シデリアン洞窟編Ⅲ

 戦場。そう形容するのが相応しい光景だった。

 直径3㎞。洞窟の中でなぜこのような地形が形成されたのかは不明だが、確かにそこにある。その、窪んだクレーターのようなダダ広い空間のあちこちで穴が開き、弾け、魔物が出現し続けている。

 それを、幾人もの冒険者たちが倒しながら奥へ奥へと進んでいる。

 対岸に見える、ここからだと親指の爪ほどの大きさに見える穴。洞窟の奥へと続く道へと。

 迂回路は無く、下に降りて、突破するしか道は無い。近くには、誰かが設置したのであろう、古ぼけた梯子が立てかけてあるが、それも途中から踏板が腐り落ちており、使えそうにない。

 辺りを見回すと、窪地の壁沿いに底まで続く細い道(鉄パイプが刺さって階段状になっている)があった。

 他の道を探すも、どうやら、それ以外に無いようだったため、3人はディティス、アイ、ロアの順に下りた。

 壁伝いに鎖も張ってあり、捕まっていれば恐怖も薄れた。

 ディティスは、盾が邪魔で鎖が持ちづらかった。

 底が数メートル先に迫ったところ、道の終わりで『穴』が空いた。

「急ごう!」

ディティスは言って、後ろの二人を促し、駆け下りた。だが、あと数歩というところで穴が弾けた。

 魔物が現出する。

 犬型が3匹。

 ディティスは、パイプを蹴って跳躍し、落下の勢いを乗せ、先頭の1匹の首目掛けて、盾を突き立てるように振り下ろした。盾は、ギロチンのように魔物の首を寸断して、一撃でその息の根を止める。

 残りの2匹が少し狼狽したのが分かった。そこへ駆けつけたアイとロアが、それぞれの武器を抜いて、すかさず斬りかかる。

 本来、奇襲する側だったはずの魔物が、逆に奇襲を受けたことで生まれてしまった隙。それを見逃すほど、二人も弱くはないのだ。

 2匹とも成す術などなく、二人に一刀の下切り捨てられた。

「気付けて良かったね。でなかったら今頃、待ち伏せの先制攻撃受けてたよ」

 二人がうなずく。

 開幕戦を切り抜けた一行は、辺りを見回す。

 壁沿いに降りてきて、今は、出口となる道が右手側に見える。ぐるりと4分の1ほど回ってきていたようだった。

「おーい!」

 正面から一行を呼ぶ声が聞こえ、一斉に振り向くと、自分たちより少しいい装備の男が駆け寄ってきていた。

「君たち、今下りてきたんだよね? 魔物が出待ちするように出てきてたけど大丈夫だったかい? 怪我とか」

「いえ、大丈夫です。三人で倒しました」

 ロアが返す。

「そうか。見えていたんだけど、こちらにも足止めするように魔物が現れてね、救援に行けなかったから心配してたんだ。無事で良かった」

 さぁこっちと、男が自分に付いてくるように促す。

 男によると、前線近くにキャンプが設営されているそうで、そこまで案内するということだった。

 道中もひっきりなしにそこら中から魔物が現れ、四人でもって対処した。

 男は、細身の反りの付いた片刃剣を、何やら鞘から出したり仕舞ったりして戦っていた。

 男が言うに、この剣は『刀』、戦い方は『居合』というらしい。

 恐ろしく速く、カチンという音がすると魔物がなます切りになっているのだ。

 聞こえる音は、攻撃を終えて、武器を仕舞ったときのものだというのだから驚きだ。

 その剣を見せてくれとロアが頼まなければ、刀身を見ることも叶わなかっただろう。

 ディティスはその速さに、ロアは鍛冶師の性か、刀の独特な形状とその切れ味にとても興味を惹かれていた。

 逆に男は、ディティスのその異様な風体から、鋭い打撃を繰り出す盾の扱い方、そして盾そのものについて興味を惹かれているようだった。やれ、流派はなんだだの、その盾はオーダーメイドなのかだのと、道中魔物を屠りながら訊かれた。

 そしてもうひとつ、男はアイの鎌についても興味を持っていた。農具がベースとは分かるが、見たことのない形状だと興奮気味に話し、作成者であるロアと話の花を咲かせていた。

 当然、魔物を屠りながらである。

 キャンプに着く頃には、圧倒的なまでに男の撃墜スコアが頭二つ三つ抜けており、ここまで来て三人は、少し自信を失いそうになった。

「僕は、子供の頃から20年くらい鍛えてるからね。冒険者として登録する前から魔物と戦ってたし、君たちと差が付くのは当たり前だよ。むしろ、そんな僕に付いて来られるだけの技量に、よく一週間ほどでなれたとこっちが吃驚してるんだ。そんなに落ち込んだ顔しないで」

