第2話
被検体は身寄りのない子供から選ばれた。数十名の子供達は可愛がられ、名前も付けられた。それぞれがそれぞれに研究員たちと遊び、研究員達はその中からどの能力が誰に適しているかを怜悧に検査していた。だが国命の研究にそれでもと思ってしまった人々もいた。彼らには子供がいた。だからこそ子供を作り替えるその研究には気が乗らなかった。だがそれが仲間から上部に伝わり、その研究員達は抹殺された。
――私の父母だ。
予感を覚えていた父母は私に大切な話をするからよく聞いて、と言ったのだ。研究の事。子供達の事、自分達の立場の事。そして私を鄙びたこの寒村にいる叔父に託した。義理深い人だった叔父は寄宿舎学校から娘が帰って来ると言う設定で私を受け入れてくれた。私はよく解らないことが立て続けに起こってパニックだったけれど、それも都会から田舎に戻ったからだろうと誤魔化された。そして私は、生き延びた。一人ぼっちで、生き延びてしまった。
オペレーション・プロトメサイア。その簡易資料も託されていたから、誰がどんな能力を持っているかも知っていた。エレメント・ソーサラー……原子を操る右手を持つ、この、ティラの事も。
「あなたは、ティラね?」
「……ああ。アル博士達の娘か。いつも親馬鹿に話していたのを覚えてる。可愛くて頭が良い、好き嫌いはあるが自慢の娘だと」
「ふふ、お父さんたちらしい……チキンステーキについてたサラダのレンコン、調理は出来るけど食べられないのよ、私。レシピは大体お母さんのノートから、店のオーナーは叔父が。叔父が父ってことになってるけれど、昔からの住人は騙せなくて、結局義父って事になってるの。お義父さんは良い人だよ。私を娘みたいに可愛がってくれる。ちょっと距離は、あるけれどね」
「良い人間に巡り合えたな」
「あなたにも巡り合えた」
「…………」
「戦場で活躍していたあなたがどうしてこんな所にいるの? 勲章でも何でも貰ったらよかったのに」
「俺達は影の存在だ。認知されてはいけない。味方でさえ殺して来た。さっきのオヤジは運が良かっただけだろう」
「……私の両親は、プロトメサイアに殺された、って言われたわ」
「違う。俺達じゃない」
「解る。あなた達じゃない。きっと国のお偉方お抱えの暗殺者だと思う。もともと反体制の気が強かった父母だから、覚悟はしていたんだと思うわ。叔父もそうだったから、信用出来た。でも私には誰を信用して良いか解らなかったわ。誰を信用してはいけないかも。でも今は、違う」
「違う?」
「私はあなたに出会った。私、あなたに出会ったのよ、ティラ!」
暗いテントの中の焦土色の眼は、私を見た。私は月光を背負って、それを笑う。
本当、人生って解らないと思いながら。
数年前の戦争をひっくり返した張本人に出会えた幸運を、喜びながら。
「俺達を集めて国に反旗でも翻すか? 悪いがそう言う事にはもう興味がない奴が大半だと思うぞ。それぞれ恋愛したり仕事したりしているからな」
「そんなこと考えていないわよ、物騒ねえ。人類全体から見たら人が二人死んだ、ただそれだけの事なんでしょうってちゃんと区別はついてるわ。私だってそのぐらいには大人です」
あんまりない胸に手を当ててふんっと張ってみる。ちょっとだけ虚しい。でも本当、プロトメサイアが殺さされ続けてきた人数に比べたら、大した事でもないんだろう。
「ちなみにお前、その組織の事はどの程度知っている?」
「まったく知らないと言っても過言じゃないわ。資料は持ち出し用に潰されたところばかりだったし。でも所々で出て来た単語があったな……TITとか言ったかな」
ティラの眼がぎらりと光る。
「俺がここにいるのは、旅をしているのは、そのTITを潰すためだ。国営軍需機構だったとしたら厄介だが、国が隠したがっていると言う事はそう言う訳でもない地下組織なんだろう」
「…………」
「お前の親はそういう場所で働いていた。理解できるか? 納得できるか?」
「するしかないんでしょ」
「……存外に、度胸がある」
「でなきゃ夜の酔っ払いレストラン任せられないわよ。今もまだ酔っ払いがいるし」
プッテちゅわぁ~んと言う声が聞こえる。雰囲気は台無したけど、このぐらいで良いんだろう。
