おまけ話 花見は弁当持参で 2
太陽が中天を過ぎてしばらくした頃、ようやく俺たちは大量の弁当作りを終えることができた。
「まさかハンバーグの種をこねすぎて腕が痛くなる日が来るとは思わなかった……」
「ふふふ。お疲れ様」
ぐったりと椅子の背もたれに体を預けている俺に、妻がこのコップを差し出してくる。
礼を言って受け取るとさっそく口に含む。
魔法を使って冷やしてくれていたのか、コップに入っていた液体は適度な清涼感を保ったまま喉の奥へと流れ込んでいった。妻も魔法を普段使いすることに慣れてきたようだな。
「ふう……。あー、生き返った気分だ……」
とはいえ、疲労が抜けた訳ではない。
特に両腕は限界を超えて酷使し続けたためか、熱を持ってしまっている。しばらくは何もしたくない気分だ。
テーブルを挟んだ向かい側の席へと座った妻は、そんな俺を見て小さく笑い続けていた。
……おかしいな。妻も俺と同じくらい動き回っていたはずなんだが?
いや、事あるごとに摘まみ食いという名の俺へのちょっかいを仕掛けてきていたから、比べものにならないくらい体力を消耗していているはずだ。
それにもかかわらず彼女は平然としている上に、俺への飲み物を準備するくらいの余裕を見せていた。
毎朝の訓練で俺が未だに妻から一本も取ることができないのも当然ことなのかもしれない。
それでも「勝てたらご褒美をあげる」という餌をちらつかせられている限り、俺が挑戦を止めるということはないのだろうが。
単純?ああ、全くその通り。返す言葉もない。
「あんまり辛いようなら少し休んでおく?」
「……魅力的な提案だが、今ベッドに入ったら夜中まで寝入ってしまいそうだから止めておいた方がいいな」
一廻りも前から準備を始めたのは今日という日の為なのだ。
それを逃してしまうなど、まさに本末転倒ということになる。
「そういえば今日の、俺たちの分の弁当を詰めるのを忘れていたな」
「それなら私が準備しているから大丈夫よ」
「そうなのか?全く気が付かなかったぞ」
「ヒュートが明日の分のお弁当の準備をしている時に、ちょちょいっと詰めておいたの」
素早いな!?まあ、彼女の狙いは何となく分かっているのだが、それは言わぬが花だろう。
せっかくの花見なのだ、それを台無しにしてしまうような指摘はするものではない。
話に出たついでに明日のことも話しておこう。
実は俺たちの花見は今日だけでなく明日も続くのである。昨年、一昨年と妻と二人で花見をしていたのだが、その様子を村の連中に目撃されていた。
そのこと自体は何の問題もないのだが、十日ほど前、今年もそろそろ桜の花が咲くという頃になってそのことを思い出したらしく、何をしていたのかと尋ねてきたのだ。
ここまでもまあ、問題はない。
しかし、その場にとある人物がいたことが良くなかった。話を聞いた瞬間、自分も参加したいと騒ぎ始めたのである。
もうお分かりだろう。そう、折悪くバリントスがいる前でそんな話をしたことで、あれよあれよという間になぜだか村人全員が参加する大花見大会を開催することになってしまったのである。
元の世界の文化に興味を持ってくれているということもあって、どうにも無碍にはできなかったということもあった。
俺たちが朝早くから作っていた大量の弁当も、妻が詰めてくれた分を除くと明日の花見で村人たちに提供するための物だったという訳である。
そんなことをぼんやりと考えていると、ふいに瞼が重くなってきた。
「まずいな。このままだと寝入ってしまいそうだ。アリシア、何か目が覚めるような面白い話はないかい?」
「いきなりそんなこと言われても困るわ」
「何でもいいんだ。ドキドキできるような話とかないか?」
大概に無茶振りであることは自覚しているが、眠ってしまっては元も子もない。妻には悪いが何とか付き合ってもらおう。
「私が一番ドキドキしているのは、ヒュートがやって来てからの毎日だわ」
「グハッ!?」
ある意味目が覚める話だったが、まさかそんな赤面物の台詞が飛び出してくるとは予想もしていなかったぞ!?
上半身をテーブルに突っ伏したまま、こっそりと妻の方を覗き見ると、さすがに恥ずかしかったのか真っ赤になっていた。
くっ!思わずこのまま抱きしめてそのままベッドへと連れ去りたくなるような愛らしさだ。
まさかこんなところに花見を妨害する最大級の罠が仕掛けられているとは思ってもみなかった。
やばい。
顔を合わせる度、視線が交差する度に幸せ過ぎて二人して照れ笑いをしてしまう。
どこからともなく「付き合いたてのバカップルか!」という突っ込みが聞こえてきそうだ。だが、すっかり関係が冷めてしまった倦怠期のような状況になるよりは何十倍もマシというものだろう。
その後、なんとか持ち直した俺たちは花見に出かける刻限になるまでの間、妻が勇者としてバリントスたち仲間と共に各地を旅して回っていた頃の話や、俺の元居た世界での失敗談などで大いに盛り上がったのだった。
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