 男は嘘偽り無く、三人に讃辞を送った。そして、ディティスたちは、それが男の本心であることを無意識的に感じ取り、照れ笑いを浮かべるのだった。


 前線キャンプと呼ばれている場所は、テントの布を、屋根になる分までも地べたに敷き、あちこちで篝火が焚かれている。

 疲れたり、怪我をした冒険者がそこに戻って、食事や治療、仮眠などをしている。

 火を恐れない魔物が、度々キャンプ内に出現するので、それを狩る見張りがいるそうだ。野戦病院とまでは言わないが、それに近い状態にはなっているようだった。

 窪地の位置的には、現在、出口へ続く道の真下に当たる。ディティスたちが降り始めた壁の対岸だ。

 壁には、梯子のような物がかつて架かっていた形跡はあるが、入り口と同じく、とても使えるようなものではない。

 上に登るルートに到達するには、もう4分の1ほど壁沿いに進まなければならないそうだ。降りてきたときと同じ、パイプの階段がそこにあるという話だった。

 このキャンプは、窪地のことを冒険者の先輩から聞いていた者が、一気に突破して体力的に辛かったという話から思い付いたそうだ。

 実際、戻って休める場所があるというのは、肉体的にも精神的にも強い支えになっており、自然と、このキャンプの維持と前進がこの窪地にいる冒険者たちのタスクに含まれている。

 現在、この窪地にいる冒険者は、ディティスたちを含めて150人ほどで、その中で、このキャンプを利用しているのは130人ほど。

 初めは五人のパーティで、キャンプを作り、先ほど三人が降り立った地点から進み始めて、後から来たり、先にいた冒険者を誘って増え、ディティスらが到着するまでの僅か4日程でこの規模になったというのだから、ディティスたちは驚いた。――先にそんなに人がいたのかという意味合いが強かったが……。

 残りの20人はどうしているのか聞くと、二日前に降りてきて、そのとき誘った切り、顔を見ていないという。元々その数でパーティを組んでいたという話から、この二日であっという間に抜けてしまったのではないかとのことだった。だから便宜上150人。

 ディティスたちは、このキャンプに、他の冒険者同様誘われ、二つ返事で承諾した。先の20人ならともかく、これより先へ進むのに三人だけでは限界が近いだろうと言う判断からだった。

 そういえばと、今まで案内してくれた男が口を開いた。

「結構話してたのに、自己紹介してなかったね。僕はドーヌキ=ジンベイ。ジンベイがファーストネームだよ」

男はジンベイと名乗り、三人はそれぞれ名前を告げた。

「ディティス、ロア、アイ。うん、よろしく。今日はあと2時間くらいでキャンプの移動をするから、それまで周りの魔物を狩って食料や燃料の確保をするよ」

「移動先の魔物を優先するとかそういうのはありますか?」

ディティスが訊ねる。

「いや、そういうのはないよ。この窪地は毎日、一定の時間で魔物の出現が極端に減る時間帯があるんだ。そこでキャンプを移動させる。それまでは、できるだけキャンプに近づけないように、各自遊撃をしながら食料や燃料を確保していくって感じだよ。その時間帯まではひっきりなしに魔物が出てくるから結構大変かもね」

なるほどと頷く三人。

「い、今言った、2時間後が、その、減る時間なんですね?」

アイが確認すると、そういうことだとジンベイが応えた。

「アイがそういうこと確認するの珍しいな。どうした?」

「に、2時間もずっと戦い続けるのは、は、初めてだから、だ、大丈夫かなって、少し、ふ、不安で……」

 四方八方から現れ続ける魔物たちと、ひっきりなしに戦い続けるのは初めてな三人。アイの不安はもっともだった。体力に自身のあるディティスも少し不安になる。

「あぁ、2時間ぶっ続けで戦わなくちゃって思ってるのなら、その辺は大丈夫だよ。疲れたら、少しずつ後退してキャンプまで戻ってくればいいよ。近くまで来たら、スイッチって叫べば、キャンプで先に休んでた人が交代に出てくるルールになってる。交代した人に引き継いで、君たちは休む。他の人からスイッチって聞こえたら、君たちが引継に出る。持ちつ持たれつってやつさ」