「何が目的だ?」
単刀直入に問われ、私はやっぱり胸を張って答える。
「組織の壊滅!」
「……!」
「私みたいな子もティラみたいな子も出ない世界にしたいのよ、私は! 私は一人ぼっちじゃなかったけれどあなたは一人ぼっちだったんでしょう?」
「……俺は」
「だから私はあなたについて行って、両親の痕跡を探す。あなたはTITを潰す。利害は一致しているでしょう?」
ばさばさばさっと音がして、ティラが目を細める。私は大丈夫、と合図してから、相方を肩に乗せた。蝙蝠のような羽が張ってある、だけど本体はウサギによく似た動物だ。都会で一時期はやったものだ、と叔父にも説明しているけれど、これも恐らくTITの廃棄物だろう。
「キュムキュムって言うの。キュムキュム鳴くからキュムキュム。多分TITの廃棄物」
「……俺達だって見方を変えれば立派な廃棄物だ」
「私の両親もね。案外痕跡多いから、私の部屋の父さん達の遺品を見ると良いわ。……お客さん、今日はもう閉店ですよー!」
「プッテちゃあーん」
お酒が入るといつもこうなんだからなあ、この人は。アイドル歌謡からチャンネル変えさせてくれないし。
「パラ」
ティラが声を掛けると同時、びくりと酔っ払いさんが身体を固める。
「プッテに会いに行くぞ」
「……ほんと?」
「アロにもメガにも会う。お前も飲んだくれていないで動け」
「プッテちゃんに会いに行くんじゃしょうがないなぁ~」
一気にでれッとした顔になった彼が常連になったのは、村人になったのは、半年前だ。まさか彼までプロトメサイアだった? パラ。そう言えば資料に乗っていた名前だけれど、今まで誰とも慣れ合わずにテレビと会話していた彼の名前を知る機会はなかった。長い前髪で顔が半分隠れているからだろうか。ティラもマントで口元と頭を隠しているから、気付くのが遅れたんだし。
ポケットナイフを取り出した彼は、器用に髪を整えて行く。薄い髭も剃れば、結構な美男子だった。ていうかプッテちゃんって。
「プッテちゃんもプロトメサイアなの!?」
「ああ」
「プッテちゃ~ん、今会いに行くからねえ♪ 丁度来週のコンサートは隣町なんだよ、運が良かったねー。一枚で三人は入れるけど、そっちの動物は」
「キュム?」
くりっとした眼で見詰めれば、男だって女だってイチコロなのがキュムキュムなのよ。
「ま、良いでしょ。僕はそろそろ家に帰って酔い覚まししてから旅支度の予定だけど、ティラは?」
「テミスの部屋に泊まる」
ぴきっ、とパラの顔が固まる。
「ティラってこんなふしだらな奴だったっけ……?」
「俺達を改造した機関の技術者だったんだ、テミスの両親は。暗殺されたらしいが資料は残ってるから、それで」
「場所が解ったらカチコミ掛けるの? でも僕らってもう、廃棄されたも同然じゃない」
「ファーストシリーズが動く、と言う情報が入らなければ、俺もどこかの農村で牛でも引っ張ってたんだがな」
今度はその耳が動く。
「僕達を踏み台にしたファーストシリーズ?」
「そう。俺達よりも厄介な、ファーストシリーズだ」
「あの」
おそるおそる手を上げる。キュムキュムも羽ばたいた。
「ファーストシリーズ、って?」
「俺達はプロトメサイア。救世主の出来損ない。自我があった所為で廃棄されたプロトシリーズだ。対してファーストシリーズは受精卵段階からの加工がされている。それもセカンド、サードに続く踏み台にされるぐらいなら、俺達が殺すかTITを潰すかだがな」
「殺しちゃダメだよ!」
思わず私は声を上げる。
「その子達だってそう生まれたくて生まれたんじゃないでしょ? ティラ達だって廃棄されて初めて知ったことがあるでしょ? だからまずはTITにカチコミ掛けなきゃ、その子達が可哀想だよ!」
「可哀想、ねえ」
パラがシニカルに嗤う。
「生きてても可哀想だったけどね、俺達は」
「え、」
「パラ。それ以上は良い」
「はいはい、じゃあ行ってきまーす」
水を一杯くぅーっと飲み切ったのどぼとけを見ながら、私はその後姿を見送ってから気付いた。
「酒代、払ってない……!」
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