第3話
翌日の朝は早かった。というか私自体が早かった。
「絶対そうだと思ったもんね」
テントを片付けながらぽかん、としているティラに、私は胸を張って重いリュックを後ろに下げた。
「絶対置いて行くつもりだって。お父さん達があなた達にいい研究者だったならなおさらそうだろうって。置いて行くつもりだって、絶対そう思ってた」
「テミス……」
「絶対置いて行かせたりしないんだからね。せっかく掴んだお父さん達の手がかり、絶対離したりしないんだから」
「そーだと思ったんだよねー僕も」
二日酔いの頭痛を抱えながら旅支度を終えたパラがやってきて、そう言う。
「だからなるべく早く出ろって言ったのに、研究資料読み込むからこのざまだよ。盗んで行って一気に読めばよかっただけなのにさ」
「他人にも泥棒を勧めないで下さい、パラさん。はい昨日の請求書」
「ぎくっ。はいはい、最後だから払いますよーだ。テミスちゃんのイケズ」
「私の店じゃないんですから当たり前ですっ。私の店でも容赦しませんでしたけど」
「どっちにしろ駄目じゃん!」
けらけら笑っている私達に、ティラは溜息を吐く。
「ファースト達が実戦投入される状態なら、そいつらとの戦いもあるかもしれない」
「解ってる」
「単純に俺達に恨みを持つものもあるかも知れない」
「解ってる」
「裏社会でプロトメサイアは懸賞金首になっている」
「それは知らなかった。プッテちゃんとかよく活動出来てるね」
「人の輪の中心にいれば奴らも手を出せないだろう……それでも行くのか」
「行く」
「どうしても?」
「行く」
「キュム!」
キュムキュムも頷くように鳴いて、ティラの肩に乘った。そしてすりすりと額を擦りつける。ちょっと驚いた風のティラは、年相応に見えた。十七・八の、青年の顔に。そう見えたのは初めてで、ちょっと胸がきゅんッとする。いやいや、ときめいている場合じゃないわ私。これからどこで置き去りにされるか解らないんだから、それはちゃんと覚えておかなきゃ。いっそティラのテントの下宿するか、と思っても、エレメント・ソーサラーで分解されたらどうしようもないしなあ。
あれは元素を操る力た。何でも解体してしまう力。お父さんたちの資料にもあってそれは解るんだけと、食事までああ摂れる程の力だとは思ってなかったし、その辺は頭の使いようなんだろう。私はあまり頭の良い方じゃない。店の計算ぐらいなら出来るけれど、あくまでそこまでだ。普通の頭。普通の料理。普通の体力。だから足手まといになることは織り込み済みだ。それでもついて行く決心は変わらない。TITってのが何なのかが知りたいし、何故国がそんないかがわしそうな機関に人間兵器製造なんていかがわしい事を現在進行形でやらせているのかも知りたい。そしてお父さんたちの何を知っているのかも、知りたい。私の知らない両親の顔。怜悧冷徹な研究者の顔も、知っておかなきゃいけないんだ。多分。だって私は、二人の娘なんだから。
ひひっと音をたてて笑うのはパラだ。こっちは私が一人付いて行くことなんて気にしていないんだろう。というか、私がどうでも良いんだろう。プッテちゃん命に生きてる人だから、ポータブルテレビは持って来てあるけれど。あとラジオ。もしもの時のためなのか深夜ラジオ番組も持っているせいなのか、まあどっちにしたってプッテちゃん絡みなんだろう。
「じゃ、とりあえず、出発進行と行きましょうか!」
「待て!」
静止の声は後ろから。振り返ればお義父さん――叔父さん、だった。
「頼む、その子は連れて行かないてくれ! 兄の忘れ形見なんだ、何かあったら兄に申し訳が立たん! あんた達が賞金首だって言うならなおさらだ、その子を巻き込まんでくれ! 頼む、頼む!」
「叔父さん――」
「頼む、から……」
ティラのマントに縋りついた叔父さんの手には。
小さなペティナイフが握られていて――
「ティラ離れて!」
