第41話 宴が始まった

 解体は急ピッチで進められたのだが、なかなか思うようには進まなかったというのが現状だ。それというのも、外へ持ち出した際に怪しまれないように全て領主の部下たちが行っていたからである。

 もちろん、妻やバリントスにレトラ氏が監督に回っていたのだが、力や技量もさることながら、道具の性能の違いもあって徐々にしか進まなかったのである。


「だあー!面倒くせえ!俺が代わりに捌いてやる!」


 と、バリントスが癇癪を起こすという一面があったが、何とか取り押さえてその日の夕刻頃には解体を終わらせたのだった。


 さて、村へとやって来たのは領主とその部下たち、それも秘密にしている村の存在を知っている程の腹心たちだ。

 要するにこの辺り一帯のトップとそれを支えるエリート集団である。偽証工作である下級竜の解体が終わったならば、速やかに領都へと帰還することが望ましいことは言うまでもない。


 が、何を考えているのかこの領主、村で記念の宴会を始めたのである。

 確かに解体が終了した時点で日はかなり落ち始めており、移動するとなると確実に夜となってしまうことは明確ではあった。

 領地経営が上手くいっており獣や魔物、野盗の群れは少なくなっているとはいえ、夜間の移動は昼間に比べると段違いの危険を伴う。下手に動き回らずに襲われたならばすぐに対処できるように準備をしつつ体を休めるというのが基本となっているらしい。


 まあ、その言い分は理解できる。どうしても無理をしなくてはいけない時というものはあるが、そのカードは無暗矢鱈と切るべきものではない。

 より安全な方法や手段があるならば、そちらを選ぶべきだ。今回の場合であれば村に泊まるという選択だ。だから、ここまでは問題ない。

 しかし、


「……宴会を開く必要があったんですか?」


 領主の手ずからワインを注がれながら、ついに俺はそう尋ねてしまった。


「部下たちにはいつも苦労を掛けているからな。ちょっとした慰労と休暇の代わりだ」


 村の広場は先日のバリントスたちの歓迎会と同じように宴会場と化し、村人、領主の部下たちを問わずにそこここで歓声が上がっていた。

 領主を始めとして彼が連れてきた部下たちは皆、妻や村人たちハーフエルフに対して何の隔意も抱いていないから、当然といえば当然の光景ではある。


「それに領都に帰ってしまうとドラゴンの肉が食べられなくなってしまいそうだものね」


 妻が悪戯っぽく言うと、領主は呵々と笑い始めた。


「さすがはアリシア殿。こちらの思惑などはお見通しですな。ヒュートが上手い言い訳を考えてくれたお陰で、肉の量が少なくても誤魔化すことができそうですからな!」


 うん?領主である彼ならば領とでも食べる事はできるのではないだろうか?

 ……ああ!そういう事か!彼ならば食べる機会があっても、連れてきた部下たちはそうはいかない。先ほどの休暇の件と合わせて、日頃の忠君に報いているという訳か。

 領主がそんな嘘を吐いていいのかと思ったが、よくよく考えるとこの村のことだって基本的には秘密にされている。はっきり言っていまさらの話だった。


「しかし、宴会を開いて正解だった。まさかドラゴンの肉だけでなくこんな美味い物が食べられるとは思ってもいなかったぞ」


 いつの間にか領主が手にしていたのはスティック状に切られた数種類の野菜が盛られた小皿だった。もちろんその皿の上の一角にはマヨネーズがどんと山になっている。

 もっとも素材とマヨネーズの味を楽しめる取り合わせではあるが……、渋いな。


 ちなみに広場の反対側の辺りでは、残り少なくなったマヨネーズ争奪戦が絶賛開催されていた。

 村人や領主の部下たちに混ざってバリントスとレトラ氏らしき人影が見えた気がしたのだが……。いや、きっと見間違いだろう。


「作るためには新鮮なコケコの卵が必要だというのは本当か?」


 村長から渡されたマヨネーズのレシピを思い出しているのだろう領主が尋ねてくる。既に村には公表していることもあって、彼にだけは伝えておくべきだという判断がなされたらしい。


「ええ。黄身の部分を使用しています。まあ、他の鳥の卵でも代用は可能だとは思いますけれどね」


 もしくはこちらの世界ならではの生き物の卵でも使えるものがあるかもしれない。


「ううむ……。広めるにしても産業とするにしても、卵の確保が課題という事か」

「はい。ですから俺たちはコケコの飼育を始めてみることにしました」


 きっかけは偶然というか成り行きな部分が多かったけれど。


「なんだと!?魔物を育てるというのか!?」


 弱い部類に入るとはいえ魔物は魔物という事なのか、領主の驚きは相当なものだった。

 これはきちんと経緯を説明しないとまずいと感じた俺たちは、慌ててコケコたちを飼い始めることになった流れを話していった。


「その十八体のダークフォックスというのは、この近辺の村々から被害の届と退治の要請が上がっていたやつらの事だろう。全て二十体前後と報告があったからまず間違いはないはずだ。突然所在が分からなくなっていたから気にはしていたのだが、そういう事だったか。何の礼をすることもできないが、この領を統べる者として討伐に感謝する」


 ダークフォックスを放置しておけば俺たちだけでなく村も危険に晒されることになっただろう。

 そういう意味では当然の行動をしたまでのことなのだが、反対に礼を拒む理由もない。俺と妻は素直に感謝の言葉を受け入れることにしたのだった。


「それにしても、そのコケコとピッピヨは随分と懐いているのだな。やはり命を救ったからなのか?」

「それもあるのでしょうが……」


 歯切れ悪い返事をした後で、ちらりと妻の方を見る。


「どうしたの?」


 それだけの動作だったのだが、敏感な彼女は視線を感じたらしく俺の方へと向き直る。

 さて、どう説明したものか。

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