第26話 常識知らず
「ま、まあ、エルフのことはともかくとして……。レトラさん、それはマヨネーズといって俺が開発……、した調味料だよ」
そんな訳で多少強引にだが話を元へと戻す。
しかし本当は元の世界の物を再現しただけだから、俺が開発したという扱いには未だに何とも言えない罪悪感が出てくる。
妻曰く「この世界にはなかったものなのだから問題ないわ」ということらしいのだが、それはそれで文化侵略を行ってしまっているのではないかと不安に思ってしまう小心者な俺なのだった。
「ほほう。調味料ですか」
興味を持っているようだったので材料と作り方を教えると、レトラ氏とバリントスは揃って呆けた顔をしていた。
まずい。
いくら鈍い俺でも理解していた。こういう反応をされるのは決まってこの世界の常識にそぐわない行動を取ってしまった時なのだ。
どうすれば良いのかと妻の方を見やると……、いない?今の今まで隣にいたはずなのだが?
「……プッ。クク、フフフ……」
と思ったら、床に蹲って笑っていた。二人の呆けた顔がツボにはまってしまったようである。
さすがに大声で笑うのは失礼だと思ったのか、必死に声を押し殺そうとしているだが完全に漏れてしまっていますよ、お嬢さん。
それはともかく当面の問題として、妻はこうなってしまうと長いことがあった。
こちらの常識を全て理解しきれている訳ではないので、これに関しては自分では用心しようがない。そのため、できれば追加で常識外れなことを言ってしまわないように、フォローをしてもらいたかったのだが……。
仕方がない、これ以上失言しないように頑張ることにしよう。
まあ、それ以前にこちらの世界の常識をきっちりと身に着けるべきなのだろうが、今回は時間がないのでどうしようもないのだ。
よし、こちらの世界についてのお勉強が足りていなかったことへの自己弁護はこれで完了だ。
「お前なあ……。これだけの味の秘密をべらべら喋るとか、正気か?」
何故だろう、正論のはずなのだがバリントスに言われると無性に腹が立つ。
「ヒュートさん、これについては私もバリントス様と同じ意見です。このマヨネーズは一財産以上のものを築くことができる物です」
いくら何でもそれは大袈裟ではないかと思ったが、真剣そのもののレトラ氏の顔を見ると口にすることはできなかった。
そしてこのことを後から思い返す度に、口にしなくて本当に良かったと安堵することになるのだった。
「はあっ!?王様に料理を献上した男が当代限りの爵位持ちになることもある!?うええっ!?その料理のレシピを盗もうとした輩はもれなく死刑にされた!?」
この世界では貴族と平民といった身分による格差や、エルフと人間種族、ハーフエルフのような種族間の差別などが厳しいが、その分手に職を付けることで大きくなり上がることができるという、アメリカンも霞む程のドリームを秘めているそうだ。
そして高い評価を得た物は厳重に保護され、手を出そうとする者には相応の裁きが課せられるのだとか。それは料理にも適用されるという訳だった。
「おいおい、そんなことも知らないとは、どこの出だよ……」
「アリシア様もです。いくらこの地から離れるつもりがないにしても、伝えるべきことはきちんと伝えておきませんと、後の災いとなりかねませんよ」
ようやく復活した妻と一緒に叱られる俺。お似合いの夫婦というのは理想ではある。が、こんなところが同じでも嬉しくもなんともないな……。
「聞けば村はこの地を治める領主と定期的に交流しているというではありませんか。しかも既にヒュートさん発案の品を献上していると言いますし。もう少し危機意識を持ってください」
これもまた正論なのだが、レトラ氏が竜の姿でやって来たお陰でこれから先諸々の面倒事が起きるのだと考えると、素直に頷き難くなってしまう。
「確かに私の認識が甘かったとしか言いようがない。領主様たちが有能だから、つい外と隔絶されている気になってしまっていたわ。ごめんなさい」
などと俺が心根の小さい葛藤をしている間に、妻はすんなりと非を認め、謝っていた。
勇者の片鱗というか、人としての器の大きさというものを見せつけられてしまった気分だ。しかも彼女が謝ったのは俺のためでもある。妻一人にそんな責を負わせる訳にはいかない。
「すみませんでした。俺ももっと常識を身に着けておくべきでした」
そう言って頭を下げたのだった。
「まあ、やっちまったものを今さらどうこう言っても仕方ねえし、しっかり反省して次に繋げることだな」
その言葉を「がっはっは!」と豪快に笑っているこのオッサンにそっくりそのまま一言一句違わずに返したい!
そう思ったのは俺だけではないようで、ふと隣を見ると妻がその愛らしい頬をぷっくりと膨らませていたのだった。
思わず和んでしまったのはここだけの秘密である。
「アリシア様、ヒュートさん!御在宅でしょうか!?緊急の要件があって参りました!」
ドンドンドンドン!と激しく家の入口の戸が叩かれ、呼び出しの声が聞こえてきたのは丁度そんな時のことだった。
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