第22話 不思議な少女(1)
その夜。
夕飯を食べ終えた春野は、満足しながら部屋に戻った。
とても美味しかった。先ほど食べ終えたばかりの夕飯に思いを馳せながら、春野は膨らんだお腹を撫でた。
朝とほぼ同じメニューだったけど、そのなかにはなんと昼間に取ってきたイチジクも追加されていた。自分たちで苦労して取ってきた分、美味しさはそりゃもう倍増だった。
隣にいたジェーンは、3個くらい食べようとしててお母さんに「そんなに食べたらお腹壊すわよ!」って注意されてたな。あれはちょっと面白かった。
寝室に入り、窓から漏れる月明かりを頼りに自分のベッドへ向かった。今は1人だ。ジェーンは洗い物をしている。「私もやります」と率先して手を挙げたが、「今日は疲れてるでしょ。良いから寝なさい」とジェーンにやんわり断られてしまった。
ベッドに身を預けた途端、1日の疲労が一気に思い出されて、「はぁ〜」と大きく溜め息を吐くと共にベッドに身を委ねた。どうやらジェーンの言う通り、疲れているのかもしれない。これならすぐに寝られそうだ。
幸せ者だな、自分は。疲労で意識が曖昧になるなか、そんなことを思う。
自分には、自分を心配してくれる姉がいて、優しいお母さんがいて、お父さんは――今はいないけど、きっととても頼りになる人に違いない。だって、行き倒れて身寄りのなかった自分を引き取って、「家族」を与えてくれた人だから。
夕飯の席で、思い出せない「お父さん」について2人に聞いたら、それはもう面白かった。盗賊に殺されそうになりながらも生還した話はハラハラしたし、持ち帰った商品が、実は一部のマニアで絶大な人気を誇っていて、それが高額で取り引きされた話はワクワクした。
いいな、外の世界か〜。春野はちょっぴり憧れる。今いる国も充分楽しくて、家族も近所の人たちも優しくて温かくて、不満なんてこれっぽっちもないけど。でも、外の世界がどんなものなのかは憧れる。お父さんが帰ってきたときに、もっと詳しく聞いてみようかな……。
きっとそこには、春野が知らないことがたくさんあるのだろう。それを思うと、もっともっと知りたくなった。
***
――なんと、魔眼であったか。
――お妃様もかわいそうに。腹を痛めて産んだ待望の娘が魔眼持ちだったとは。
――そのお妃様も、今はいない。どうやら娘に見つめられた直後、石となってしまったそうな。
――王は、石になってしまったお妃様をご自分のお部屋へと隠してしまわれたらしい。
――ああ、まだお若いのに。
――本当にかわいそう。
――あの娘が、いなければ。
――お前が生まれてこなければ!
――卑しい目だ。
――我ら一族の紫の瞳を受け継がず、桃色とは。
――これでは石となられたお妃様も浮かばれない。
――そうだ。閉じ込めてしまおう。
――どこへ?
