第28話 起きるであろう事態

「騒がせたようで悪かったな。それは俺たちだ」


 迷っている間に部屋の隅にいたはずのバリントスが、一歩前に出てそう言ってしまっていた。


「え?」

「は?」


 いきなりの横入りに固まってしまったのは二人とも同じだが、その理由は異なっていた。

 文官の彼はというと、その解答の意味不明さにフリーズしてしまったようだ。それはそうだろう、ドラゴンが現れたという話をしていたのに、どこから見ても人のバリントスがそれは自分だと答えたのだから。

 非礼な言葉や無礼な言葉が飛び出さなかっただけでも御の字と言える。


 一方、武官の彼はというと、割って入ってきた人物が何者であるのか――半分くらいは推測だろうが――気が付いたために硬直してしまったようだ。

 俺はまだそこまでの域に達していないので良く分からないのだが、見る人が見れば、相手の力量というものが大まかに分かるそうだ。


 更に俺たち、いや、妻の家の中へと入ることができる相手ということで思い至ってしまったのだろう。目の前に立つのが『戦匠』と呼称される存在なのではないか、と。


 ちらりと隣を見やると、彼女も同じことを考えたようでコクリと一つ頷いて口を開いた。


「紹介しておくわね、彼はバリントス。知っているとは思うけれど、私の仲間だった戦匠バリントスよ。そして今回の騒ぎの原因でもあるわ」

「はあっ!?」


 普段の丁寧な態度もどこへやらで、二人とも驚きが強過ぎて素に戻ってしまっている。まあ、顔を突き合わせる度に口論を始めるという光景を何度も見せられているため、素の反応自体は特に違和感はなかったりするのだが。

 とりあえず会話の主導権を得られている間に、さっさと一連の説明を済ませてしまうとしようか。


「な、なるほど。そういうことだったのですか……」

「道理で何の障害もなく近づくことができた訳です……」


 一般的に人間が遭遇や接触する可能性がある下級竜という存在は、縄張り意識が強く近づくだけでも攻撃を加えてくるものであるのだとか。


「ですから、事情を知る我らはてっきりアリシア様たちが討伐なり何なりをしてくれているものだと思っていたのです」


 どちらかと言えば、どうして公にされていないはずの村にピンポイントで襲来したのか、という事の方が気にかかっていて、その背後関係などの調査が主になるのではないかと考えていたらしい。

 「おかしな勢力が手を出してきたのではなくて本当に良かった」という彼らの呟きは本心であるように見えた。


「そういう事なら、俺たちのことを領主に伝えれば一件落着だな」


 と、お気楽な台詞を口にしたのはご存知脳筋のバリントスだ。


「いえ、残念ながらそう都合良くはいかないかと」

「あん?どうしてだ?」

「この森に村があり、しかもアリシア様がそこに寄り添われていることを知るのは極一部だけだからです。民を始めとして事情を知らない者たちは未だにドラゴンがこの森に居座っていると考えているはずです」


 実際にレトラ氏もまだこうして滞在していることだし、その考えはあながち外れではなかったりする。

 場を場を茶化すことにしかならないので、口に出して言ったりはしないが。


「このまま何の公表もされない場合、不安に感じた近くの町や村が冒険者を雇って様子を見に来させることも考えられます」

「更に飛行するドラゴンの姿を目撃したのが領内の者たちばかりとは限りません。他領から国へと陳情が上がり、調査団が派遣されるという流れも十分に考えられるのです」


 ふむ、やはり俺たちが予想していた事態とも遠からずといったところのようだ。


「他国が介入や口出ししてくる可能性は?」

「幸いにも我らが領は辺境であり他国と隣接してはおりませんので、その可能性は極めて低いのではないかと思われます。ただ、最悪の状況の一つとして頭の片隅に残しておく必要はあると考えております」


 安易に『ない』と切り捨てずに、備えだけはしておこうという事か。こうした危機意識を持っているのはさすがだと思う。

 だが、今の状況下では足りない。


「これを機に他国の密偵が大勢入り込んでくるという事は考えられませんかね?」

「密偵、ですか……?」

「はい。領主様からの封書には算盤の評判は上々だと記されていました。王都などではそれなりに噂になってきている頃だと思われます。それらを持ち込んだのが領主様であると知られていても不思議ではありません」


 それに重なるかのような今回の騒ぎだ。この地で何かが起きていると考える者がいて当然だろう。

 俺の指摘を受けて二人の顔が強張る。まあ、密偵問題はこれから先も付いて回るものなので、持ち帰って領主と一緒に頑張って対策を練って頂きたい。


 しかしどうしたものか。首を突っ込んで来るであろう者たちの予測は立ったが、肝心の対応策がさっぱり思い浮かばない。

 それは妻を始め皆も同じなようで、しきりに頭を捻っていた。


「ふう……。いっそのこと本当にドラゴンが飛来したのであれば話は早かったのでしょうか?」


 思考が煮詰まってしまったのか、武官の彼がため息交じりに物騒なことを呟くと、それに即座に反応した文官の方が不謹慎だと叫ぶ代わりにジロリと非難のこもった目を向ける。


「がっはっは!俺とアリシアがいるんだ、ドラゴンを狩るくらい何の問題もないぞ!」


 と、こちらは考えるのが面倒になったのだろう、バリントスがこれ幸いのその話に乗っていった。


「ちょっと!私たちだけじゃなくて村の皆にも迷惑が掛かるのだから真面目に考え――」

「……いや、案外その考え使えるかもしれない」

「え?」


 テーブルの上で握られた妻の右手に左手を重ねながらバリントスたちを窘めようとする彼女の言葉を遮ると、キョトンとした表情を浮かべたのだった。

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