第15話 ドラゴンがやって来た

 その日、村に竜が飛来した。何を言っているのか以下略、並の意味不明さかつ唐突さだが事実なので仕方がない。

 見張りの親父さん曰く、


「ふと胸騒ぎがして見上げたら、空に黒い点のようなものが浮いていた。何だと思って見ていたらあっという間に大きくなって、ドラゴンだと分かってからは必死になって叫んでいたよ」


 とのこと。

 高速で飛行してくる竜はもちろんだが、それを胸騒ぎで発見してしまう親父さんも相当凄い気がするのは俺だけだろうか?

 それはさておき、竜が近づいて来ていることが分かるとすぐに村の人たちは避難を開始していた。特にパニックになることもなく、避難訓練をしているかの如く淡々と戸惑うこともなく俺たちの家のある方へと逃げて行った。


 後で聞いた話だが、村が襲われた際の避難場所として俺たちの家へと向かうことになっていたらしい。この世界では魔物が台頭しているだけでなく、盗賊なども横行している。

 町ほどの大きさになればともかく、村程度の規模であるならば無理に立て籠もって抵抗せずに逃げることが推奨されていることが多いのだそうだ。


 避難する村の人たちを見送る一方で、俺は妻と共に村に残っていた。

 既に俺の目にも飛来してくる物体が竜であるとはっきり分かるほどの大きさになっている。


「ヒュート、無理しないで村の人たちと一緒に逃げていいのよ?」

「アリシアも一緒に逃げるっていうのなら、喜んでそうするんだけどな」

「残念だけど、私は逃げられないわ」

「仕方がない、それじゃあ俺もここに残るしかないな」


 本音を言うと逃げたい。

 命のやり取りは森に潜む野生動物や魔物相手に繰り返してはきたが、ドラゴンや竜などという存在を相手に戦えるほど自信に満ち溢れているはずもなし、当然そんな心構えなどできているはずもなかった。

 頬を冷や汗が伝い、少しでも気を抜くと足が竦むどころか腰が抜けそうだ。

 この場に俺を縫い留めているのは、もしも見えない所で妻に何かあっては耐えられないという気持ちだけだった。


「うーん、あのくらいのドラゴンなら何度か戦ったこともあるし、まあ、負けることはないかしらね。建物の方はそのままとはいかないだろうけど」


 何でもないように呟いた妻の言葉の真相を問い質す時間はなかった。

 なぜなら、当の竜が目前へとやって来ていたからだ。


 が、ここでさらに予想外の事態が起こる。


「がっはっは!アリシア、俺だ!」


 砂埃を巻き上げながらホバリングをする竜の背後からそんな声が響き渡ったかと思うと、一人の男が飛び降りてきたのだった。


「バリントス!?」


 その姿を見て驚いた妻が叫ぶ。竜から降り立った男は身長が二メートルにも届きそうな偉丈夫で、刈り込んではいるが顔の下半分は髭で覆われていた。何というかドワーフの男性を縦に引き伸ばしたような風体である。

 更にその背には身の丈と同じくらいの長さの巨大な剣らしきものが背負われており、男の持つ無頼漢な雰囲気を一層強調することになっていた。


「アリシア、知り合いか?」

「……ええ。彼はバリントス。昔、一緒に旅をしていた仲間の一人よ」


 少し逡巡した後、妻はそう答えた。

 詳しくは聞いていないが、例の偉業を達成したとかいう旅のことだろう。この件に関して妻はなぜかとても無口になってしまう。

 しかし俺としても多少は気になる程度のことだったので、詳しく聞き出そうとはしてこなかった。


「それでバリントス、わざわざドラゴンに乗ってやって来るなんて、一体何の要件かしら?」

「おいおい、何の要件って、こっちはお前が結婚したっていう手紙を受け取ったから、慌ててやって来たんだぞ!?」


 俺と妻が結婚をしたのはかれこれ一年ほど前の話なのだが?


「今頃!?一体いつの話をしているのよ」


 妻も同じことを思ったようで、呆れた顔で問い返していた。


「あのお、それについてなのですが……」


 言い合いを始めてしまった妻とバリントスなる御仁の間に一つの声が割って入った。


「バリントス様は我ら『竜の里』に滞在されていたのですが、実は生き残った魔族との戦いに参加していただいていたのです」


 興味深い単語がいくつも登場してきたが、それ以前に、


「うおー、すげえ。この世界の竜は喋ることができるのか……!」


 場違いだとは思いつつも感動してしまっていた。


「あ、そちらの方は『知識ある竜』を見るのは初めてですか?」

「いや、竜を見ること自体が初めてなんだ」


 竜なので一見恐ろしそうに見えるのだが、その穏やかな口調と優し気な瞳のためか、妙な安心感があった。

 落ち着いて見てみると、鱗に覆われた赤黒い体躯も強者たる誇りに満ちているように思われる。ちなみに空中に留まっているため、その翼は羽ばたき続けられていた。


「左様でしたか。あ、私はレトラと申します。まだまだ若輩者ですがよろしくお見知りおきを」

「これはどうもご丁寧に。ヒュートです。こちらこそよろしくお願いします」


 元の世界での社会人生活時代を思い起こさせるような丁寧な挨拶だった。つい、無意識に名刺を探そうとしてしまった程だ。


「ちょっと、ヒュート!何を暢気にドラゴンと挨拶を交わしているのよ!」

「おう、兄ちゃん!せっかく訪ねてきた俺より先にドラゴンと仲良くなるとはどういう了見だ!?」


 なぜか理不尽にも二人から怒られることになったが。

 そしてその息の合いっぷりを見せつけられて、間違いなく二人は互いを信頼できる仲間だと認めているように感じられた。同時に、少しだけだがモヤモヤしてしまった俺は心が狭いのだろうか。


 二人の気迫に押し負けるように頭を下げた後、このままだと目立つということでホバリングを続けていたレトラ氏には地上に降りてもらった。

 あの巨体を支えているにしては弱いにしても、かなりの風圧であることには間違いない。このまま続いていれば村の建物が微妙に被害を受けていた可能性もあったからだ。


 竜並びにそこに乗っていた相手の正体も知れたことで、危険はないと判明したため、村の人たちを呼びに行く。

 妻の元仲間ということで込み入った話もあるだろうと席を外したという部分もあるが、一番の理由は、もしもバリントス氏が暴れ始めたとしても俺では止めることができないからだ。

 それほど歴然とした力の差が存在した。恐らくは妻と同等か、下手をすればそれ以上の戦闘力かもしれない。


 そんな相手の前に、俺は妻を一人置いてこなければならなかったのだ。


 嚙みしめた口の中は苦いもので満ち満ちていた。

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