番外編 妻は魔窟に微睡む 2
「へえ……。これがヒュートの世界の暖房器具なのね」
「こちらの世界用に色々と手を加えてはいるけどな」
あの後、一通りコケコとピッピヨたちをモフりまくってようやく落ち着いた妻は、俺の向かいに座っていた。
その膝の上に一羽のピッピヨが乗せられていたが、深くは突っ込んではいけないことなのだろう。
まあ、俺の両隣の隙間を埋めるようにしてピッピヨたちが潜り込んでいることだし、そもそも残る二辺ではコケコとピッピヨが連なるようにして眠っている。気にするだけ無駄という話だった。
「部屋全体ではなく、あえて限定的な空間だけを温めているのね。面白い発想だわ」
こちらの世界での暖房というと、暖炉を用いて部屋、もしくは家全体を温めるというものだ。
更に家の中でも基本的に靴を履いての生活であるから、床の上に直接敷物を敷いてその上に座ったり、寝転がったりするという事が基本的にはない。
そうした生活様式の違いもあってか、炬燵は妻にも好意的に受け入れられることになったのだった。
それにしてもコケコたちだ。一体いつの間に研究室に入り込んだのやら。
それよりも炬燵があることを、そして妻に紹介するために温めていたことをどうして知っていたのか?
結局、妻よりも炬燵が気に入ってしまったコケコたちは、昼間は家の外の小屋で、夜は研究室の炬燵で過ごすという生活サイクルとなっていく。
いや、最初はそれこそ外の小屋に炬燵を設置してくれと騒いでいたのだが、敷物や布団類が汚れてしまうことを理由に、妻から却下されてしまったのである。
更に家の中を清潔に保つためにも、夕方には湯浴みをしてから家の中へと入るようにも教育されていた。
そして汚れが落ちてふわっふわの毛玉となったピッピヨたちを、炬燵で毛づくろいしてやるのが最近の妻のお気に入りとなっている。
そして、そんな生活を続けていればこういう事が起きるのは当たり前のことだったのだ。
「おーい、アリシア。アリシアさーん。寝るのならちゃんとベッドで寝ないとダメだぞ」
胸のあたりまで炬燵に潜り込んだまま見事に撃沈してしまった妻の肩を優しく揺する。
さしもの元勇者も、魔窟と呼ばれた炬燵には敵わなかったようだ。
「……うーん。むにゅう……。やだぁ。ここでピッピヨちゃんたちと一緒に寝るぅ」
ぐはっ!?
な、何だこの可愛い生き物!?
寝ぼけて若干舌っ足らずになった口調がこんなにも破壊力のあるものだとは想像もしていなかった。
こ、これは色々と俺の精神がまずいことになってしまいそうだ。
危険を感知した俺はすぐさま妻を炬燵から引っ張り出して抱え上げる。
実際、炬燵で寝入ってしまうと風邪を引いたりしてしまう。これは体の一部だけが温まることが良くないらしく、ホットカーペットなどでも同様のことが起きるという話だ。
あくまでも元の世界にいた頃に聞きかじっただけの知識だからどこまで正確かは分からんがね。
「やあ。寒いぃ……」
アリシアさん、ちょっとは自重してくれませんかね!?
なんと炬燵から引き出した妻が駄々をこねるようにして俺に抱き着いてきたのだ!
当たってる!柔らかくて素晴らしい二つの物が当たってるから!
脚!絡まってる!?抱き上げられなくなるからはーなーしーてー!
寝ぼけている妻としてはただ暖を取ろうとしただけのことなのかもしれないが、先ほどの不意打ちで理性等諸々が削られてしまっている今の俺にとってその行動は辛いものがあった。
せめて彼女の意識がはっきりとしているなら同意を求めた上で色々とできたものを……。
苦労してようやくベッドへと運び込んだ後も、彼女は寒い寒いと言って抱き着いてくる。
そんな妻のなすがままになりながら、俺は一人悶々とした気持ちで眠りに落ちるまでの長い時間を過ごしたのだった。
そんなことが三日続いて、ついに俺の精神は限界に達してしまった。
「という訳でアリシアは当分の間炬燵禁止!」
「ええ!?ヒュート横暴!」
「横暴じゃない!」
妻の反論をピシャリと一言で叩き切ると、今度はぷくりと頬を膨らませて無言で抗議をし始める。
……最近妻はやたらと子どもっぽい仕草をするようになってきた気がする。
それだけ二人の距離が縮まったという事なのかもしれないが、それ以上にそんな彼女の仕草が俺の弱点であることを知られてしまったからなのかも。
実際今も、俺が怯んだことを感じ取ってか、一瞬だけ小さく笑っていた、ような気がする。
「ねえ、そんな意地悪なことを言わないで。それになにより、せっかくヒュートが作ってくれたものなんだから、たっぷりと楽しまないと」
いやだからそこで流し目とか絶対に分かっていてやっているよな!?
というか、楽しむって何を!?
「あんなに可愛らしいピッピヨちゃんたちを間近で見られるものを活用しないなんて、世界に対する冒涜よ!」
……ああ、うん。そういう事だろうとは薄々思っていたけどな。
それでも力説する妻の姿に、体力気力がごっそりと削げ落ちてしまったのは仕方のないことだと思って欲しい。
彼女のピッピヨ愛は止まることを知らない……。
それにしても世界に対する冒涜とか、その考えこそが冒涜のような気もするが……。
まあ、あの女神様なら多少のことは笑って許してくれそうではあるか。
結局、眠くなった時点でベッドへ行くことと、俺がアウトだと判断した場合にはそれに従うことの二つの条件を設けることで、妻は見事に炬燵へと入る権利を獲得してしまったのだった。
そして……、
「ああ、分かっていた。こうなることは分かっていたんだよ……!!」
その日からお姫様を
「……いつでも襲ってくれていいのに」
そんな微かな呟きが聞こえないままに。
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