「スイッチ!」

 説明を聞いていると外から引継要請の声が聞こえた。すると、先に休んでいた数名が立ち上がって声のした方へ走っていく。

 暫くすると、先ほどの声の主だろうか、男数名が見るからにヘトヘトといった雰囲気で、よろよろとキャンプにやってきて、倒れるように眠った。

「それじゃ、習うより慣れろだ。さっそく、行ってもらおうか」

「ジンベイさんは監督として一緒に来てくれないんですか?」

ディティスが言うと、ジンベイはゴメンねと謝り、一緒には行けないと断った。

 理由を訊ねると、キャンプ内の見張りが今の役目らしく、ディティスたちを迎えに来る前には決まっていたそうだ。

 言うと、ジンベイは、ディティス一行に頑張ってねと笑顔で手を振るだけなのであった。


 再び三人での戦闘である。

 キャンプの篝火が見えるくらいの距離で、ひとまず食料確保と相成った。

 三人で三角形になるように背中を向けあう陣形をとり、全周警戒する。

 程なくして穴が弾ける。アイの方向に三つ。ディティスが最初に遭遇した、油まみれの毛むくじゃらだ。

「援護いる?」

「だ、だいじょうぶ!」

ディティスが聞くとすぐに返事が返ってきた。

「キツかったら言ってね!」

「うん!」

そう返事が聞こえた瞬間には、アイが横薙ぎに鎌を振るって、1匹目が両断されていた。それを横目で見ていたディティスとロアは、大丈夫そうだと、自分の目の前に集中し直した。

