第30話 出発に向けて
そんな予定外のことを挟みつつも作戦を決定するべく、俺たちはそれぞれ行動に移ることになった。
「それでは私はこれからすぐに領主様の元に戻り、森の中で
「密偵への注意勧告も一緒にお願いします」
「はい。解体等に必要な人員を連れて来ることになるので、恐らくは移動にも少し時間がかかるかと思います。五日後を目途に帰還するよう動いてもらえると助かります」
そう言い残すと、文官は家を出て行った。
「では、私は怪しい者が森の中へと入り込まないように見張ることにします」
一方の武官はこちらに残って周囲の警戒をしてくれることになった。
それにしても文官に武官といい加減に呼びにくくて仕方がない。が、実は初対面の挨拶をした際に村長から「領主の代理」として紹介されたため彼らの名前を知らないのだよなあ。
いまさら直接尋ねるのもお互いに気まずくなりそうなので、後でこっそりと妻から教えてもらうことにしよう。
「そちらは村の皆にも報告して、協力を仰いだ方がよさそうね」
妻が言うと、バリントスが「ふむ」と頷いた。
「確かに一人で監視するにはこの森は広すぎるな。よし、それなら村の連中の準備ができるまでは俺とレトラもそちらを手伝うことにしよう」
「そうですね。バリントス様と私なら何とか対応できるでしょう。アリシア様とヒュートさんは村の方への連絡と出発の準備をお願いいたします」
という事で、バリントスとレトラ氏も警戒へ回ることに。
しかし、よくよく考えてみるとレトラ氏はともかくバリントスは顔が知られているのではないだろうか?もしかするとかえって大騒ぎに発展する可能性もある。
結果的には誰一人として近づく者はなく何も起こらなかったのだが、かなり後になってからそのことに思い至り、俺たちは揃って顔を青ざめてしまうことになったのだった。
「よし、俺たちも行こうか」
バリントスたちを見送ってから、俺たちもまた家を出る用意をする。
今回の作戦のことだけでなく、それ以外にも算盤のことやマヨネーズのことなど話を詰めておくべきことはたくさんあるのだ。
もしかすると数日間は帰って来られなくなるかもしれないから、その間はコケコとピッピヨたちの世話ができなくなる。場合によってはそれも村の人たちに頼まなくてはいけないかもしれない。
忙しくなりそうだとげんなりする一方で、初めてこの森から離れて遠出することに心躍らせている自分がいることをはっきりと認識していた。
そんな俺の様子などお見通しだと言わんばかりに、妻は終始ご機嫌で見惚れてしまいそうな笑みを浮かべていたのだった。
村の人たちに事情と作戦について説明すると、不審者への警戒には皆快く協力を申し出てくれた。
「バリントスのせいで迷惑を掛けてしまってごめんなさい」
ああ、やはり気にしていたのか。
実行犯はバリントス――とレトラ氏――だが、その切欠となったのは自分が出した手紙だと考えてしまっているのだろう。
それならば結婚相手である俺にだって責任はあるし、細かく言うなら手紙を送ることを認めた村長を始めとした村の人たちや、手紙の発送を請け負ってくれた出入りしている行商人にも責任はあることになる。
しかし、責任感が強い彼女はつい一人で抱え込んでしまうのだ。彼女の家に厄介になり始めた頃から再三注意しているのだが、この悪癖だけはなかなか改善してくれない。
「何を言っておる。アリシアちゃんやバリントス様たちがしてくれたこと考えたらこれくらいの事は苦労でもなんでもない」
そんな妻に対して村長があっけらかんと答える。本心からそう思っているのだろう、朗らかな笑顔まで浮かべている。
同調するように集まっていた村人たちからも「そうだ、そうだ」と声が上がり、はにかんだ彼女は小さく「ありがとう」と返事をしたのだった。
バリントスの言によれば、妻はバリントスたち数名の仲間と共に世界各地に侵略の手を伸ばしていた魔王なる存在を倒して、世界に平和をもたらしたのだという。
そしてその魔王が率いていた魔族は、レトラ氏たちドラゴン種族であっても苦戦を強いられる相手だった。 その一点からだけでも、いかに辛く苦しい時代であったのかに思い至ることができると思う。
だからこそ魔王を倒して戦いの終止符を打った妻たちはこんなにも敬われているのだろう。まあ、生き残った魔族たちが最後の足掻きとばかりに『竜の里』への攻撃を続けていたので、厳密に言えば終わっていなかったようではあるのだが。
ただ、妻の態度を見る限り、それは決して良いことばかりではなかったようだ。敬われていたがゆえに特別扱いされていたのではないか。
それ以前に彼女たちを利用して様々な力を得ようと有象無象が擦り寄って来たのだろうと容易に想像がついてしまう。
妻がこの村での生活を大切にしているのは、同じハーフエルフだというだけではなく「アリシアちゃん」と対等に接してくれるからなのかもしれない。
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