閑話 盤上遊戯を作ろう 1

 張り倒してきた下級竜の肉を使っての宴会から一廻りが経っていた。

 森の各所で見張りを行っている領主の部下たちによると、時折大型の動物や魔物が騒ぐ程度で特に不審者らしき者の姿は見られていないという話だった。


 このままいけばもう一廻りくらいで彼らもお役御免となりそうである。

 村の方も至って平穏だ。一部の子どもたちが「将来はドラゴンを狩って思いっきり肉を食う!」と体力づくりや稽古に精を出すようになった事が、以前と少しだけ異なっている点だと言えるかもしれない。


 あの騒動の元であったバリントスとレトラ氏は『竜の里』へと帰って行った、かと言うと実はそうではない。

 あの二人は未だに村へと滞在しているのだった。


 それというのも再びあのようなことを起こさないために、レトラ氏が俺の使用した姿消しの魔法を会得しようとしていたためだ。

 しかしそれは困難を極めていた。なにせレトラ氏には自然科学の知識などないに等しく、また俺の方もしっかりと理解しきっているとは言い難い状態だったため、上手く教えることができなかったのだった。


 この世界の魔法はイメージによってその効果が変わってくる。そのイメージが強固であればあるほど容易く世界の法則を捻じ曲げてしまえる。

 逆に言えば、どんなに膨大なドラゴン族の魔力を使っても、しっかりとしたイメージを思い描くことができなければ効果は表れないのである。


 ところが、それにも例外が存在した。

 何を隠そう俺である。


 例えば怪我を回復させる治癒系の魔法だ。元の世界に置いて俺は医者ではなかった。それどころか医療系の職業に一切関わりがない仕事をしていた。

 当然人体の構造については一般教養レベルしか持ち合わせていなかったのだが、それでも本職のヒーラーと同様か、もしくはそれを上回るほどの効果を上げることができていた。


 最初は元の世界の知識がある故にだと思っていたのだが、ある事故の怪我を癒した際にどうにもおかしいことに気が付いたのだ。

 詳しい事故の経緯については省くが、その怪我というのは腕の切断だった。それもただ切り飛ばされたのではく、切断面は押し潰されてしまっていたのである。


 それを俺は癒すことができた。

 もちろんリハビリ等本人の努力による部分も大きいのだが、一年ほど経った今、その人は何不自由なくその腕を振り回すことができるまでに回復していた。


 当時、その人の腕の皮や筋肉、神経などは潰れていたはずだ。骨も砕かれていたことだろう。

 思い返してみても、それらを正常につなぎ合わせられる程に正確で的確なイメージが浮かんでいなかったはずだ。にもかかわらず魔法は成功したのである。


 相談した妻と二人でさんざん悩んだあげく出した結論がこちら。


「ヒュートがいた元の世界には魔法がなかったのよね。だから私たち以上に魔法に万能感を持っているのではないかしら。その万能イメージによって魔法の効果が底上げされているのかもしれないわ」


 要するに、俺のご都合主義万歳な想いによってパワーアップしているのかもしれないという事らしい。

 なんとも曖昧で大まかな力である。


 余談だが、彼女の元仲間であればもう少し詳しいことが分かるかもしれないので連絡してみようかと言われたのだが、特段困っている訳でもないのでその申し出は謹んで辞退させて頂いたのだった。


 そうした流れでバリントスとレトラ氏の二人は未だにこの村に滞在していた訳だが、毎日姿消しの魔法の特訓をしているレトラ氏に対して、バリントスは徐々に暇を持て余すようになっていた。

 今のところ非番の領主の部下を相手に実戦さながらな試合をしてみたり、子どもたちに訓練をつけてやったりすることで何とか時間を潰しているようだが、いずれ「退屈だ!」と騒ぎ始めるであろうことは、火を見るよりも明らかだった。


 加えて俺は彼に「生きがいを見つけてやる」と大見えを切っている。

 ここは何か考えなくてはいけないだろう。


 そんな思いでいたところにふと閃いたのが、異世界物でこれまたお馴染みの盤上遊戯の普及だった。

 以前妻に聞いたところによると、双六のような物はあっても、将棋やチェスのような物は知らないという事だった。

 こうした複数の役割を持たせたゲームであれば、戦術や戦略を解する彼にはちょうど良いのではなかろうか。


 しかし、この時点で俺の頭の奥底から待ったがかかった。

 いくら異世界で元の世界の著作権だとかが無効だとしても、それを素直にそのまま持ち込んでしまって良いものなのだろうか、と。

 それこそ元の世界の文化による侵略となってはしまわないだろうか、と。


「うーむ……」

「何を難しい顔をしているの?」


 昼食後、テーブルで腕を組んで唸っていた俺に妻が明るく声を掛けてきた。

 ピッピヨたちと遊んできたのか、俺とは対照的に満面の笑みが浮かんでいる。外からは子どもたちの笑い声やピッピヨの鳴き声も聞こえてきていた。

 このところ、妻は昼食後に村の子どもたちと一緒にピッピヨたちと戯れるのが常だった。このまま日課になっていくのだろうな、と思うと温かい気持ちになってくる。


「うん?……きゃっ!」


 ちょいちょいと手招きして近づいてきた妻を不意打ち気味に抱きしめる。


「いきなりどうしたの?」

「ちょっと幸せを感じただけだよ」


 よく分からないという顔をしながらも成すがままになっていてくれる妻。

 俺はといえば先ほど口にした通り、しばしちょっとした幸せに浸るのだった。

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