三田さんの話1
私は三田さんに尋ねた。
「どうして専業主婦になろうと思ったんですか。」
三田さんは答えた。
「私は2つの事を同時にできるタイプじゃないのよ。
私ね、母子家庭で育ったの。
母は朝から夕方まで働いていて、夜は家の事を遅くまでやっていたわ。
いつも疲れて険しい顔していて、こっちも気を遣ったものよ。
あの人も2つの事を同時にできないタイプだったのね。
無理が祟って倒れたもの。」
三田さんは涼しい顔で話した。
お母さんはどうなったのだろう。
「頭の血管が切れたのよ。
幸い発見が早くて助かったけど、軽い言語障害が残ったわ。
今は弟夫婦と住んでる。
体はピンピンしてるから、弟の奥さんが働いてる時間は母が家の事をしてるみたいね。」
「お元気になられたんですね。」
「ええ。でも、母が言うのよ。
あんたは無理するなって。
仕事続けるのもいいけど、いつでも体と相談しなさいって。」
「それで、専業主婦になろうと思ったんですね。」
「まあ、専業主婦になったところで完璧に家事をこなそうとは思わないけどね。
でも、家族の太陽みたいな存在になりたいのよ。
いつも笑っているような。」
三田さんは少し切ないような顔をしていた。
話の続きを聞いて、その理由がわかった。
「私が、ついこの間まで住んでいた部屋の隣に母子家庭の親子が暮らしていたのよ。
こんな話、この場に相応しくないんだけど、、、。」
三田さんが話すのを躊躇ったので、私は続けてほしいと言った。
「私がそのアパートに越した年のことよ。
母親はいつも疲れきっていてね。
小学校に上がる前の男の子がいたんだけど、、、。
普段から怒鳴り声とか泣き声は筒抜けだった。
あれは夏の初めね。
母親に恋人ができて、その男も一緒に暮らすようになったのよ。
ある晩、帰宅したら男の子が私の部屋の前にしゃがみ込んでいたの。」
私は、その情景をリアルに想像することができた。
地面ににペタリと座り込みドアに背中をもたれかけて俯く男児の姿を。
三田さんは続けた。
「どうしたのか尋ねたんだけど何も言わずに俯いちゃったの。
もう暗くなりかけていたし、とりあえず部屋に上げたのよ。
そうしたら、ようやく話してくれた。
小声でね。」
三田さんは当時を思い出しているのだろう。
明らかに目の色にモヤモヤとした何かが滲んでいた。
「お母さんの彼氏が怖いって言ったのよ。」
私はよくあるパターンだと思った。
「どうやら、母親の彼氏は親子の部屋で一緒に暮らしていたみたい。その子の話しだと、その男は一日中家にいるって。
お母さんはどこにいるのか聞いたら、仕事で遅くならないと帰ってこないって。」
三田さんはワインを一口飲んでから続けた。
「ご飯は母親が作って置いていくって言ってたけど、その時は男の機嫌が悪くて食事どころじゃなかったって。
だから私は帰りにスーパーで買ってきた惣菜を皿に盛り付けて、その子に食べさせた。
食べ終わったところで、その子が言ったの。
お母さんは僕が邪魔なんだ、って。」
三田さんは残り少なくなったワインをゆっくりと飲んだ。
彼女は私の方は見ず、数メートル先の窓の外を見ていた。
焦点の合わない目で。
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