 程なくして、ロアとディティスの前にも穴が開き、魔物が現れる。

 ロアは2。ディティスは3。

「うわ、本当に多いなここ!」

ロアが独りごちるのが聞こえた。

 ロアの方には、続けて三つ穴が開いていた。

「野郎、やってやんよ!」

「キツいなら言いなよ!」

「自分の心配してろ!」

返ってきた言葉の意外性にきょとんとなる。前に向き直ると、ディティスの前には五つ程穴が開いていた。

「なんだか楽しくなってきたかも……」

聞く相手のいない皮肉をぼそりと呟いて、構える。

 総数にして8。最初の三つが弾けるのとほぼ同時に、魔物が飛びかかってくる。

 両腕を体を守るように前に出し、身を低くする。

 衝撃。一つ、二つ、三つ――。間髪入れずに盾にぶつかる感覚。

 そのまま正面に向かって走る。1匹目と正面衝突して弾き飛ばす。少し盾の隙間を開けて、前方の穴、五つを確認。

 突進続行――。

「お返し!」

 穴が弾け、魔物が現出するのと同時に、固まり気味だった2匹を、思い切り交通事故に巻き込む。

「ドンピシャ!」

 一度の突進で3匹の魔物の頭をひしゃげさせ、暴走ショベルカーはドリフトして止まった。

 止まった目の前には、最初に弾き飛ばした魔物の残りが追いついて飛びかかってくる姿があった。

 高く飛んでいる方は、左手側でいなし、低い方は、右手側のアッパーでもって頭部を粉砕する。これで四つ――。

 突進で出鼻を挫いた集団も追いついてくる。

 残りが、犬のような魔物が2匹、ゴブリンが2匹ということにそこで気づいた。倒したのはいずれもゴブリンだったことも。

 左でいなした魔物が後ろから飛びついてくるのを再び盾で逸らし、流す。シャオンと、盾と爪が擦れた音が綺麗に響く。

 魔物は、そのままの勢いで、正面にいたゴブリンとぶつかる。

 いつの間に乗ったのか、犬型に騎乗したゴブリンが、剣を振りかぶってすぐ目の前まで迫っていた。

 盾を再び構え、正面から受ける。キンッと高い音が聞こえるやいなや、押し返すように腕を広げ、相手の体勢を崩した。

「パリィン! なんてね」

そのまま跳躍し、脚甲の着いた足で、ゴブリンへ回し蹴りをお見舞いする。

 ゴブリンは、剣ごと自身の肉体をへし折られて、吹き飛ばされた。

 乗り手を失った犬型は、勢いそのまま何もない地面に着地、すぐさま翻して反撃を試みるも、そこにはすでに、大盾の面が視界を覆う程迫っていた。

「六つ! あと2匹」

 先ほど犬型の魔物を流した方に目を向ける。ゴブリンと犬型は、あまりの勢いに、ぶつかった拍子に気を失っているようだった。

「ありゃ。無抵抗の相手を倒すのは少し抵抗あるけど、ゴメンね」

 盾の縁で首を落とそうと近付くと、キラッと何かが光った。

 胸に、小さな衝撃。

 見ると、ナイフが刺さっていた。

 だが、刃渡りは短く、胸に入れていた弾倉に、刃先だけが刺さっている状態だった。

「あ、あっぶな!?」

 傷こそ負ってはいないものの、ここ最近で最も死を間近に感じる出来事にディティスは狼狽した。

「一歩間違えば誘爆もあったかもだよね。油断した。うん、もうしない!」

 気を引き締めて敵を見る。

 ゴブリンは、未だ気を失っている犬型をどけて、斧と盾を構え、吠える。『かかってこい』そう言っているような気がする叫びだった。

「いいね。なんか、よく解んないけど。いい!」

 腰を低く、左手を防御姿勢、右手はフリーに。ディティスのいつものスタイル。

 お互いが走る。

 真正面からぶつかる。

 斧を左で受け、右で殴りつける。

 ゴブリンも盾で受ける。だが――

 質量と筋力とが盾の上から、盾ごとゴブリンの肉体を破壊する。

 鋭利な盾の縁が盾、腕、脇腹、胸と、順番に寸断していく。

 勢いを殺さず、振り切る――

 とても盾で殴られたとは思えない傷になったモノが、体液を撒き散らして二つに別れて飛ぶ。

「なな」

 静かに呟く。正面から、正々堂々挑んできた緑の君へ、敬意を込めて……。

 目を覚まさない犬型に若干の罪悪感を覚えつつその首を落とした。

「はち。よし、ひとまず終わり。さて、二人は……」

 すぐさま目の前で穴が開く。

「本当に休んでる暇ないんだなぁ。二人とも頑張ってね」

 本人たちに聞こえないエールを送り、戦闘態勢に戻るのだった。


 爆走突撃娘の突進を横目で見て、ロアは、自分の目の前に向き直る。

 穴は五つ。

 先に開いた二つが弾ける。普通より少し大きいゴブリン、ホブゴブリンが2匹。片や剣、片や斧を持ってロアと対峙する。

「なんか、でかいな。注意しないと……」

 気を引き締め、双剣を構える。

 ドスドスと音を立て、ホブ2匹が突撃してくる。普通のゴブリンよりは遅い。

 後ろの穴が弾け、普通のゴブリンが3匹顔を出したのを確認した。

「つくづく、ゴブリンとは縁があるのかな、俺って……」

 そんなことより今はデカブツだと見やる。

 剣、斧を振りかぶって、2匹が目前。迎えるようにロアも前進する。

 近付いてくる敵に、ニタリと笑って、これ幸いと剣を振り下ろすホブ。

「もう一歩、前へ――」

 ロアが双剣でホブの剣を受ける。だが、相手の刃はロアの剣を受けていない。

 ロアの刃はもっと根元、ホブの持つ剣の柄にあった。

「ほらよっと!」

 交差させた腕を勢いよく開く。刃は当然、柄を伝う。ホブの指を切り飛ばしながら――。

 把持する指を失った剣は地に落ち、高い音を放つ。同時にホブの苦悶の声が上がる。指のついでに切り裂かれた、ふくよかな腹からも血が迸る。

 この隙を見逃さず、膝をついたホブの首へとロアの双剣が襲い掛かる。

 ゴトリと1匹目の首が落ち、剣についた血を振り払う間もなく、斧を持ったホブが迫る。

 1匹目の時と同じように前進。

 1匹目の惨状を目の当たりにしていた2匹目は、そこで近づくのを止め、守勢に入る。斧の腹を見せ、盾のように構えた。

 だが、所詮は斧。盾と違い、持ち手は丸見え。気にせず前進するロア。

「いい判断だと思うけど、こういう手までは読めてるかな?」

 右手を振り下ろして斧で防がせ、下がった斧の持ち手を左手で撫でる。斧を持っていた指先が、小指から順に飛ばされていく。

「残念でした!」

 斧が滑り落ちて、運悪く刃がホブの左足の甲に落ち、切断した。激痛で悶え転がるホブの頭に、剣が突き立った。

 止めとほぼ同時に3匹のゴブリンが飛び掛かってくる。

 ロアはしゃがんでゴブリンに虚空を掴ませて、逆手にホブの頭から剣を抜き、そのまま回転して、一番近くに転んでいるゴブリンの頭を双剣で3等分にした。

 立ち上がり走る。逆手に持っていた剣を持ち直し、追い越しざまに、次に近かったゴブリンを切る。最後の1匹が土を掴んでいるのを見た。

 目測で6歩。剣を胸の前で交差させ、目をつぶり、数える。

 いち、に、さん。

 顔に土が掛かる。湿っていて少し鉄臭い。

 よん、ご。

 ゴブリンの笑い声。

 目を開け、ろく。

 少し土が目に入ったが、問題ない。目測通り。

 双剣を振るう。刃は鋏のように、ゴブリンの体を両側から切り裂いた。

 剣に付いた血糊を払い、顔に付いた土を汗と一緒に拭う。

「一段落ってとこかな」

 最初に倒したホブの落とした剣をふと見る。ホブが持っていたときは、ショートソードだと思っていたそれが、実は自分の使っているものより長い、ロングソードであることに気づき、少しゾッとするロアだった。

「上手くいったからよかったけど、間合い的には死んでてもおかしくなかったよな……。もう少し目を鍛えないと」

 そういう間にも再び穴が開く。

「うーん、もう帰りたくなってきた」

 そう愚痴をこぼしながら、再び剣を構えるのだった。


 目の前に現れたヤマアラシのような魔物が3匹、1匹目をまず処理する。毛むくじゃらを見ると、少し麦の刈り入れを思い出すアイ。ゴブリンなどの他の魔物よりも、いくばくか心を落ち着かせて対処できる相手で少しほっとしていた。

