第35話 温泉発見!ついでにドラゴンスレイヤー

 妻たちが判断した通り、下級竜は小物だった。


 なにせ俺一人で倒すことができたくらいだからな!

 お陰で俺も晴れてドラゴンスレイヤーの仲間入りである。


 どうしてそんなことになったのかというと、妻たちではあっさりと倒し過ぎてしまうためだ。

 村の平穏のためにも瀕死の状態で逃げていたように細工しないといけない。しかし、妻たちでは攻撃力が高過ぎて上手く傷をつけることができないのだった。


 ……もちろん嘘だ。力加減ができないのであれば俺は先日のバリントスとの戦いで、いや、それ以前に妻との毎朝の稽古の度にこの世から旅立っていることになる。

 ただまあ誠に残念なことながら、そのことに俺が思い至ったのはようやっとのことで倒した下級竜が妻の腕輪型アイテムボックスに消えていった後の事だったのだが。


 予想していた通り下級竜はかなり下衆なことをやっていたようで、三流悪役のごとく戦闘中にべらべらと得意げに語っていた。

 ああ、倒す間際には定番の「こ、この私が人間などと言う下等生物に負けるだと!?」的な台詞も口走ろうとしていたぞ。

 色々聞かされて腹立たしく思っていたので、最後まで聞かずに止めを刺してしまったがね。

 ちなみに、怒りを力に変える的な高度な技能は習得できなかった。残念だ。


「面倒な仕事を片付けることもできたことだし、温泉を探しに行きましょう!」


 むしろこれが目的だったと言わんばかりの勢いで妻がそう宣言する。

 今のままでも十分に綺麗だし、可愛いし、色っぽいと思うのだが、女性の美に対する思いは並々ならぬものがあるというし、更に綺麗で可愛くて色っぽくなるというなら歓迎すべきだろう。


 妻と一緒に温泉に浸かろうなどという不埒な考えはこれっぽっちも持ってはいないぞ!


 ……すまない、本音を言えば少しは期待している。下級とはいえ竜を一人で倒すなんてことをやらされたのだ、そのくらいの役得があってもいいとは思わないか?


「湯が湧いて出てきている場所を探すのでしたね。それならば上空からの方が良いでしょう。幸いここは辺境の地ですから、誰かに見られるという心配もいりません」


 ただでさえ険しい山が連なっている上に、火山地帯による有毒ガスが噴き出ている危険性もある。わざわざこんな所にまでやって来ようという物好きは俺たち以外にはいないだろう。

 下級竜がいたことと合わせて、麓の辺りでは『死の山』とか呼んで恐れていても不思議ではない。


 レトラ氏が竜の姿を取り戻すと、勝手知ったる何とやらで俺たちはその背へと乗り込んでいった。


「蒸気が上がっている所が目安になると思います。しかし火山帯の中心付近だと有毒なガスが紛れている可能性もありますから、できれば山裾の方へと向かってみてください」


 魔法で何とでもなりそうな気もするが、無暗に危険を冒すことはないだろう。これだけ巨大な山脈だから、探せば一つくらいは隠された秘湯的な場所があってもおかしくはない気がする。


「分かりました」


 バサリと一度大きく翼を羽ばたかせたかと思うと、俺たちを乗せたレトラ氏の巨体が流れるように滑らかに空へと舞い上がって行く。

 なるほど、確かにこれは魔法を併用しなければできる芸当ではないな。あっという間に下級竜を倒した山頂から離れると、眼下にはまばらに緑が見え始めたのだった。


「森と山の境目を中心に飛んでください」


 木が生えているという事はその地に水脈があるという事に他ならないからだ。火山帯が近くにあって水脈があれば、温泉の一つくらい湧いているだろうという安直な考えであることは否定しない。


 だが、時にはそんな思い付きで行動してみるものであるようだ。

 見事に発見した温泉がこちら。


「おいおい、こんな人気のない森の中なのに、随分とまあ、きっちりと整備してあるじゃないか」


 なんと露天風呂があるだけでなく、すぐ隣には脱衣所のような小ぢんまりとした建物までもが建てられていたのである。


「魔法で補強されているようですが、それでも木製の部分は朽ちてしまっています。かなり古い建物ですよ、これは」


 脱衣所の至る所を確認して回っているバリントスとレトラ氏を置いて、俺はそのまま奥、露天風呂の方へと向かった。

 そこには十数人がのんびりと浸かれるくらいの大きな浴槽と、同程度の広さの洗い場的なものだろう何も置かれていない空間が、高さ二メートル程の壁で囲まれていた。


 浴槽はどうやら岩や石を隙間なく組んで作られているらしい。その一角にはこれまた石造りの給湯口があり、ちょろちょろと絶え間なく流れては浴槽を湯で一杯にしていた。

 それでもこちらへと溢れてこないところを見ると、見えない所に排水口が作られているのかもしれない。

 何にしてもかなり高度な技術をもってして造られていることに間違いはないだろう。


「うわー!凄い!気持ちいい!」


 ふいに妻の声が遠くから聞こえた。顔を上げて声がした方を向くと、そこには無骨で情緒の欠片もない壁がそびえ立っていた。


 そう!あろうことかこの露天風呂は男女に別れてしまっていたのである!


 ……いや、脱衣所の入り口が二つあった時点で嫌な予感はしていたのだ。しかし、実は中は混浴という、ほんの微かな希望をもってこうしてやって来たのだが……。結果はこれである。

 背負わされた絶望という二文字の重さによって、俺は知らず知らずの内に洗い場の床へと手と膝をついてしまっていたのであった。

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