「問題ない」
ガギッと金属が触れ合う音がして、叔父さんのナイフが折れる。ひっと喉を鳴らした叔父さんは、そのままティラに首を締めあげられた。叔父さんも叔父さんで人間だ。賞金に眼が眩むこともあれば、私を守りたいとも思うんだろう。ティラは着ていた鎖帷子じみたインナーに助けられて無傷だった。もっともそんなもの、無くても同じだったんだろうけれど。プロトメサイアは生身の部分でもナノマシンで構成されている。よって対艦砲すらも受け流せる、って。本当、人じゃないんだなあと他人事のように思う。他人事だからだ。でも私の両親にはかかわる事。だから私はそれを、突き止めて行きたい。
腰を抜かした叔父さんは、頭を抱え込んでうずくまる。そして化け物、化け物と呟いていた。私はそれを放っておいて、村の入り口に向かう。ところどころから視線を感じた。いつもの酔っ払いさんたちに、プロトメサイアを語る人。みんな私達が出て行くのを待っているんだろう。温和な村に戻ることを、願っているんだろう。だから私は脚の速度を弛めない。いつの間にか並んでいるパラとティラと一緒に、歩いて行く。
そして村を出た瞬間。
そこは火柱になった。
「なっ……」
「プロトメサイアを喧伝する男がいただろう。おそらくあいつ目当てで村ごと消し飛ばしたと言ったところか」
「ご明察」
細い男の子の声が聞こえて、私は周りを見渡してしまう。と、そこに見慣れない服を着た男の子がいた。私達よりいくつか年下に見える。くすくすくすっと笑って眼を細めて見せた。
「なら、なんで私達が村にいる間に――」
「ファーストとプロトの違いを見せつけたかったから。かな? ティラ001、パラ006。その名前は君達だけの物じゃなかったんだよ。もっとも俺達ファーストには、固有名詞がきちんと振られていけれどね。俺はレックス。一応君達の弟さ。よろしくね、兄さん?」
「…………」
差し出された手を無視して歩き出す二人に、遅れず私も付いて行く。くすくす笑う声がずっと付いてくるようで、それはちょっとだけ。ちょっとだけ、恐かった。
「薬で性格調整されていたな。覚えのある匂いだった」
「そうだね、僕らが戦場に向かうとき必ず嗅がされていた薬。でももっと強力になったみたいだ。僕達の自我がよっぽど邪魔だったんだろうね、連中は。だから学習して、日ごろから強い薬を使うようになったんだろう」
「……村は、」
「早朝にしては起きてる連中も多かったからな、何とかなっただろう」
「そ、か」
三年しか住んでない村だけど、それだけでなんだか救われたような気持ちになった。もっとも帰って来た時に迎え入れてくれる場所が無くなったのは確実だけど。家は捨てる覚悟で来たけれど、それにしたってきっついよ。自分の所為で村一つ、って言うのは。
「お前の所為じゃない」
「とも言い切れないでしょ。私があなた達の事引き留めたから。TITの資料が残っていることを話したから。ああいう人は耳が良いって決まってるもの」
「資料なら持って来てある。問題はない」
「え。あの分厚くて大量なのをどうやって」
「それは今から会いに行く奴に尋ねると良い」
そう言えば迷いなく歩いてるけれど、隣町に通じる道じゃない。パラもきょとんとして、それからああ、と頷いた。
「お前らニコイチだもんねえ」
「好きでそうなったんじゃない」
珍しくぶすくれた声を出したティラは。
私を突き飛ばした。
「へっ」
と、私がいた場所に無数のナイフが刺さる。それからパラ、ティラの方にも。だけど彼らはそれを避けない。それどころかはじき返す。その事に襲撃者は息を呑んだ様子だった。
「一応聞いておくが」
ティラが声を張る。
「お前は何だ」
「――賞金稼ぎ」
木陰から降りてきた女の子は、言って私達を睨みつけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます