第38話 領主の来訪

 村へと帰りついた――もちろん着陸の際には例の透明化魔法を使っている――のはその日の夜遅くの事だった。

 地上の国々に警戒されないようにと、天高く飛んでもらっていたのだが、レトラ氏によると、眼下に雲海を従えて飛ぶのはドラゴン種族でも一部の者だけの特権であるらしい。それを曲がりなりにも体験できた俺たちは幸運なのだろう。

 そして、夕焼けで赤く染まった世界を目にした時には、普段あれだけ喧しいバリントスでさえも言葉を失って見入る程だった。


 そんな素晴らしい空の旅を終えて村へと戻って来た翌朝早くに、詳しい事情と俺たちの作戦を説明されたのであろう領主たち一行がやって来たのだった。

 急いでコケコたちの餌やりだけを終わらせて、彼らと一緒に村へと向かう。


「朝早くすまないな。……しかし、ドラゴンの飛来を隠すために本当にドラゴンを狩るとは、説明を受けた時には耳を疑ったぞ」


 そう言って呆れながらもどこか面白がった顔をしている領主も大概だとは思うがね。

 さすがは自分の領地にハーフエルフたちの隠れ里を持ってだけでなく、そこに元勇者である妻を匿おうとするだけの事はある。


「発案したのはヒュートだと聞いたが?」

「はあ、まあ一応そういうことになるのでしょうね」

「何だか曖昧な答えだな」


 と笑われてしまったが、きっかけとなったのは目の前にいる領主の部下である武官の一言だったため、手柄を叫ぶ気にはなれなかったのだ。


「領主さん、それで上手く誤魔化せそう?」

「安心してください、アリシア殿。確かに珍しいことではありますが、縄張り争いに敗れたドラゴンが落ちのびてきたという事例はどこにでもあり、それは我らが国とて例外ではありません。まあ、文献に書かれていた通りであったとするならば、その時はまだ半死半生といった具合であったので討伐するのにかなりの被害が出たそうですがね」

「だとすれば怪しまれたりはしませんか?」

「この国ではないが、逃げている最中に力尽きて墜落してきたという事例もいくつかは存在する。今回の件は幸運だったという事で処理することができるだろう。その分、王宮とその周辺にはそれなりの品を届ける必要がありそうだがね」


 そしてそういった連中は袖の下さえ渡して置けば静かなものなのだとか。元の世界では庶民であった身としてはこれ以上の深入りは荷が重すぎる。後は領主の政治的手腕に任せるべきだろう。


「それはそうとして、また何か面白いものを作ったそうじゃないか」

「相変わらず耳が早いですね……。そちらはまた後でお話ししますよ」


 まさか既にマヨネーズのことまで知られているとは思わなかった。

 この様子からすると村長との極秘の連絡手段だけでなく、村の中に子飼いの者を潜ませているくらいの事はしていそうだ。

 算盤の生産拠点でもあるし、村の安全のためには必要な行為だと考えれば納得できるものではある。


「それでは楽しみにしているとしよう。だが、その前にバリントス殿とドラゴン種族の方にも挨拶しなければいけないな」

「私の元仲間が迷惑を掛けてごめんなさい」

「何を言われますか!誰彼構わず話す事は出来ませんが、アリシア様をお迎えできたことは我らの誇りです!」


 妻の言葉に、すぐ後ろを歩いていた文官が叫ぶように答える。更にその後ろに並んだ領主の部下たちもうんうんと首を縦に振っていた。


「アリシア殿がそういった扱いを苦手にされていることは分かっていますが、私どもにとって『勇者』とその仲間たちと言えば、生きる伝説に等しいものなのです。光栄に思いこそすれ、迷惑だなどとは思っておりませんよ」


 部下たちの行動に苦笑しながらも領主はそう口にする。妻も内心の複雑な想いを考慮してくれていることは理解できたのか、小さく頭を下げていた。

 それにしても文官の彼は結局あれから領都との間を往復することになった訳だが、到着した時間を考えるとほとんど無休で馬を走らせ通しだったのではないのだろうか。

 それにもかかわらず先ほどは大声を出していた。もしかすると気分が高揚し過ぎて一時的に疲れを感じないようになっているのかもしれない。そうであれば反動が怖いな。後でそれとなく領主に伝えておくべきかもしれない。


「それで、話しに出てきたバリントス殿たちはどちらに?」

「帰ってきたのが夜遅かったこともあって、今回は村長の家に泊まっていますよ」


 元々村長の家は領主の部下や事情を知っている行商人が――最近は時に領主本人さえも――宿泊できるようになっている。

 バリントスやレトラ氏も問題なく泊まれただろう。


「戦匠バリントスか……。いくつもの逸話を残している御仁だな。お会いするのが楽しみだ」


 領主の呟きに、思わず顔を見合わせてしまう妻と俺。豪放磊落ごうほうらいらくと言えば聞こえは良いが、言い方を変えれば脳筋気質という事だからなあ。

 まあ、必要としないくらいに強かっただけで、戦略や戦術を理解しない訳ではないし、案外領主とは馬が合うかもしれない。そんなことを考えながら、村への門を潜ったのだった。

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