おまけ話 花見は弁当持参で 1

 突然だが、俺たちの住む家のすぐ近くには桜によく似た樹が数本生えている場所がある。

 しかし、妻曰く俺がやって来る以前にはこんな樹はなかったそうなので、女神様の粋な計らいだったのではないかと思う。


 それはともかくとして、せっかく桜にそっくりの樹があるのだから花見をしない手はない。

 幸い妻も元の世界の風習だという説明に興味を持ち、そして試してみたところ気に入ってくれたので、それからは桜の花が満開になった頃に花見をするのが俺たちの恒例行事となりつつあるのだった。


 さて、花見をするにあたって必要なものと言えばなんだろうか?

 まあ、成人している者なら大半は酒と答えることだろう。俺も嫌いな方ではないので、その意見には大いに賛成ではある。が、あえて今回は外れだと言わせて頂く。

 正解は美味い食べ物、しかも丹精込めて自分たちで作った手作り弁当だ。


 異論があることは認める。元の世界にいた頃も「何故?」と問い返されることが多かった。

 簡単に説明すると、それがうちの伝統だったからだ。まあ、伝統と偉そうなことを言っても祖父母の代から始めたことだから、百年も経っていないのだが。

 家族総出で弁当を作って近所にあった桜の名所に花見に行く。これが幼い頃の春の風物詩だったのである。


 そして今年もまた花見の季節がやって来た。


「ヒュート……、熟成させるとか言っていたけれど、これって普通に傷んでいるだけじゃないの?」


 この日のために一廻り前から準備していた熟成肉を見て妻が眉をひそめている。


「魔法で除菌するし、しっかりと火も通す予定だから大丈夫だろう。……多分」


 コケコが今朝生んだばかりの卵を使って卵焼きを作りながら答える。

 妻の好物であるほんのり甘めの卵焼きは既に完成して粗熱をとっている最中だ。現在は出汁巻き卵ならぬコンソメっぽい味の卵焼きを作っている最中だったりする。

 その後は真ん中にチーズを入れたものや、刻んだ燻製肉を混ぜ込んだものを作らなくてはいけないから大忙しだ。


「アリシア、一本丸ごと食べるのは味見とは言わないぞ」

「うにゅっ!?ど、どうしてバレたのかしら……?」


 作っている時からずっと物欲しそうにこちらを見ていたのだから分かって当然だ。

 今日は花見用の弁当作りのために黒パンにスープだけという簡単な朝食だったから匂いに釣られてしまったらしい。

 このままだと卵焼き紛失事件にまで発展しそうだな。

 コンソメ卵焼きを完成させると、冷ましていた甘卵焼きの両端を包丁で切り落とす。


「ほら、口開けて」

「え?ほむっ!?……むふー」


 よく分かっていないながらも、俺の言う通りに開けられた妻の小さな口の中に切り落とした甘卵焼きの端の片方を放り込む。

 驚いたのも束の間、すぐに彼女の顔が幸せそうに笑み崩れていく。それでもその美貌は壊れるどころか、逆に新たな魅力を発揮するようになるのだから恐れ入ってしまう。

 まあ、俺が妻に惚れ込んでいるということもあるのだろうが。


「ふふっ。美味しい」


 味わうように咀嚼していたものをコクリと飲み下した彼女に残るもう一切れを食べさせると、竈に向き直って次なる卵焼きづくりに取りかかる。


「顔、赤いわよ」


 そんな俺に背後から悪戯っ子が絡んでくる。


「火を使っているからな」


 意識して素っ気ない態度と口調で答えると、クスクスと笑い声が上がる。

 まったく、分かっていてあえて聞いてくるのだから始末に負えない。きっと先ほどのあの行動も狙ってやっていたものだったに違いない。

 俺が情欲を覚えるように、わざと艶めかしく喉を動かしたのだろう。

 純真な男心を弄ばないでいただきたい。言ったら負けな気がするから意地でも言わないけどな。


「ああ、もう!俺のことはいいから早くそっちも準備を始めてくれ!」

「はぁーい」


 ケラケラと笑いながら担当のサンドイッチ作りを始める妻。

 いつもよりハイな雰囲気なのは、今日の花見を楽しみにしてくれているからなのだろう。……そうだと思いたいものである。


「だけど、本当にサンドイッチの中身は野菜だけでいいの?」

「ああ。鳥肉の唐揚げも入れてあるし、この後作るメインの料理で肉をどーんと使うからな」

「あの傷んだお肉?本当に大丈夫なの?」

「だ、大丈夫なはずだ……」


 万が一ということもあるから、念入りに消毒と殺菌はしておこうと思う。

 いや、決して熟成が失敗したという訳ではないんだからな!


 ちなみに作るのはハンバーグを予定している。先日偶然できたデミグラスソースっぽいものを絡めてちょっぴり照焼き風にするつもりだ。

 本当は完熟トマトをざく切りにして塩と胡椒で味付けしたフレッシュトマトソースにしたかったのだが、時期が違うので入手できなかった。

 せめてケチャップくらいは作っておくべきだったか?夏になったら妻と一緒に挑戦してみるのもアリかもしれない。


 いや、それ以前に妻の腕輪型のアイテムボックスなら時間が停止しているので大量に保管できるのではないだろうか?

 しかし、国宝級の代物らしいので食料保管庫代わりに使用していることがバレたら怒られてしまうかもしれないな。

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