第12話 その後の話
銃声が響いた直後、静かだったはずの路上でサラの短い悲鳴と銃が落ちる渇いた音が聞こえた。
シーナは恐る恐る顔をあげる。今絶対撃たれたと思ったが、実際に撃たれたのはサラだった。ならばいったい誰が。
じゃり、と地面を踏む足音がシーナが今まさに進もうとした脇道から聞こえた。そしてそこから津鷹が現れる。
シーナはもちろんのこと、盗賊たちも息を吞んだ。
津鷹は顔の高さに拳銃を構えながら、盗賊たちににらみを利かせる。その足はじりじりとシーナの前まで行って彼女を庇うように立ち止まった。
「あなたたち、どうし――」
問いかけたシーナの袖がくいっ、と引っ張られる。見れば、そこには春野がいた。
「僕と一緒にこちらへ」
小さな手に導かれて、シーナは走りだす。
「お、男とガキが増えただけだ!」
「やっちまえ!」
盗賊たちが一斉に津鷹へと飛びかかる。
津鷹はシーナたちを追おうとした盗賊たちの前に立ちはだかり、向かってきた禿頭の男の足を銃で撃って負傷させ、さらに追随したマスク男の首に蹴りをお見舞いして昏倒させる。それから挟み撃ちにしようとした2人に、片方へは鳩尾に肘鉄をくらわせ、もう片方へは銃を持った手で首を打ち付け昏倒させた。
鮮やかな反撃にシーナは走る春野に手を引かれながら、呆然と見つめる。
「前を向いて走ってください、シーナさん! 転んでしまいます!」
春野の叱咤に慌ててシーナは前を向いて走りだそうとする。しかしその直前、後ろ髪をぐいっと力強く引っ張られた。
「きゃっ!」
「お遊びはここまでだぞ、クソガキ!」
振り向いた春野に、追いついてきた盗賊の1人が一発殴ろうと拳を振り上げる。しかし、その一発が春野にくわえられることはなかった。
春野が帽子をとっている。その瞳は桃色の光を放っていた。
春野の瞳は石化――。盗賊は拳を宙に浮かせたまま、止まってしまう。その瞳は驚きに見開かれたまま微動だにしない。
その隙に追いついてきた津鷹が後ろから踵落としをくらわせ、男は容易く地面にのびた。
「春野、大丈夫?」
「なんともないです。津鷹は?」
春野は長い桃色の髪を帽子のなかにしまいながら、彼の背後を見る。あんなにたくさんいた盗賊は全員地面にのびていた。どうやら全て、津鷹が片付けてしまったらしかった。
さすが津鷹だ、と春野は思う。
「さて、シーナさんは大丈夫ですか?」
地面に尻餅をついたまま呆然としているシーナを、津鷹が初めて見た。
「あ、あなたたち……、なんで……」
「部屋の鍵を返すのを忘れてしまいまして。これなんですが」
津鷹はポケットのなかを探ると、それをシーナの手に握らせた。
「あ……」
「それと、あなたのご両親は大怪我を負ったようですが、幸いにも命に別状はないようです」
「……っ」
ぽろぽろと、シーナの両目から涙がこぼれ落ちる。
「いたぞ!」
響く怒声に春野は慌てて津鷹の背中に隠れる。
津鷹たちと共に盗賊たちを追ってきた警官たちがようやく、この場に到着したのだった。
今回の事件は重傷者15名、軽傷者10名という結果で幕を閉じた。
事件に関与したとして、盗賊たち11名のうち10名は警官により拘束されるも、容疑者1名が現在も逃走中だ。
本来ならば、事が済めばすぐにでも津鷹たちは旅立つ支度をしなくてはいけなかったが、津鷹と春野はしばらくのあいだ事情聴取を含めて警官たちの監視下に置かれた。
ようやく落ち着いたのは一連の事件から1週間も過ぎた頃だった。
宿の国・ロガードを立ち去る前夜、津鷹と春野はシーナをつれてロガードの国の図書館へ赴こうとしていた。
時間帯はすでに夜。街中はこの国にそこかしこにある宿の明かりと街灯のみが道を照らしていて、人通りもすでにまばらだった。
「あなた方にはなんとお礼したら良いか。本当にお騒がせしました」
「大丈夫です、気にしていません。仕事ですから」
シーナの両親は現在も病院に入院していて、宿の再開の目処はたっていない。しかし、彼らは元気な様子だった。3日ほど前、春野たちが様子を見に行くとおばあさんにはベッドに額をこすりつけるような勢いで謝られた。
「ご無礼を働いてしまい、本当に申しわけございませんでした。我が娘のシーナを助けていただいてありがとうございました」
おじいさんは顔をそらしながらぶっきらぼうに、「今度また来ることがあったら、うちの宿に来い」と言ってくれた。
おじいさんの態度にシーナはひたすら謝っていたけれど、津鷹も春野も大して気にはしなかった。
「それで、図書館に向かうとおっしゃっていましたが。いったい何を?」
「これから魔法図書館協会へ行きます」
「それって、あの都市伝説のですか? 本当に実在していたんですか?」
