第14話 マヨネーズ騒動 5

「気を遣って頂いたのはありがたいですが、近い内にレシピを公開しようと考えていたので問題ありません」

「何だと!?あれを公開するつもりだったというのか!?」


 俺の言葉がよほど予想外だったのか大きな声を上げる村長。

 普通なら財産として隠し通そうとするものだが、俺にとってマヨネーズは元の世界でありふれた身近な物の一つに過ぎない。

 確かに再現には苦労したが、それだけのことだ。産みの苦しみを味わった訳でもなければ、多くの人に受け入れられるように改良を重ねた訳でもない。

 そのためか、自分だけが得をしようという気にはどうしてもなれないのだった。


「ええ。コケコの飼育が上手くいって、卵が安定して確保できるようになったら、ですけどね」


 同時に、算盤に次ぐ村特産の商材として使えないかと考えていた。

 ただ、口に入る物なので鮮度や安全性の確保が絶対の課題となってくる。そのため、やるならばじっくり腰を据えてのことになるだろう。


「そういう訳ですから、とりあえずは見ていってください」


 話は終わりだとアピールするように立ち上がってさっさと台所へと向かう。

 村長はまだ何か言いたそうにしていたが、妻が上手く諭したようで、しばらくすると他の村人たちと一緒に移動してきた。


 取り出して置いた材料を見て、時には触ってもらっておかしなところがないことを確認してもらう。

 卵にかける滅菌魔法については、目に見えない程の小さな塵や埃を取り除く魔法だと説明しておいた。あながち間違ってはいないはずだ。

 後は材料を加えながら開発した超小型竜巻魔法でひたすらかき混ぜていくだけの簡単なお仕事となる。こちらは先日のお披露目の時にもメレンゲクッキー作りで使用していたので、特に驚かれることはなかった。


「こうやってかき回してやることで柔らかなクリーム状になるんです」


 短時間の料理番組であれば完成品と交換になるくらいのタイミングででき上がったマヨネーズを差し出すと、村長たちから「おおー」という歓声が上がった。

 魔法を使ったとはいえ、まさかこんなに簡単に素早くでき上がってしまうとは思ってもいなかったのだろう。


「おお、マヨネーズだ」

「マヨネーズになっている」

「あの魔法が使えないとかき混ぜるのが大変ですが、材料さえ揃ってしまえば特に難しい作業はありません。強いて言うなら、卵を綺麗にする滅菌魔法が厄介なところでしょうか」


 味見をしてちゃんとマヨネーズになっていることを確認してもらいながら、説明を加える。

 普通の魔法とは違って、滅菌魔法は効果が出ているのかを確かめる術がないからな。新鮮な卵を手に入れる機会が少ないのか、卵の生食は当たる、という認識で固定化されている。


 つい元の世界の一昔前のイメージで、田舎の家庭と言えば家畜がいると思ってしまっていたのだが、こちらの世界ではそうでもないらしい。

 それというのも肉食の野生動物よりもさらに危険な魔物が存在しているからだ。基本的に牛や馬などの家畜は、村の共有財産として襲われないように堅牢な小屋で大切に保護されているという話だった。


 加えて、この世界には元の世界における鶏の近似種がいないということが挙げられる。もっとも似通った存在がコケコである、と言えば理解してもらいやすいだろうか。

 そのコケコは魔物であり、つい先日俺たちが――主に妻がピッピヨ目当てで――保護するまでは、飼うという発想すら持たれることはなかった。


 余談だが、子どもが迷子のピッピヨを確保してきても、数日中には逃げられてしまうのが常なのだそうだ。妻のテイマー疑惑は一層深まったといえる。


 さて、こうしてマヨネーズの中毒性物質混入疑惑は晴れたのだが、村長からは意外な提案が出されることになった。


「村に持ってくるマヨネーズの量を減らして欲しいのだ」

「どういうこと?安全なのは分かってもらえたと思うのだけど?」

「うむ。アリシアちゃんの言う通り、ヒュートの実演を見せてもらったが材料に問題はないように見えた。そうなると、後は本人が自制できるかどうかだ。……だが、いざ自制を促そうにも周りでバクバクとマヨネーズ食べられていてはそれも困難だろう」

「つまりは村全体でマヨネーズの使用を控えることで、マヨネーズ好きの人たちにも我慢させる、ということね」


 噛み砕いた妻の言葉に村長が頷く。

 周囲の協力があるかどうかでダイエットや禁煙の成否は大きく変わるというし、それと同じようなものか。

 しかし、これは丁度良い機会かもしれない。マヨネーズを作るためにそれなりの油を使用しているから、脂質の過剰摂取となってはいないか少し心配だったのだ。

 まあ、村の人たちは日中の仕事でかなりの運動をしているので大丈夫な気もするのだが、用心しておくにこしたことはないからな。


 こうして、マヨネーズの製作量は減少することになり、俺たちは念願の卵料理を再び口にすることができるようになったのだった。

 そうそう、コケコの飼育小屋の方は建設を進めてもらっている。卵は美味しい上に栄養価が高いので村の食事面、健康面の両方の改善が見込まれるからな。できることなら定着化していって欲しいものだ。

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