――塔を作るのだ。天まで届くほどに、高い。高い塔を。そしてその1番上の部屋に魔眼の娘を閉じ込め、誰の目も触れないようにしよう。
――だが、死なすわけにもいくまい。そうなれば王族への叛逆と見なされる。
――ならば世話係をつけよう。だが魔眼で石になられても困る。そうだ、あやつの目に包帯を巻こう。絶対解いてはならぬと言い聞かせよう。
――解いてしまったら、お前は皆を不幸にすると言い聞かせよう。
――卑しい目、卑しい娘。名を、なんと申すか。
***
「春野?」
「……え?」
名前を呼ばれて、春野は我に返った。こちらの顔を心配そうに覗き込んでいる姉の顔が間近に迫っている。
春野は小さく悲鳴を上げて思わずのけぞる。
「ちょ、危ない!」
直後、ジェーンが血相を変えて春野の腕を掴んできた。そのまま引き寄せられた春野が何か言う前に、背後に貨物を引いたロバが、土埃を舞わせ、地面をガタガタ言わせながら通り過ぎていった。
遅れて血の気が引いてしまう。一歩間違えれば轢かれていたかもしれない。
春野とジェーンは同時に溜め息を吐いた。
「どうしたのよ。危ないじゃない」
「あ……、ごめんなさい。ちょっと、ボーッとしてました」
「大丈夫? 朝も、泣いてたし……」
春野は「平気ですよ」と笑ってみせた。
「ちょっと、夢見が悪かったみたいです。内容は覚えていないのですが、何だか苦しい夢でした」
覚えていないはずなのに、起きたときから胸が苦しかった。息ができないとか、どこかが痛いとか、そういう物理的な苦しさではない。どちらかといえば精神的に負荷のかかるような苦しさだった。
隣にいたジェーンが遅れて目覚めて、「おはよう」と挨拶をしてきたので返事をしようとしたら、瞠目した彼女と目があった。
どうしたのですか、と聞いた春野に、彼女は「どうしたの? どこか痛いの?」と聞いてきた。遅れて、春野は自分の頬に涙が伝っていることに気がついたのだ。
「よほど悪い夢を見たのね。ねえ、そういうときってどうするか知ってる?」
春野があまりに暗い顔をしていたからだろう。ジェーンが明るい声で話しかけてきた。
「どうするのですか?」
わからず、首を傾げる。するとジェーンはフフンと得意げな笑みを見せた。
「そういうときはね、楽しいことでとにかく自分を埋め尽くすの! ほら、行こう!」
「あわっ、わっ!」
ぐいっと再び強い力で腕を引っ張られ、春野は転けそうになりながらも歩き出した。
頼もしい姉だ。自信有りげにずんずんと先へ進んでいくその後ろ姿に春野は安心感を覚えて、「はい!」と元気よく頷いた。
昨日と同じように、今日も春野は町の散策をしていた。朝食の席でその話をしたら、ジェーンが真っ先に「アタシもついてくよ!」と言ってくれたのだ。
お母さんは、今日は内職に勤しむと言っていたので、今は家に1人でいる。「遅くならないうちに返ってくるのよ」と言いながら、春野たちにお昼用のパンを持たせてくれた。
「今日はどこへ行くのですか?」
「うーん……、とりあえず今日は闘技場の方に行ってみる?」
「とーぎじょー、ですか?」
それはどんなところですかと聞くと、「行けばわかるよ」と返される。場所は、昨日も訪れた南門の方だと言う。
ということは、外から来た人にも人気の場所だろうかと春野は考える。ジェーンは昨日、「南門のあたりは色々な人が出入りしているから、町の中でも1番活気づいてると言っても良い」と言っていた。ゆえに、公共施設も多いのだろう。
ジェーンが案内した場所は、大通りに面した大浴場の道をさらに行った先だった。多くの人が行き来しているなかで、その半分の割合が大浴場へ行くのに対し、さらに半分はもっとさらに先へ進んだ。
よほどすごい場所に案内されるのだろうと思い、春野は少しワクワクしてきた。いったいどんなところか。とーぎじょー、とは。
大浴場を過ぎて少ししたあたりで、何か大きな声が聞こえた。歓声、と呼ぶべきだろうか。腹から精一杯だしているかのような大声が聞こえてきた。近づくにつれて、その声はより大きく。時に怒号さえ交じったものに変わっていった。
「ここよ!」
湧き上がる歓声たちに負けじと、ジェーンが声を張り上げて案内したのは、昨日の大浴場よりもさらに大きい、円形の建物だった。
あまりの騒がしさに、春野は思わず耳を塞いでしまう。
「ここがとーぎじょーなのですか!?」
春野もさらに負けじと大きな声でジェーンに問いかける。彼女は「そうよ!」とうなずいた。
闘技場と呼ばれた、その円形の建物は。外側にいくつもの窓のようなものが空いていた。天井に屋根はなさそうなので、中で響く音は全て外に漏れてしまう仕組みらしい。通りで騒がしいわけだ。
先ほど大浴場への分かれ道へ行かなかった人たちは、どんどんその建物へと吸い込まれるように入っていった。すでに驚くべきほどに活気づいていて、その熱気は建物の外にいるだけでも充分に感じられる。というか、暑い。太陽による熱なのか、人による熱気なのか。
春野はどこまでも高くそびえ立つ、闘技場を首が痛くなるくらい見上げた。
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