シーナの矢継ぎ早の質問に、前を歩く津鷹は「ええ」とうなずいた。
「で、ですが。こんな夜更けではもう図書館は開いていませんよ?」
「逆に好都合です。人の動きがない方が」
「どうして?」
たどり着いた図書館は、国立のわりには小さなものだった。ごく普通の一軒家といってもなんら変わり映えしないほどの。雪の国・ネゴとも、春野の出身地である塔の国・トゥーロとも違う。
それとも、小さく見えるのは単に周りに建っている宿が大きすぎるせいで錯覚でも起こしているのかと春野は心ひそかにそう思った。
「シーナさんがおっしゃったように、魔法図書館協会は都市伝説ですから。あまり周囲に知られてしまっては面白くないでしょう?」
津鷹はそう言って、図書館の扉に手をかけた。
かしゃん、と錠のはずれた音が内側から響く。
「さあ、どうぞ」
津鷹が扉を引いて中へ入るように促す。その奥は暗闇ばかりが続いていて何も見えない。
シーナは緊張のためか、唾を吞んだ。
「行きましょう、シーナさん。大丈夫です。中にいるマリラもソーヤも、皆さんとても優しいですから」
春野はシーナの手を握って、帽子の鍔越しからほほ笑みを返した。
シーナがすぐさま手を握り返してくれる気配が伝わる。春野もしっかりとその手を握ると、共に図書館のなかへと足を踏み入れた。
最後に津鷹が入って、扉は閉められた。直後、マリラたちのいる部屋まで一直線に続く廊下の両壁の蝋燭に一斉に火がともった。
「か、勝手に火が」
「そういうものなんです。さ、こちらへ」
津鷹が先に立って歩きだし、そのあとを春野と、緊張で顔をこわばらせたシーナが続く。この空間は相変わらず、寒いわけでも暑いわけでもない。風さえも吹いていない。
どんな場所にだって、生物が生きている場所ではその空間でさえも生きている感じがするものだ。だが、この建物はとにかく生きている感じがしない。シーナにはなんとなくそれがわかった。
前を歩く2人は気付いているのだろうか。この建物の異常さに。あるいは気付いていながらも慣れてしまっているから無視をしているとか?
長い長い廊下の果てに、やがて目の前に扉が現れた。
「ロガードの図書館内はこんな風ではないわ。まさかここは本当に、異界なの?」
「異界……。そうですね。その言い方が正しいかもしれませんね」
津鷹は扉をノックした。
「津鷹です。ただいま帰還しました」
「入ってちょうだい」
中からマリラのものと思われる、柔らかくて繊細な声が聞こえた。
津鷹がわずかにシーナを見てくる。「開けても良いか?」とその隻眼が訴えているように思えた。あるいは、「覚悟は良いか?」かもしれない。
シーナはこくん、と黙ってうなずいた。
津鷹は取っ手をつかんで、ゆっくりと扉を開けた。
「いらっしゃい。津鷹、春野。それから新たな魔眼使いさんね」
声がしたのは、部屋の奥にある猫足机の上からだった。部屋の明かりを反射してきらりと黒光りするその机の上には、白い陶器のような肌と絹糸のように細やかな金の髪、そしてリボンやフリルのたくさんついた黒ドレスをまとった人形――? いや、少女? シーナが戸惑っていると、その子は顔をゆっくりと動かした。
シーナは無意識に足を踏みとどまらせ、後ろに数歩ほどさがった。
メガネの向こうで碧い瞳を光らせながら、彼女は一言「はじめまして。魔眼使いさん」と挨拶をしてきた。
「マリラと呼ばれているの。あなたは?」
まりら、とは先ほど春野の口から聞いた人の名前だった。では、この子がこの魔法図書館協会を管理している人間だとでもいうのだろうか。
シーナは慌てて頭を下げる。
「は、はじめ、まし、て。私は、シーナといいます……」
「シーナね。どうぞよろしく」
マリラは猫足の机の上からぴょんと飛び降りると、ゆっくりとお辞儀をした。金の髪がさらさらと音をたてるように肩からこぼれ落ちていく。
見たところ、背は春野よりも低い。だとしたら春野より年下ということになるが、それにしてはやけに落ち着いていて雰囲気も大人びている。
「ソーヤ、お茶を用意してくれる?」
「はい」
どこからか低い声が聞こえた。あたりを見渡すと、いつの間にかそこにはボサボサ髪の少年が立っている。
「さ、そこの椅子に座ってちょうだい。あなたの処遇と積もる話も色々あるでしょうから」
示された場所にはテーブルとそれを挟むように対面で座るソファがあった。
津鷹と春野、そしてシーナが一緒のソファへ座り、反対のソファにはマリラがふんわりとしたスカートを整えながらゆっくりと座った。
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