第20話 並んで立つために
「……疑うようで悪いのだけど、強度の方は本当に大丈夫なのかしら?私たちはともかく相手はあのバリントスだから、手加減を期待することはできないわよ」
結界についての説明を一通り聞いた後、妻が難しい顔でそう言った。
「いや、あの、アリシアさん?レトラさんはさっき魔族との戦いでも有用だったと言っていませんでしたか?」
思わず敬語で突っ込んでしまった。
そもそも強大な竜が持て余した力を抑えるためのもののはずだ。いくら世界最強だとか言われているにしてもハーフエルフや人間がどうにかできるようなものでは――
「確かに並みのドラゴンが作る結界では紙切れ同然でしょう」
……あったらしい。しかも紙切れ同然ときた。
どうやら世界最強とはドラゴンやその他諸々の生き物全てを含めた上でのものだったようである。
「しかし、私であれば問題ありません。ほらこの通り」
「うのわっ!?」
パチンとレトラ氏が指を鳴らしたかと思うと、おっさん呼び――おっちゃんだったか?まあ、どちらでも大した差はないか――を訂正させようと子どもたちを追いかけていたバリントスの四方を薄く光る壁が覆っていた。
「こらっ!レトラっ!この結界をどけないか!」
背負っていた大剣をガンガンと打ち付けるも、結界がどうこうなりそうな気配は見られなかった。
「なるほど。バリントスの攻撃をきっちりと受けきっているわね」
「しかも攻撃を受けるたびに強固になっているように思えるんだが?」
それは単なる思い付きのようなものだったのだが、俺の言葉を耳にしたレトラ氏は大きく目を見開いた。
「ほほう!?気が付かれましたか!さすがはゆ、いえアリシア様が選ばれた方なだけはありますね!」
ジロリと妻から剣呑な視線を向けられて即座に言い直すレトラ氏。
竜の種族に元より備わっているものなのか、はたまた魔族との壮絶な戦いの経験によるものなのかは不明だが、高い危機察知能力をお持ちのようである。
「……詳しくは教えられませんが、あれこそが我らが『竜の里』に伝わる秘奥なのです。この秘奥によって私たちドラゴンはわずかな魔力で長時間結界を張り続けることができるという訳です」
原理としては受けた衝撃をエネルギーに変換して吸収、そのまま結界の強化に再利用しているといったところだろうか。
……ふむ、変換効率等々難しい部分もあるが、これならば一応イメージすることができるかもしれない。
あわよくば練習でもと思ったのだが、残念ながら世の中というのはそこまで上手くはいかないものらしい。視界の外れで大人しくなったバリントスが解放されていくのが見えた。
それでも強敵との戦いを前に取れる手が増えるのは正直ありがたい。もっとも使うとすればぶっつけ本番になるからどこまで信頼できるのかなど不安な部分も多くある。
博打じみた奥の手を使わずにすむようにと、心の底でこっそりと祈るのだった。
「ちっ!誰かのせいで余計なところで体力を使っちまったぜ」
「そもそもバリントス様が村の子どもたちを追いかけまわすなんてことをしなければ良かったのですよ」
付き合いが長いのか、レトラ氏はバリントスの苦情を気にした様子もなくしれっと返していた。
「はん!あれは単にじゃれ合っていただけだ」
叫びながら逃げ回っていた子どもたちも揃って笑顔だったので遊びの域に留まっていたことは間違いない。
だが、大の大人が子どもとじゃれ合うとか口にすると、犯罪臭を感じてしまうのは元の世界の影響なのだろうか。
「それは分かりますが、何かあってからでは遅いですから。特にバリントス様は熱中すると周りが見えなくなる傾向が見受けられますので、早めに対処させていただきました」
レトラ氏の指摘に、白々しく口笛を吹く真似を始めるバリントス。
どうやら自覚はあるらしい。さらに妻も「ああ、そうだったわね」と何やら思い出したのか苦い顔をしていた。
「そ、そんなことよりも準備はできているんだろう!?さっさと始めようじゃないか!」
不利な状況を感じ取ったのか、バリントスは突然大声で俺たちを促してきた。誤魔化そうとしているのが丸分かりな態度だったが、このままこうしていても仕方がないこともまた事実だ。
少々癪に思わないでもないが、乗っておくとしよう。
「そうですね。バリントスさんには子どもたちを追い回していて疲れていた、という負けた時の言い訳もできたようだし、そろそろ戦いましょうか」
挑発しながら彼の前へと進みでる。
「ははっ!なかなか言うじゃないか!」
と、バリントスはいつも通りの獰猛な笑みを浮かべていた。やはりこの程度の安い挑発では揺さぶることなどできないか。
いつの間にか妻が俺の左隣にやって来ていた。
互いに武器を持って向かい合ったことで、バリントスとの圧倒的な力の差がより一層感じられるようになった。
それでも勝たなくてはいけない。
これからもこうして妻と並んで立つために。
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