第40話 肉はもらう
お披露目を終えると、下級竜の死体は再び妻のアイテムボックスの中へと仕舞われることになった。
竜はその血に始まり各種内臓器官からその肉の一欠片まで余すところなく使用することができるので、傷まないようにするためだ。
腕輪型の妻のそれの中は時間が停止しているらしく、保存には最適なのだった。
もちろん角に牙に爪、鱗に皮革そして骨格といった腐敗しない部分も有用で、ゲームと違って丸々一頭分の素材が手に入るのも嬉しいところだな。
ちなみに、宝玉はないが蓄魔石という有用な品の元となる物があったりするそうだ。
個人的にはやはり肉が気になる。何と言ってもドラゴンステーキといえばマンガ肉に並ぶ夢の食べ物の一つだからな!
気がかりなのはやつが火山地帯を住処にしていたことか。もしかすると有毒物質をその身に溜め込んでいるかもしれない。
いくら美味くても食べたが最後、この世とのお別れという事にはなりたくない。
というか妻と別れたくない!
そんなことがあって解体手順等をどうするかという話し合いが始まった。
「その前に分配をどうするか決めておくべきでしょうな」
村長の家にある来客用の部屋で席に座るや否や、領主はそう言い放った。
現在彼が連れているは数名の部下のみで、そのほとんどは外部からの進入に備えて村の周囲の森の中に散っていた。
同じく村の男衆もその手伝いに回っていて、そんな男たちのために女性陣が総出で軽く摘まめるものを作っている。
結果、手の空いた子どもたちだけが窓の外へと集まって来ているのだが……。相変わらず顔がガラスに押さえつけられていて、中から見ると爆笑ものの変顔見本市と化していた。
毎度のことであるため俺たちや村の関係者や領主たちは慣れてしまっていたのだが、今回落ち着いて周囲を見回せる余裕のできたバリントスとレトラ氏はそうはいかなかったようだ。
思わず吹き出してしまい、開始早々に話し合いは一時中断することになってしまったのだった。
「はあ、はあ……。は、話の腰を折ってしまい申し訳ありませんでした」
笑い過ぎて疲れ果ててしまったレトラ氏が頭を下げているが、未だ小刻みに肩が震えているところから完全に波は過ぎ去っていないのではないだろうか。
バリントスの方はというと、これはある意味オンオフがはっきりしているとでも言うのだろうか。先ほどまで大声を出して笑っていたとは思えない程に平常通りとなっていた。『戦匠』の片鱗が窺えるな。
「あの絵面は腹筋にかなりの大ダメージを与えてくるから……」
ちらりと窓の方へと向けた視線を急いで戻しながら妻が呟く。
子どもたちの中には狙ってこちらを笑わそうとする不届き者もいるから、慣れたとは言っても油断は禁物なのだ。領主たちも頷いているところを見るに、この村の洗礼といったところなのかもしれない。
本来ならば止めるべきなのだろうが、森の中の隠れ里だから娯楽が少ないので半ば仕方なしに黙認しているのだろう。
だが、いつまでも腹筋を崩壊させている訳にはいかない。作戦立案者でありなぜか討伐者にもなってしまった俺が代表して話を進めることにした。
「分配といってもドラゴンの素材が欲しかった訳ではありません。素材は全て差し上げるつもりです」
「なんだと!?下級とはいえ、ドラゴンを一頭全て譲ってくれるというのか!?」
「はい。元々この村を守るためにやったことですから、そのために使って頂けるのであれば何の問題もありません」
言外にこっそりと「これからも見捨てることなく村の守護をよろしく頼む」と念押ししたということだ。
この領主であればそんなことをしなくても守ってくれる気はするのだけれど、保険はあって困るものではないだろう。
「ああ、そうそう!ドラゴンの肉というのは大層美味らしいですね。できれば村で宴会に使う程度だけ分けて頂ければ嬉しいのですが」
あぶないあぶない、危うく忘れるところだった。これだけはどう請われたとしても譲れないぞ。毒を身に湛えていたとでも説明すれば、多少肉の量が減っていたとしても怪しまれないはずだ。
ふふふ。我ながら上手い言い訳も思い付いてしまったものだ。まあ、本当に毒に侵されている可能性も無きにしも非ずな点が問題だな。
そんな脳内シミュレートを繰り広げている俺を、領主たちはぽかんとした顔で見ていた。
「……ぷっ!ふはははははは!望めば数多の報酬と名誉を手に入れられるドラゴンを狩っておいて、肉だけ欲しいと言うか!しかも村の皆と分け合って食べるために!」
そして爆笑する領主。俺としては真剣で重要な頼みだったのだが、あちらにとっては想定外の申し出だったようだ。
「いや、しかし狩りとはそもそも食料を得るためのものであったとすれば、あながち間違いとは言えないものがあるか……」
「言われてみればそうですね。残虐な行いを繰り返していた身勝手なドラゴンでしたが、身勝手具合でいけば俺たちもさして変わりはありませんから。それなら、せめてその肉を食らって我らが血肉とするべきなのかもしれません」
それが供養になるなどと偉そうなことを言うつもりは毛頭ないが、自然の理の中に帰してやれば再び巡り巡って命が生まれるのではないか。そんな風にも思えるのだった。
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