとアロの彼女かな? 二人は」

「違う」

 即答されたのがちょっと悲しい。

「俺のは花嫁候補! ステ・ゴって言うんだ、可愛いだろプッテ!」

「ステです、えっと、アロ様のお友達に会えて光栄です!」

「様って。どういう花嫁修業を」

「俺の所為じゃねーよ!」

「私はテミスです。アル・テミス。その、アル博士達の娘……です」

 告げると予想外、プッテちゃんはぱあッと笑った。

「博士たちの娘!? うわー話には聞いてたけど、可愛いなー! 髪もきらっきらだし、お肌も若いし! あーん私もナノマシン頼りでなく美肌が欲しかったー」

「プッテちゃんは昔も今も可愛いよ」

「ふふ、ありがとパラ。それにしてもプロトメサイアが四人も集まって何してるの」

「TITの本部を潰そうと思っている。地球にある可能性が高い――だな? アロ」

「あの資料見た感じではね」

「資料?」

「テミスが博士達が持ち出した資料を保管していた。残念ながら現物は失われたが、アロとパラが読んでいる」

「私も読んでるわよこのマスク」

「ぶふっ」

 マスク扱いされたティラに思わず笑ってしまうと、じろりと睨まれる。おっと、失礼失礼。でも本当にいつもマスクだからなあ。そんなに見せたく――無いよね。兵器の印なんて。

「ふふっティラにマスクなんて呼べる子始めて見た。でも本当、懐かしいなあ――あれからもう三年になるのね」

 三年。

 大戦からの歳月。

 彼らが廃棄されてからの歳月。

「みんなバラバラの場所にヘリで落とされて。生きていられるなんて思わなかった。私はナノマシン抑制剤で翼も出せない状態にされてたし」

「そういう意味ではお前が一番しぶとかったな、プッテ」

「空から落ちて来たから天使と間違われて、その末が現状よ。でもそうか、TITには借りがあるからね――メガがいないって事は、メガも探しに行くのよね?」

「ああ」

「その頃にはツアーも終わってるから、合流できると思う。でもちょっと寂しいな」

 プッテちゃんは言いながらパラの手を名残惜しそうに掴んで指を絡める。

「大丈夫。プッテちゃんの声はいつも僕に響いてるからね」

 携帯型のラジオを取り出して笑うパラに、プッテちゃんもちょっと安心したようだった。

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