 この魔物は、道中で何度も相手にしていたのもあって、難無く3匹を刈り取った。だが、続けて4つも同時に穴が開き、同じ見た目だが、少し大きい個体が表れた。

「こ、この子は、み、見たことない……」

 魔物は毛を逆立て、こちらに向けてくる。強い攻撃の意思を向けられるアイ。元々、大型犬ほどあった魔物だったが、今回現れたのは、よく肥えたイノシシのようで、その圧迫感は先ほどの比ではない。思わず身じろぎをしてしまう。

 チラリとディティスの方を窺うとまだ戦闘中だ。犬のような魔物とゴブリンを相手に笑みすら浮かべている。

 この隙を見逃す魔物ではない。

 一斉に突進が開始された。

 ハッとしたアイは、すぐさま鎌を構え、元ゴブリンの剣だった石突き部分を、先頭の1匹に突き立てるように振るった。

 石突きは先頭の鼻っ柱を突き、貫通して地面を抉り、その突進を力ずくで止めた。先頭の真後ろにいた魔物はそれにぶつかり、その棘が深々と先頭の尻から突き刺さった。

 アイは、柄を地面に突き立てて直ぐ、柄に垂直に付いた持ち手を伝って鎌によじ登っていた。この時ほど彼女が、他の同い年くらいの女の子より少し力持ちであることに感謝したことはないだろう。

 両脇から突っ込んできていた2匹は、そこにいるはずだった標的を失って、お互いでぶつかって止まった。

 アイは飛び降りて、鎌を引き抜き、ぶつかったことで喧嘩をしているらしい2匹の背後から切りかかった。

 足を掬うように、刃を滑らせる。2匹の後ろ脚が麦穂のようにスパッと切れて転がり、魔物たちは尻餅を搗くように、あるいは犬のお座りのようにその場で傾く。鎌の重さと遠心力に任せてくるりと一周回り、座ったことで持ち上がってしまった魔物の首を横に一閃した。

 鎌が二周目ゴーラウンドを始めようとするのを止めて、1匹目のお尻に顔をうずめてもがいている4匹目へと向かう。

 今度は鎌を鍬のように立てて、4匹目の背中を耕す。

 1匹目は、4匹目の追突事故で既にご臨終だった。

「や、やった……、一人で、た、倒せた……」

 初の一対複数戦をこなし、初めての達成感を覚えたアイが、ささやかに喜びを噛みしめていると、ロアとディティスの戦っている背後で穴が開くのが見えた。

「あ、あぶない!」

 感動もそこそこに、二人のフォローのため、鎌を握りなおし、少し成長したアイは走り出した。


 最初こそ、各々で相手をしていればよかったが、時間を経るうちに、沸いてくる魔物の数は増していき、連携を欠かせば死が待つ、綱渡りのような状態になっていった。

 30分以上もぶっ続けで休む間もなく戦い続けた。

 三人に経験の無かった長時間の戦闘。体力と精神力をゴリゴリと削られていく。

(このままではいけない)

