第27話 領主の部下たち
息せき切って入って来たのはこの地を治める領主の部下たちの内の二人だった。領主が村を訪れる際に同行させるだけでなく、彼の名代として村を訪れたこともある。
つまりは腹心たちであり、恐らくは部下の中でも相当高い階級の持ち主なのだろう。
だが、妻の顔を立ててくれていることもあるのか、居丈高になることもなく俺や村人にも丁寧な態度で接してくれているという、なかなかに好感が持てる相手だった。
バリントスとレトラ氏がやって来たこと、とりわけ竜の姿のレトラ氏が目撃されたことで慌てて領都から派遣されてきたのだろう。領都からこの村まで通常であれば三日はかかるという。それを一日でやって来たのだから夜通し馬で駆けてきたのかもしれない。
労いと、後は落ち着かせる意味も込めて、水瓶から汲んだ水を二人に差し出す。バリントスたちも彼らが座ることができるようにと席を立ち、部屋の隅へと移動していた。
「あ、ありがとうございます」
礼を言いながらカップを受け取ったのは、所々を金属で補強した革鎧を身に着けていた方の男性だった。その外見通り鍛えているのか、疲れてはいるようだがまだ余裕が感じられる。
問題なのはもう一人の方だ。渡した水を一気に飲み干したかと思うと、ほとんどテーブルに突っ伏すようにもたれかかってゼエゼエと荒い息を吐いている。
一応革製の胸当てを付けていたが、役に立たせられるのかと問われれば、微妙な答えを返すことしかできなさそうだった。
彼らの違いはそのまま彼らの所属している部署の違いを示している。早い話、彼らはそれぞれ武官と文官なのである。
そして部署が異なると起きることの定番と言えば、そう、派閥争いである。
「まったく、この程度の移動で使い物にならなくなるとは情けない限りだな」
「……う、うるさい。私は栄養の全てを、筋肉に使っている、お前とは違うのだ」
疲れているはずなのに口論を始めている。
こんなに仲が悪くて大丈夫なのか?と思うところだが、実はこの二人だけのことであるらしい。
しかし、隠れ里である村のことを知らされるほどの高官だ、今は二人だけの諍いだがいずれは部署同士の対立へと繋がっていくのではないだろうか。
そんな心配は領主の話を聞いて吹き飛んでしまった。それによると彼ら二人は兄弟であり、単にじゃれ合っているだけなのだとか。
しかも顔を突き合わせれば場所を問わずに始めるため、今ではすっかり領都の名物の一つとなっているらしい。
「国や他領からの使者といった、見せてはいけない相手の前では絶対にやらないだけの分別は残しているようだから、好きにさせている。それに見ていて面白いしな!」
言いきる領主を見て、この人は大物だと確信したのも今ではいい思い出だ。そんな昔のことを思い出している間もずっと、二人の口論は続いていた。
と、部屋の隅に移動した二人が冷ややかな視線になっているのが見えた。
おっといけない、今日はバリントスとレトラ氏がいたのだった。つい、いつもの感覚で放置してしまっていた。初見だとなかなかに衝撃のある見世物だからな。慣れると笑劇に変わってくるのだが。
「はいはい、二人とも。そういうのは領都に帰ってからやってちょうだい」
止めなくてはと意識に上った瞬間、既に妻が動いていた。
「申し訳ありません!」
揃ってガバッと頭を下げる二人。割って入られるのを待っていたかのような機敏な動きに、妻と俺は苦笑いを浮かべる。
一方、初見のバリントスたちは展開についていけずに呆けてしまっていた。まあ、何も知らない状態で、いきなり目の前で切れ芸が始まり、そして終わったようなものだ。硬直してしまってもおかしくはないな。
ただ、説明するのにも時間がかかる。ここは一旦口出しを控えてもらえるように、問題ないことだけを伝えておこう。
「それで、大急ぎで一体何の用?まさか家で騒ぐことが目的だった訳ではないでしょう?」
俺がバリントスたちに一言伝えている間に、あちらでは妻がさっそく用件を聞き出しにかかっていた。
まあ、十中八九あの件についてのことだろうが、絶対ではないからな。ちゃんと彼らの口から話してもらう必要があるのだ。
「はっ!アリシア様の御前にて失礼いたしました!我々の要件ですが、それはこちらの者から話させます!」
ついさっきまで罵っていた相手に丸投げするという荒業に、聞いていた俺たちはよろけそうになる。思わず恨みがましい目で鎧姿の彼の方を見てしまったが、当人は何事もなかったかのように涼しい顔をしていた。
ちなみに、突然話を振られた文官の彼はというと、打ち合わせていたことではなかったらしく、ガンと大きな音を立ててテーブルに頭をぶつけていた。
「も、申し訳ございません。重ね重ねの非礼、ここに伏してお詫び申し上げます」
自分も巻き込まれたためなのか、珍しくすぐに頭を下げてくる文官。何というか見ていて飽きない二人である。
が、このままでは話が進まなくなりそうだったので続きを促すことにした。
「実は昨日のことです。突然彼方からドラゴンが現れたかと思うと、この森へと降りるのが確認されました。端的に申しますと、その調査のためにやって参りました」
「ああ、やっぱり……」
一転して真面目になって告げられた言葉に、困った顔でこちらを見る妻。そんな彼女の顔も可愛いなあ、と思わず現実逃避したくなる。
……さて、何と答えるべきか。
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