閑話 盤上遊戯を作ろう 2

「それで、何を悩んでいたの?」


 問いながら彼女はテーブルの向かいの席に着く。


「その前に、子どもたちとピッピヨたちを放っておいていいのか?」


 相談に乗ってくれる気満々になっているのは嬉しい限りだが、そちらはそちらで大切なことである。

 きちんと最後まで面倒を見るべきではないだろうか。


「それは大丈夫。遊び終わったらちゃんとピッピヨたちを小屋に戻して、村に帰るように言い聞かせているから」


 これも子どもたちの自立を促すため、そして近い将来村でコケコたちの世話をするための練習であるらしい。

 確かにいつまでも目の届く場所にだけ置いておく訳にはいかないか。言い訳も多分に含んでいるように感じながらも、妻の言葉に納得したのだった。


「元の世界にあった盤上遊戯をいくつか再現してみようかと思ったのだけど、そのままというのも問題があるような気がしたんだ」


 悩んでいたことを妻に伝える。


「それは少し大袈裟というものではないかしら。どうしても気になるというなら、ヒュートが少し手を加えてみるというのはどう?」


 手を加える、か……。それならば俺の心情的にも納得できるのかもしれない。


「少し考えてみるよ」

「ええ。楽しみに待たせてもらうわ」


 何故に彼女が楽しみに?

 ……ああ、そう言えば元の世界に比べると圧倒的に娯楽が少ないのだったな。魔物という身近な脅威が存在するせいで、生きていくことに精一杯な人が多いのだ。

 そういう事ならば、なおさら真剣に考えてみる必要がありそうだ。メモ代わりにしている質の悪い紙の束を取り出して、頭を捻り始めるのだった。




 そして二日後、とりあえず完成した試作型ゲーム一号を間に挟んで、俺と妻は向かい合って座っていた。

 七マス掛ける七マスの計四十九のマスに区切られた盤上には、それぞれ十四の駒が二列になって並べられている。


「ふうん……。駒が何種類もあるのね」


 妻は自陣に置かれた駒を持ちあげて眺めては戻すという動きを繰り返している。


「ああ。それぞれの駒によって動きが違うんだ。一つずつ説明していくぞ」


 チェスを基に俺が考案した駒は『歩兵』、『弓兵』、『騎兵』、『竜騎兵』、『近衛兵』、『王』の六種類だ。

 前列に七体の歩兵が並び、後列には中央に王が陣取り、右手に竜騎兵、左手に近衛兵が立つ。その外側に騎兵と弓兵がそれぞれ二体ずつ並ぶという形だ。

 それぞれ表面には剣、弓矢、馬の横顔、竜の横顔、盾、王冠の簡単な絵を彫り込み、裏には漢字で歩、弓、騎、竜、衛、王の字を入れてある。


 駒の動きは『歩兵』が前に一マス分のみ、つまり将棋の歩やチェスのポーンと同じだ。敵陣に入ってプロモーションした後の動きだが、こちらは前後左右に一マスずつ動けるだけに留めることにした。


 『弓兵』は十字に四マス分まで自由に移動可で、『騎兵』は縦横斜めへの二マス先へ駒を飛び越えていくことができる。

 『竜騎兵』は縦横斜め自由自在、チェスでいうところのクイーンと同じ動きだ。


 『近衛兵』と『王』は周囲の八マスのみ移動可能だが、両者が縦もしくは横に並んでいる時に限り『王』への攻撃を一回だけ『近衛兵』が肩代わりできるという特殊能力持ちとした。キャスリングの簡易版のようなものだな。


 ちなみに、その他チェスの特別なルールは、はっきり覚えていなかったこともあって不採用としている。


「うーん……。『弓兵』と『竜騎兵』は駒を飛び越えられないの?」

「それをやると『騎兵』の特色がなくなりそうだから止めたんだ」


 実際の動きと噛み合っていないことは理解しているが、それを可能にしてしまうと先手を取った方が初手から敵陣の『近衛兵』を取ることができることになってしまい、先手と後手で難易度が極端に変わってしまいそうだったのだ。


「まあ、ともかく一度試しにやってみようか」


 実際に遊んでみることで問題点が見えてくるかもしれないからな。


「そうね。せっかくヒュートが作ってくれたのだし、遊んでみましょうか」


 妻も乗り気になっていたので、さっそく対戦を始めた。

 ……のだが、


「ええと……、これでチェックメイト、でいいのかしらね」


 なぜか俺が負けていた。


 いや、序盤は俺が優勢だった。元があるとはいえ俺が手を加え、それぞれの駒の特色など熟知していたのだから当然の話だ。

 しかし妻が駒の動きを理解した途端、一気に劣勢に持ち込まれ始めたのである。


「一回目の対戦にして、負けた、だと……?」

「その場だけを見て駒を動かしていたのだから負けて当たり前よ」


 呆然とする俺に妻は苦笑しながらそう口にした。


「え?」

「もっと先のことを考えなくてはダメよ。自分の動き、相手の動きを予想していくの。毎朝の訓練の時と同じよ」


 なんと妻は先程の対戦で、数手から十数手先まで、いやもしかすると数十手先まで動きを読んでいたらしい。元の世界でもプロを始め玄人の多くは難なくそれをこなしているという話であったから、そのこと自体に不思議はない。

 ただ、初めて触れたゲームでそんなことが可能なのだろうか?

 彼女の高性能ぶりを改めて突き付けられた気分だ。


「だけど、これ面白いわ」

「そ、そうか」


 一方で、ゲームとしての及第点は頂けたらしい。

 後はバリントスやレトラ氏、村の人たちにもテストプレイヤーとして参加してもらい、不備がないか確認していけばいいだろう。


 と、この時には安易に考えていたのだが、なんとこのゲームは村で一大ブームを巻き起こすだけに止まらず、後々には領内から国内、そして全世界へと広まっていくことになる。

 周囲の警戒のために滞在していた領主の部下たちから領主へと情報が上がり……、まあその後はお決まりのパターンという流れだ。


 そして更にこれが原因となって俺たちに大きな転機をもたらすことになるとは誰一人として想像していなかったのだった。


 最後に、俺たちの中では妻とバリントスの二人だけが異次元の強さを誇っていたことを追記しておく。

 元勇者パーティーの面々は盤上での戦いにも強かったのだった。

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