第29話 うるうる 後 ニッコリ
「ヒュートさん、バリントス様たちの考えが使えるというのはどういうことなのでしょうか?」
「ちょっとばかり突拍子のない案ではありますけれど……」
部屋にいる人間の代表として尋ねてきたレトラ氏にそう断りを入れてから、俺は閃いた案について説明していった。
その案とは、ずばり『下級竜を狩ってくる』というものだ。
まず、レトラ氏が来訪してきた姿は多くの人に見られている。それは下手な誤魔化しなど効かない程の数と範囲だ。
ならば逆に、本当に竜が現れたことにすればいい――いや実際に現れている訳だが――と思ったのだ。しかし単に現れただけでは、それこそ調査団が派遣されたり、討伐隊が組まれたりしてしまう。
それは飛び立っていなくなったように見せても同様だ。むしろ再度現れるかもしれないという事で手出しをさせる口実となるかもしれない。
それを防ぐためには、この場所には何もないと思わせなくてはいけない。そのために最も効果的だと思われるのが、竜の遺体を発見させることだ。
ついでに遺体であると公表させることで、領内に住む人々に危ぶむべき事態は過ぎ去ったと思わせることもできるし、傷だらけであれば縄張り争いに負けて逃亡、当て所もなくさまよった結果力尽きたように見えるだろう。
「荒唐無稽な話に聞こえるかもしれませんが、ここにいる人材を活用すれば十分に可能だと考えます」
「……ああ」
俺の意見に追従して追加の説明を始めたのはバリントスだった。
「確かに可能だな。下級竜のいる場所はレトラなら簡単に探し出せるし、そこまでの移動も難なく行える。倒すのは俺かアリシアならそれこそ朝飯前だ。そして運んでくるのもアリシアの持っているアイテムボックスを使えば簡単にできる」
彼の言葉は俺が想定していた以上だった。まさかレトラ氏が下級竜の居場所を突き止められるとは思ってもいなかったぞ。
やっぱりこのオッサン、ただの脳筋ではなかったな。ちゃんと考えられる頭を持っているのだから最初から活用していてもらいたいと思うのは俺だけなのだろうか。
ともかく、バリントスは乗り気になっていて、妻も十分に成功すると踏んだのだろう頷いて笑顔を見せてくれた。
残る作戦の成否の鍵を握る人物――鍵を握る竜?――はただ一人。
「レトラさん、近類種的な下級竜を狩るということで心情的には納得できない部分があるとは思いますが、何とか協力してもらえないでしょうか」
彼なくしてはそもそもこの作戦は成り立たない。どんなに困難であっても説き伏せなくてはならないのだ。
無茶な頼みだと理解しながらも、俺は深く頭を下げた。
「ええ、もちろんです」
が、返ってきたのは、あっさりし過ぎではないかと突っ込みたくなる程に淡々とした了承だった。
「魔王と魔族がやって来て以降、私たち『竜の里』の意向に従わずに好き勝手を始めた連中も多いのですよ。良い機会ですから、そうした連中への再教育といきましょうかね」
彼の話によると魔族との戦いで手が一杯なのをいいことに、跳ねっ返りの下級竜たちはかなり好き勝手に振る舞っていたのだとか。
よほど腹に据えかねていたのか、フフフと底冷えするような笑顔を浮かべるレトラ氏。それを見た俺や領主の配下二人はゾッと背筋が凍るような思いがしたのだった。
これでやることは決まったと思った瞬間、文官の彼が「あ……!」と何かを思い出したように声を上げた。
「どうしたの?」
妻が何事なのかと尋ねる。
「移動はドラゴンの姿に戻ったレトラ様に乗って、という事になるのですよね。でしたら、その姿をまた見られてしまうのではないでしょうか?」
言われてみれば当然の疑問点だ。皆もその通りだと、思いつかなかったことに唖然としているようだった。
が、
「その点については対策を考えてあります。まあ、上手くいくかどうかはまだはっきりとは言えませんけれどね」
下級竜を狩るという今回の案を思い付いた時点で、これについてはすぐに思い浮かんでいた。永続的には無理だが、一時的になら十分姿を眩ませることができるのではないかと考えている。
新参者のはずの俺の意見だが、領主の部下二人からは算盤と一週間代わりの『一廻り』の発案者として、バリントスやレトラ氏からはマヨネーズの開発者としての実績を重んじてくれたのか、その後は特に反対意見や問題点が出ることもなく、作戦を詰めていくことになったのだった。
いや、ただ一点だけ俺にとって想定外のことがあった。
それは、
「え?俺もレトラ氏に乗って下級竜討伐に加われだって!?」
という事だった。
「お前が出した案なんだから最後まで面倒を見るのは当然のことだろうが」
「それはそうだけど、俺がいたところで二人の邪魔にしかならないんじゃないのか?」
バリントスの言は至極もっともなことだったが、俺の意見もまた的を射ているはずだ。
竜と言えばファンタジーな異世界の定番であり、俺だってこの世界にやって来てすぐのころはいつか見てみたいとも思っていた。
そして、その願いは既にレトラ氏と遭遇するという事で叶えられている。この上無理に危ない橋を渡る必要はないのだ。
何としてもこのお誘いからは逃れようとしていたところ、ふいにくいくいっと袖が引かれた。
何事かと思い首を巡らせた先にいたのは妻だった。
「お願い、ヒュート。私もあなたにそばにいて欲しいの」
そう言って潤んだ瞳を向けられては「うぐ……!?」と奇声を上げた後に、
「わ、分かった」
降参するより術はなかったのだった。
そんな俺に向かって今度は輝くばかりの笑顔を見せる妻。
くっ……!悔しいが可愛い!
全く、いつの間にこんな高度な一連のテクニックを身に着けていたのか?
近い将来、微笑み一つで面倒事を背負わされることになるのではないだろうか。そんな恐ろしい未来の光景が頭をよぎったのだった。
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