第19話 秘策

 村の中央にある広場で、俺と妻は突然の闖入者であるバリントスと相対していた。


「おまたせ」

「おう、ようやく来たか。逃げたとは思っていなかったが、何かあったのかと心配したぞ」


 こういう気遣いはできる人のようなのだがなあ。戦闘狂バトルジャンキーな性格のせいで、色々と台無しになってしまっている気がする。


 おっと、それよりも今はこの後の戦いに集中……、する前に条件を確認しておこう。

 これが俺の予想と異なっていた場合、全ての前提が崩れ去ってしまうことになるためだ。まあ、彼は「戦い」としか口にしていなかったから、恐らくは大丈夫だとは思うが。


「先に一つだけ聞いておきたいことがあります」

「なんだ?」

「俺は今ある全ての力で持って挑みます。構いませんか?」

「おうよ!死力を尽くしてこそ、全力を出してこその戦いだからな!」


 本音を言えば全力を出すのはともかく、死力を尽くすほどの戦いはやりたくない。それはともかく、そういう事なら思い付いた案を実行に移せそうだ。妻と顔を見合わせて頷き合う。


「ならば俺は、妻と、アリシアと共に戦います!」


 俺の宣言に一瞬場が静まり返る。そして、

「なっ!?」

「ええええ!!!?」


 周囲から大音量で驚愕の叫びが上がったのだった。さすがの彼らもこの展開は予想外だったのか、大声こそ出さなかったがバリントスもレトラ氏も同様に驚いていた。

 そして、作戦内容をあらかじめ打ち明けていた妻ただ一人が楽しそうに笑っている。どうやら彼女の悪戯っ子な気質が良い感じに刺激されたようだ。

 まあ、楽しんでもらえて何より、ということにしておこう。


「ちょ、ちょっと待て、ヒュート!さすがにそれは卑怯というものではないか!?」

「そうだぞ。戦いを挑まれたのはお前なんだから、一人で戦うのが筋だろう!?」


 村長の言葉を皮切りに、村の皆から次々に非難の声が上がる。だが、これは予想通りの展開だ。


「まさか鍛えたその身以外は認めない、なんてことは言いませんよね?」


 慌てる周囲をあえて無視して、先ほどの仕返しとばかりに挑発的な物言いでバリントスに問う。


「ふっ……、ぶわっはっはっはっは!!もちろんだ!そんなことになれば優れた武器を手にすることもできなくなるからな!」


 よし!こちらの狙いを理解した上でわざと乗ってくれた部分はありそうだが、何にせよこれで勝ちの目が見えてきた。


「そう。鍛え上げたその身に宿るのが力なら、優れた武具を手にするのもまた力。それならば共に戦ってくれる仲間を見つけることもやっぱり力なのよ」


 勇者というのは演説もできるものらしい。怒涛の展開に状況が把握できていない村の皆のために妻が解説を加えていた。


「結んだえにしが力となる、ですか。魔王の討伐を成し遂げた方々が言うと重みがありますね」


 そんな妻の言葉に感じ入る部分があったのか、レトラ氏はしきりに頷いている。しかし「結んだえにしが力となる」とは、なかなかに格好良い響きだな!

 ……いかん、どうにも妻やバリントスたちに当てられてしまったのか、義務教育終盤の頃の熱気が疼いてきているようだ。

 きちんと手綱を取っておかないと黒どころか闇の歴史が生み出されてしまいそうである。


「すげー!『勇者』と『戦匠』の戦いが見られるぞ!」

「どっちが勝つと思う!?」

「やっぱりアリシア姉ちゃんだろ!」

「ばっか、お前はなんにも知らないんだな!武器だけの戦いならバリントスのおっちゃんの方が強いんだぞ!」


 俺の苦悩などついぞ知らない子どもたちは、突然降って湧いたイベントに興奮して大盛り上がりとなっていた。

 そしてそんな子どもたちに「おい!俺はまだおっちゃんと呼ばれる年じゃねえぞ!」とバリントスのおっさんが叫んでいる。


「随分と人気なんだな……」

「そりゃあ、ある意味この世界の最強決定戦のようなものだからなあ。王侯貴族だって金を払ってでも見てみたいと言うだろう」


 赤くなって俯いてしまった妻に代わって答えてくれたのは村長だった。一応俺がメインで戦うことになるはずなのだが、それは言うだけ野暮というものか。

 それにしても世界最強決定戦とは……。俺はいつの間にか某有名少年雑誌に掲載されているバトル漫画のような世界にやって来てしまっていたらしい。


「ああ、周りのことなら心配しなくても結構ですよ。私が魔法で結界を張りますから、思う存分に戦ってください」


 俺たちが黙ったことを別の意味に解釈したのかレトラ氏がそう口にする。


「私たちドラゴンは力が強いので、普段から結界を張って周囲のものを壊さないようにしているのです。とはいえ、自らの力を適切に扱えないのは未熟であることの証であり、年を経るにしたがって使用頻度は下がるものなのです。こう見えて私もそろそろ中堅どころと呼ばれる部類に入りかけているので、本来であれば結界の魔法など使う機会もなく忘れ去ることになると思っていたのですが……。魔族との戦いで有用だったこともあり、すっかり得意な魔法になってしまいました」


 と、喜々として聞いてもいないことまで話してくれた。『竜の里』も基本的には閉鎖された場所のようなので、こうして外に出てきてテンションが上がってしまっているのかもしれない。

 そのうち、里の秘密までポロリと口にしてしまいそうで少し心配である。


 そのついでと言っては何だが、結界の魔法についても詳しく教えてくれた。

 若い竜が普段使いしている結界は内側からの衝撃に耐える仕様なのに対して、魔族との戦いで用いられていたものは外側からの衝撃に強い構造となっていた。

 一見すると正反対の効果のようだが、その本質は同じであるため、同じ『結界の魔法』という扱いなのだとか。


 なんだか何でもありになってきているような気もするが、この世界の魔法というものは想像力に左右されるという大変曖昧なものであるため、こういうことも可能であるらしい。

 まあ、俺としても元の世界の家電製品の疑似再現のようなことができて非常に助かっているので全くもって文句などはないのだが。

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