 三人が三人とも同じ結論に同時に達した。

「退こう!」「撤退!」「逃げましょう!」

 単語こそ違えど、三人とも同じ意味の言葉を発し、三人で頷いて、キャンプへ向けて撤退戦を始めた。

 命からがらといった体でキャンプの前までたどり着いた一行。戦い始めて1時間20分ほどが経過したころ。

「「「スイッチ!!!」」」

 残る力の限りで三人は叫んだ。

 ジンベイ含め数人が出てきて、一様にねぎらいの言葉をかける。

「思っていたよりも長く戦っていたね、よく頑張ったね。後は任せて休んできてね」

 そう、ジンベイが最後に言葉をかけ、魔物の群れへと、ほかの冒険者と共に駆けていった。

 ジンベイが合流したと思しき地点からは、ひっきりなしに魔物の断末魔が聞こえてきた。


 ディティスたちが食事などの休憩を終え、再び出ようとしたところ、丁度戻ってきたジンベイに呼び止められた。

「そろそろキャンプを移動させるから、手伝ってね」

 刻限の2時間後が丁度今だったらしい。3人は、はいと返事をし、その場に待機する。次第に、わらわらとこの窪地にいる冒険者たちが集まってきた。

「スイッチ!」

「スイッチ!」

「スイッチ!」

 交代要請。その号令が各所から上がってくる。

「最後の一仕事かな」

ディティスたちもその声に応えて向かおうとするが

「いや、待ってくれ。ディティスちゃんたち。何かがおかしい」

ジンベイに止められ周りを見ると、なにやらざわついている。

「と、とりあえず救援には行かないと!」

ほかの冒険者たちが口々にそんなことを言って、要請のあった方へと向かっていく。何分かすると、声の主であろう冒険者たちがヨロヨロとキャンプに入ってきた。

「何があった」

ジンベイが訊ねる。

「数が減らないんだ、魔物の……」

「波か?」

「違う、波なら直前に対処が終わったところだった。それで、最初は減ってきてたんだ。だけど……」

「また増えてきた?」

「あぁ。この時間に、こんな増え方は初めてだ。気をつけろ、今までとは何か違うぞ」

 男が言い終わるや否や、先ほど交代した冒険者たちがいる方から再び交代要請の声がいくつも上がった。

「なんだ、まだ10分も経ってないぞ!?」

ジンベイが狼狽していると、先ほど救援に出た男が、血相を変えて走ってきて叫んだ。

「今すぐここを抜けろ!! 走れ!! 死んじまうぞ!!」

 足音が迫ってくる。けたたましく、この洞窟に入ってからも、入る前でも、今までに聞いたことのない音量で全方位から聞こえてくる。それが後ろの岩壁に反響して、より大きく聞こえる。

 人が先頭にいる。いや、人の形をした肉の塊が犬型の魔物に咥えられていた。

 魔物の大群だった。

 必要最低限の荷物を奪うように持ち、冒険者たちは走り始めた。

 篝火は倒れ、湿った土を被って消えた。辺りはまた、天井から指す明かりのみで照らされた。

 誰かが火を持ち歩くべきだった。多少なりとも被害が減っただろうと、後でディティスは思い返すことになる。

 急な消灯で目が慣れず、仲間からはぐれ、そのまま魔物たちに襲われる声が聞こえてくる。一人に対して群がる魔物の量は一人二人が助けに入ったところで、二次被害、三次被害と増えるだけになるほどだったが、そういった、助けに行って返り討ちになる冒険者の声もまた聞こえてくる。

「僕たちに今できることはない……。魔物たちの注意が少なからず逸れている内に、ここを抜けてしまおう。彼らの犠牲を無駄にしてはいけない」

口ではそう言ってはいるが、ジンベイはそういった声を聞き、苦々しく表情を曇らせ、血が出るほどに唇を噛んで前へ進む。本当は助けに行きたいのだろう……。同行していたディティスたちにもその悔しさははっきり伝わっていた。


 元々直径3㎞ほどのこの窪地。直進すれば大した時間はかからない。魔物さえいなければの話だが。

「魔物を倒しながらぶっ続けで進むのは大変だった」

冒険者の先輩からそう聞いた青年――ジンベイは、そのとき(それなら、休める場所を確保して、休憩しながら進めばいいじゃないか)と考え付いた。事実、今までは上手くいっていた。この場所には変な異名がついていたが、それもたびたび起こる、魔物の大湧き――波のことだと思っていた。だが違った。あの異名の意味はこういうことだったんだ。走りながらジンベイは自分の至らなさ、楽観的だった今までの考えを深く反省した。

 『乱闘の窪地』そう呼ばれていた、この場所の異名の意味を、身を持って体験することになった、なってしまった。自分のせいで大勢死んでしまうことになった。

 この洞窟に入るときにパーティを組んだ四人も、先ほどの襲撃で、もう三人死んでしまった。


――この場所の異名をご存じであるのに、こんな悠長なことを……。それほどの実力者なのか、はたまたただのおバカさんなのか。私たちは先に行きますわ。生きてまた会えるといいですわね――


 20人でパーティを組んでいた、あのお嬢様の話をもう少しちゃんと聞いておくべきだった。

「僕は――俺は大バカ者だった……」

心の叫びともいえる、か細い声がジンベイからディティスの耳に漏れ聞こえてきた。

 多少剣の腕が立つと調子に乗っていた。そのおごりが、こんな子供たちを危険にさらし、あまつさえ、事実死なせてしまった。ジンベイは自分の愚かしさを恥じ、これ以上の犠牲を極力減らすために、涙を呑んで、残った仲間たちに指示を飛ばすのだった。


 様相は、異名の通り、正に乱闘。逃げてきた一団とは別のグループがあちらこちらから湧いて襲い掛かってくる。一人、また一人と魔物たちに蹂躙されていく。ディティスたちも自分らの身を守るのに精いっぱいで、目の前で引きずられていく冒険者を何人と見た。

 1時間ほどかけて、ようやく昇り階段の下までたどり着いた。三人は何とか生還したが、体力としてはギリギリだった。

 総勢は20と残っていなかった。

 辺りは先ほどとは打って変わり、不気味なほど静かになっていた。間髪入れず出てきていた魔物はどこに行ってしまったのか、今は足音一つと聞こえてこない。

 生き残った者は皆、息も絶え絶え。ジンベイですら両膝をついて肩で息をしている。

 これは体力馬鹿のディティスであっても例外はなく、彼女は濡れた地面に濡れることにも構わず仰向けになって息を整えている。背負ってきた背嚢は、袋部分が破け、外に吊していたスコップや、わずかな生乾きの干し肉、油を入れていた缶以外はほとんど落としてぺしゃんこになってしまっていた。

