第39話 倒したのは誰?
先触れを走らせていたのだろう、領主たちと一緒に俺たちが村の広場へと到着すると同時に、バリントスとレトラ氏も村長たちを引き連れて現れたのだった。
「お初にお目にかかります。この村を含む地を任されている者です」
「バリントスだ。迷惑を掛けてしまったな」
「いえ。こちらこそその対応にまでかかずらさせてしまい、申し訳ありませんでした」
領主の立場ともなると、例え非公式な挨拶であってもそれなりの形式に則る必要があるものらしい。
バリントスに続いてレトラ氏との挨拶を終えた頃には、見ていただけのはずなのにすっかり体が凝り固まってしまっていた。
「ヒュート、力が入り過ぎよ」
「あんな堅苦しいものを見せられたんだから仕方がないだろう」
くすくすと小さく笑う妻に肩を竦めて見せる。俺たちのやり取りが聞こえたのかそこかしこで失笑が漏れている。
やれやれ、余計な恥をかいてしまったものだが、それで場の空気が和んだのなら良しとするべきか。
「ところで、退治してきたというドラゴンはどこに?」
「ああ、それならアリシアがアイテムボックスに入れているぞ」
「はいはい。それじゃあ、さっそくお披露目といきましょうか。皆、もう少し下がって」
集まっていた全員を広場に大きな円を描くように誘導して空間を作ると、妻はおもむろに俺が倒した下級竜を取り出した。
突然出現した小山のような下級竜に、悲鳴と歓声が上がる。
「下級のドラゴンではありますが、ここよりはるか遠い灼熱の地で火の精霊の力を受けて自我を得るに至った者です」
確かに火山帯で暑くはあったが、灼熱は言い過ぎなのではないだろうか?
しかし、そんなことは知らない領主たちや村の皆はレトラ氏の説明を信じ込んでしまっていた。
「おお……!これが!……しかし、こちらの都合で討ち取ってしまっても良かったのでしょうか?」
「己の力を試すためだけに無益な非道を繰り返していた愚か者です。我ら『竜の里』でも討伐はやむなしとされていましたので問題ありません」
これまで行った殺戮を喜々として話すというかなりの下衆だったからな。お陰で止めを刺すのに全く躊躇する必要がなかったくらいだ。せめてその体くらいは俺たちの役に立ってもらうとしよう。
「しかし、そのように暴虐の限りを尽くしていたドラゴンを倒すとは……。さすがはアリシア様とバリントス様ですな!」
そんな感想を述べたのは、いつの間にやって来たのか、森の外れで不審者が侵入しないように見張っていたはずの武官だった。代わりは村の男衆が務めているようだ。
それはともかく、俺自身下級竜と向かい合うまではそうなるものがとばかり思っていたくらいだったから、そう考えるのはある意味当然のことだろう。竜を倒した栄誉が欲しい訳でもないので、公にはできないとしても妻たちの新たな戦果として追加してくれればいいと考えていた。
が、彼女はそうではなかったらしい。
「あ、その下級竜を倒したのはヒュートよ」
なんと、あっさりと秘密をばらしてしまったのだ。
「……は?」
うむ、いきなりそんなことを言われたら戸惑ったり硬直してしまったりするのはごく自然なことだ。
俺だって、倒せそうだなという気はしていても、一人で倒しきれるまでの自信を持つまでには至っていなかったというのが本音のところだ。
せいぜい半分ほどにまで下級竜の体力を削ることができれば、後は妻かバリントスが一気に勝負を決めてくれるだろうとすら考えていた。要するに、竜を倒すのではなく、竜と戦うという経験を積ませようとしているのだとばかりに思っていたのである。
ところが、蓋を開けてみれば応援の声はすれども誰も割って入ってくる気配はなく、結局止めを刺すところまで一人でやる羽目になってしまったのだった。
後に残ったのは疲労ばかりで、達成感の一つも得ることはできなかった。
元の世界でゲームの強敵を倒した時の方が、余程すっきりした気分に浸れていたような気がする。
「それは、アリシア殿たちが手助けをしたという事ですかな?」
さすがは領主だ、権謀術数渦巻く貴族社会の荒波を乗り越えてきただけあって回復も他の者たちに比べて早かった。
「いいえ。全て、最初から最後までヒュート一人で倒しきったわ」
どことなく誇らしげな妻の言葉に、広場は一気に喧騒に包まれた。
特に村の連中は俺が碌に狩りもできなかったころのことを知っているからなあ……。いや、今でも妻と同行した時はお荷物になっているのだが。
一方、領主たちも算盤や一廻りの発案者という印象が強かったのだろう、聞こえてくる言葉の端々から察するに、どちらかと言えば文官寄りだと思っていたようである。
「これは驚いた……。だが、アリシア殿が夫婦の契りを結ぶに値するだけの力を持っていた、という事か」
と呟いて領主は自らを納得させようとしていたが、妻に告白した当初であれば絶対に下級竜に太刀打ちできなかった自信があるぞ。
そう考えると、俺も少しは強くなったという事か。
それでも妻たちがいるのはまだまだ遥か頭上の彼方だ。浮かれてはいられない。
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