プロトメサイア
ぜろ
第1話
少し未来、ほんのほんの少し未来。
そこにある科学を人はこう言うだろう。
『魔法』と。
それはそんな魔法の時代の話。
海水を甘くしたり川を逆流させたりする石。
魔導石――エナジーストーンの存在がほんの少し近付いていた時代。
そして――
一人の男の災難の話でもある。
※
それは生ごみを外にあるコンポーザーに捨てに行く途中だった。
バイトしているレストラン。
……の横に鎮座している、テント。
物乞いか何かにしては随分こなれているこれは軍用だろうか、でもここに軍人さんが来るなんて聞いてないし用もないだろう。鄙びた田舎の寒村だ、ここは。レストランだってここ一つしかない、つまり情報は大概ここに集まってくる。何かの噂目当てかな、思ってちょんっと入り口を利ぞき込んでみると。
目が合った。
「ひっ」
人間ぽくない赤茶けた目は焦土色だ。だけどそれは人の形をしていて、人以外の何にも見えなかった。びくっとした声を出してしまったからか、『彼』は身体をぬるりとテントから出す。それからレストランをくい、と親指でさした。
「レストランの明かりが借りたかったんだが、迷惑か?」
低い声はだけどどこか透き通っていて、私はふるふると頭を振ってしまう。そうか、と頷いた人は、そのままレストランに入って行こうとした。
「明かりを借りるだけじゃ、不平等だからな」
意外と律儀だった。その彼のためのチキンステーキを焼いていると、軍人上がりのおじさんのいつものよく響く声が聞こえてくる。
「――だから俺は会ったんだよ、プロトメサイアに!」
またあの話だ。
プロトメサイア――それは先の大戦でこの国が作った兵器の名前だ。名前以外何も知らされずに、いつのまにか運用されていた兵器である。急な戦況変化に生まれた都市伝説だと思われているけれど、私はそれをそうではないと知っていた。プロトメサイアは『居る』。今も確実に、この世界のどこかに。
プッテちゃーんと、いつものお客さんが飲んだくれながらテレビに映るアイドルを呼んだ。
「ひでえ焦土戦だった、でも俺は運良く助かった! 片腕は殆ど動かなくなっちまったが、それでもその中で俺は見たんだ、プロトメサイアを! ガキみてーなナリをした、男二人だった! 焦土の真ん中でそいつら二人だけが無傷で立ってたんだ! これが兵器でなくて何だってんだ!」
「じゃあ何かい、お前さん軍が人体実験でもして人間兵器を作ったとでも言うのかい」
「それは、」
もごもご黙るのはいつものパターンだ。迂闊なことは言えないだろう、一応ここは軍事国家だし、見慣れない客もいる。もしもスパイの類なら、彼はここを出た途端ズドン、かブスッ、だ。迂闊なことは言えない。でも言わずにはいられない。鶏油を全体に回してステーキをひっくり返した。うん、ぷりっぷりの良い色。あとは二・三分放っておけば良いから、と、私は副菜を作る。レンコンがあったからサラダにしよう。ぬめりを取るように酢水につけて、あとはレタスとトマトをちぎって切って。ライ麦のパンを添えてフライパンに乗せていた蓋を取れば、ステーキは出来上がりだ。ソースはお好みでテーブルにあるのを選んでもらえればいい。
「おまたせしました、チキンステーキにサラダ、パンの盛り合わせです」
「ありがとう」
無駄に良い声で言われるとひゃーっとなるなひゃーっと。それを隠して私はごゆっくり、と営業スマイルを向ける。とそこに、さっきのおじさんが声を掛けて来た。多分丁度いい話のタネだったんだろう、私の両親の事は。
「――テミスちゃん! テミスちゃんのご両親だって、なあ」
「おいやめろよお前さん」
「軍需兵器の事故で死んだって事になってるけど、本当の所は」
「やめなって!」
「――その時のガキみたいなナリをした二人は」
ぼそりと会話に低い声が入ってくる。へ、とおじさんもぽかんとした様子だった。
「こんな背格好じゃなかったか」
ごとんと椅子を鳴らして立ち上がり、彼は分厚い外套姿で立って見せる。おじさんはあ、あ、と声を上げていた。
「あんた、まさか、あんた」
「これがプロトメサイアだ」
男の人は。
ばさりと外套を翻し。
右手を見せた。
先端はグローブに包まれているけれど、それは機械だった。
プロトメサイア。
「分解せよ、エレメント・ソーサラー」
その手がさしたのは私が作ったチキンステーキセットの方で、文字通りそれは分解されて彼の口の中に入っていく。味わえなくて悪いな、と苦笑いをされた後で、がたんっと音がした。
「プロトメサイア! あああああ、プロトメサイアだああああ!」
おじさんは腰を抜かして椅子に座りそびれたようだった。そっちに彼は向かっていく。駄目、とか、やめて、とか、言う事は出来なかった。私は、その能力の原理を知っている。だから何も心配ないことも、知っている。
彼は生身の方の左手で、おじさんを引き起こし椅子に座らせた。
「――水をやってくれ」
植物にそうするように無機質な声だったけれど、私はレモン水をピッチャーごと持って行った。何杯も何杯もそれを飲み下したおじさんとその仲間達は、その間ずっと彼の右手を薄気味悪そうに見ていた。そしておじさんが立ち上がれる程度になると、次々にお勘定を置いて出て行った。
プッテちゃあ~ん、とアイドル好きのお客さんだけが残る。
「悪かった。明日から客の入りが悪くなるかもしれない」
「良いんです。良いんで、す」
ぽたりと落ちた涙。
私は。
アル・テミスの両親は。
「あなたを作ったのは、私の両親たちだから――」
だから良いんです、としか、言えなかった。
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