「ここでただ休んでいるわけにもいかない。苦しいけど、一刻も早く上に上がろう」

荒い息を整えながらジンベイが言い、皆がヨロヨロと階段へと向かった。皆、四つん這いで、体を引きずるように登った。恥も外聞も、男も女もなかった。ただ、生きてここから出たい、それだけだった。

 登りきった一行は、ひとまずここで一度休むことにした。荷物は誰も彼もわずかにしか持ってなく、まるで火事の家から着の身着のまま飛び出してきたようだった。

 少ない食料をかき集め、疲労困憊の体を酷使して水を汲みに行き、火を起こした。焚き火があるだけで、皆の心は少しだけ落ち着いたようだ。

 一番体力の回復が早かったジンベイとディティスとで食料の補充のために少し狩りに出た。成果は上場で、飢えは凌げそうだ。幸いにも岩塩が残っていた人がいたので、味のない肉を食べることもない。

 交代で見張りをしながら睡眠をとり、装備の修繕や手入れをして、再出発と相成った。これも、鍛冶士の意地だと荷物を守りきったロアの賜物である。(鍛冶道具のみでその他は全て持って行かれていたが――)

「難所と言われているところは抜けた。まぁ、この先の魔物は下の奴らよりも強くなっていくんらしいんだけど、数の暴力はほぼなくなると思っても良いかもね。でも油断は禁物だね。それで僕らというか、僕がみんなに酷く迷惑をかけた。死んでしまった人も沢山……。死人を減らすためのはずの策でね……。改めてお詫びするよ。謝ったって謝りきれないことをしたけど、本当に申し訳ない……」

跪いて頭を地面に叩きつけるように謝罪するジンベイ。

「策に乗ったのは俺たちだ。冒険者になるって決めたときから、いつかはこうなる覚悟はしておかなきゃいけなかった。少しばかり早すぎた気はするがな」

「ジンベイさんだって仲間を失ったじゃないですか。同じ被害者です」

ジンベイを擁護する声が上がる。

「僕はあそこの異名だって知っていた。だけど、その意味を深く考えてなかった。だから起こった惨事だ。だからこれは、僕のミスだ」

なお自身の罪悪感に打ちひしがれているジンベイ。

「自己批判もいい。それで気が済むんならそうするがいい。だがな、俺も言わせてもらうがよ、俺だってあそこの異名については聞いていた。その上であんたの策に乗った。俺だってあんなのが起こるなんて思いもしなかったしな。ここにいる奴らで、あそこの異名について知らないやつはそう多くないだろう。だけどみんな油断してた。死んじまった奴らも、生き残った俺たちもみんなだ。お前一人の責任なんかじゃ絶対に無い。それだけは心に留めといてくれ。そのままじゃ、冒険者になる前に、お前の心が死んじまうぞ」

男の話に呼応するようにディティスが声をかける。

「ジンベイさん、私は、あそこの異名? は、知らなかったですけど、ジンベイさんみたいな頼れる大人が近くにいてくれてすごく安心できてましたよ。短い時間でしたけど、あそこのキャンプは確かにいい場所だったと断言できます。疲れたみんなが戻ってきて、あそこで休んで、助けを求められたらみんなで行って――。利用してた人達はみんな楽しそうでした。えっと、だから……元気出してください!」

「最後雑だな!」

ロアに突っ込みを入れられて顔を赤くするディティス。そのやりとりで思わず吹き出して笑ってしまうアイ。そしてそれを見てまた笑う人。久しぶりに見るみんなの笑顔。そして逆に泣いてしまう人――ジンベイ。

「ありがとうみんな。僕を励ましてくれて。でも罪は罪だ。僕の罪は、罪としてこれからも背負っていく。それは変わらないと思う。でも、そうだね。いつまでも卑屈になってちゃいけないね、こんなことは今後も増えていくんだろうから。だからせめて、外面くらいは気丈にしてないとね」

立ち上がり、涙をぬぐって、鼻声でそう言いながら笑うジンベイ。何か少しだけ吹っ切れたようで、ディティスたちは安心した。

「それじゃ、行こうか。最奥へ」

おう! と多数の声が洞窟内で響く。昨日よりもずっと少ないが、昨日よりもずっと頼もしい声のアンサンブル。死なせてしまった仲間たちの思いを背負って、ジンベイたちは再スタートする。


 出発して3日ほど。道中の魔物は種類も増え、一度に現れる数も増えたが、3人ほどで対処できる程度の強さのものが主だった。ディティスは連携する相手も増え、盾役として重宝されていた。ロアやアイはジンベイと一緒に切り込み隊長をすることが増えていた。

 先へ進むこと更に2日。ディティスが洞窟に入って、およそ12日程だろうか。あと少しで最奥のはずだが、今日になって魔物の出現が急に減った。今まで増えることはあっても、減ることはあの窪地以外では無かったことだった。不審に思いながらも一行は歩みを進めると、洞窟の端に蹲っている人影のようなものが見えた。

「私、行ってきます」

ディティスが言うと、俺も私もと、ロアとアイが続く。

「罠である可能性もあるから、十分注意してね」

警戒を促すジンベイに、はいと返事をして人影らしきものへと向かう。

 それは、紛れもなく人であった。

 膝を抱えてフルフルと震える鎧姿の少女だった。鎧の拵えは立派で、受付で借りてきたようには見えない、おそらく自前なのだろう。だがよくみると、ところどころに泥や血が付着し、ヒビが入り、割れ落ちているところも見受けられる。腰の鞘に剣は無く、辺りを見てもそれらしいものは見当たらなかった。

 割れたヘルムから覗く透き通るような金色の髪。伏せてしまっているが、時より覗くサファイアのような綺麗な青い瞳から高貴さを感じさせられる。

「大丈夫ですか?」

定型文だが、そう訊ねるより他はなかっただろう。

 震えの止まった――いや、止めた少女はキッとディティスに視線を向けて強がるように言った。

「この恰好を見てそう思えますの?」

ごもっともな回答だった。このくらいで引き下がるほど、肝の据わっていないディティスではない。

「言い返すくらいの元気はあるってことね、立てる、よね? 手を貸す?」

「結構です。もう立つ必要も意味もありませんから、放っておいてください」

「よくみたら、大分痩せてるね。ここじゃ水しか飲めないもんね、ほら立って」

「余計なお世話ですわ! どうせみんな死んでしまうんですから、食事なんて無意味です!」

「みんな死んで……? どういうこと?」

わたくしは生餌です。もうあなたたちは終わりです。お早く逃げることですわね。間に合うかは知りませんが」

 そこへ様子を窺っていたジンベイが、騒ぎが気になって駆けつけてきた。

「あれ、君は、20人でパーティを組んでいたあのお嬢様だよね。名前は確か――」

「ユニエラ=フォン=セイルです。庶民に呼ばれていい名前じゃありませんわ」

「これは失礼、ユニエラ様。えっと、お仲間さんはどちらに?」

「仲間? あれらは私の部下や家臣たちです。お兄様からお借りした私兵です。それなのに……こんな、こんな体たらく、お兄様に叱られ――はは、もうそんな心配も無意味でしたね」

乾いた笑みを浮かべて、そのまま張り付いてしまったようなユニエラ。

「ユニエラ、君の部下たちはどうしたんだ! どこに行った! 何があったんだ!」

敬称もつけずに怒鳴るように問いただすジンベイ。明らかに異常な彼女から聞き出さねばならなかった。

「……んだわ」

「今なんて?」

「死んだと言いましたの! 何なんですのアレは! お兄様にも、他の冒険者にも、あんなのがいるなんて聞いてませんでしたわ。詐欺ですわ! こんなの、どうしろって言うんですか! あなたたちも終わりです! ほら、もう、帰ってきてしまった。私はここにいるので、アレに殺されるくらいなら餓死した方がマシですので、ごきげんよう」

ユニエラは激高して、落ち着いて、またその場に蹲ってしまった。あんまりな感情の乱高下を目の当たりにして、一同呆気に取られてしまったが、突如起こった地面の振動がすぐに正気に戻した。

「なんだ? 地震……とは違うような。ユニエラは帰ってきたと言った、何が? ユニエラの部下を皆殺しにした、何か、が!?」

脅威の接近に気づいたジンベイが指示を飛ばそうと声を上げた。

「みんな、地中に注意だ! 何かヤバいのがい――」

 ジンベイの声が途切れた。ディティスのすぐ目の前にいたジンベイの声が急に表れた壁によって遮られた。

 ――違う。

 邪魔な壁だと思った。ジンベイさんの声が聞こえないじゃないかと。

 ――違う。

 横幅2メートルくらいだろうか、回り込めばいいと、そう思った。

 ――違う。

 回り込んでもジンベイはいなかった。それは壁などではなく柱だった。天井までしっかりと届いている柱だった。

 ――違う。

 ジンベイさんも移動しているのか、動かなきゃよかったな、そう思い、動いていないロアとアイに声をかける。

「そっちにジンベイさん行ってる?」

 ――違う。

「おいディティス、何言ってんだ」

 ――やめて。

「よく見ろ」

 ――いやだ。

「上だよ」

 ――いやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだいやだ――

 ポタリポタリと鍾乳石の滴が顔に落ちる。生暖かい。おかしいな……。

 上を見上げる。一度見て、見て見ぬ振りをした天井を――。

 ジンベイだったものが天井に張り付いていた――。

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