第13話 マヨネーズ騒動 4

 マヨネーズとメレンゲクッキーのお披露目から一廻りが経った。

 コケコたちはあっという間に新しい住居に慣れ、餌を食べたり走り回ったり昼寝をしたりしている。ああ、朝の訓練の時は小屋から出してやって一緒に稽古をしたりしている。


 主に回避の訓練――ピッピヨ好きの妻がいる前で彼らに攻撃ができると思うか?――なのだが、やはり魔物というべきかピッピヨとはいえ全員――後から孵ったものと合わせて十二羽もいる――で向かってこられると、僅差で負けてしまうこともあるほどだ。

 コケコになるとごく短時間なら飛ぶことも可能らしく、今から戦々恐々としている。さすがにその頃にはこちらからの攻撃も解禁されていると思いたい。


 コケコは相変わらず毎朝卵を提供してくれているのだが、黄身はマヨネーズに、白見はメレンゲクッキーにそのほとんど全てが使用されるという状況が続いていた。

 それでも妻はちゃっかり甘い卵焼き用の分だけは確保している。ああ、出汁巻き卵が食べたい。


 村の人たちも俺たちに任せきりという訳ではない。いつでもコケコを捕獲して飼い始めることができるようにと、鶏舎ならぬコケコ舎を作る計画が持ち上がっている。

 うちの小屋はその練習台だったという訳だな。それでも当のコケコたちが気に入っているようなので、全くもって文句はない。


 しかし、マヨネーズを食べた時の衝撃とその誘惑は俺の予想を超えていた。のんびりとピッピヨたちと戯れる妻を愛でていると、村長と三人の村人が訪ねてきたのだ。

 毎日のように顔を合わせているのにわざわざ足を運んできたということは、それなりの理由があるのだろう。そう判断した俺たちは挨拶も早々に村長たちを家の中へと招き入れたのだった。


「突然邪魔してすまなかったな」

「いえいえ。先ほど見えていた通り、のんびりとしていただけですから。で、何かありましたか?」


 十中八九マヨネーズに関することだろうとは思いながらも、別件である可能性も捨てきれない。

 一番あり得そうなのは、算盤の販売に思わぬ問題が発生した、辺りだろうか。領主が主体で動いてくれているのでそんなことはないと願いたいものだ。


「実はだな、村の者でマヨネーズにのめり込んでしまう者が多数出てきているのだ」


 村長の話によると、元の世界の重度のマヨラーのように、何にでもマヨネーズを付けて食べているらしい。

 そのあまりの嵌りっぷりに、中毒性でもあるのかと怖がる者まで出て来てしまったのだという。村長には材料を口頭で伝えてあったが、見たことのないような食べ物だったからな。


「あー、すみません。これは俺の考えが甘かったようですね。ただ、中毒性のある物は使っていませんから安心してください」


 同様にこうして口で言ったところで不安は解消されないだろう。

 隣に座る妻をチラリと見やると、コクリと頷いてくれる。


「丁度これから作ろうと思っていたところですから、良ければ作るところを見ていきませんか?」

「ぜひ頼むよ」


 水を向けると村人の三人はすぐに反応した。それほど心配だったのだろう。

 こちらの世界に来てすぐに妻に連れられて挨拶をしに行ったが、本格的に村の人たちとの交流を始めたのはそれから半年ほど経ってからだったからな。それなりの付き合いをしているとはいえ一年半にも満たない期間だ、ふとした拍子に疑いの目を向けられてしまっても、それは仕方のないことだろうと思う。

 しかも今回はマヨネーズという一種得体のしれないものを持ち込んだことから発生したため、余計に神経過敏になっているのだろう。


 そういえば村に出入りを始めた当初も余所者扱いが酷かったな。

 こんな風にのんびりと思い返すことができるのはすべて妻のお陰だ。俺の方はあの頃にはもうすっかり妻の魅力に参ってしまっていて、いつ気持ちを伝えようかと日々悶々としていたものだ。


 が、一方のアリシアはというと、神様だか何だかよく分からない存在に俺のことを頼まれたということもあって、保護対象としてしか見ていなかった節があった。

 こちらに来た当初など、目を離すのは危険だとか言って風呂に乱入して来たり、添い寝をしてきたりといったベタでお約束な行動を取ったりもしていたくらいだ。ドキドキする半面、男として見られていないという現状を突きつけられて落ち込んだりしたものだった。


 結局、彼女と暮らし始めて一年以上経ってからようやく告白した訳だが……。

 今更ながらよくオーケーが貰えたものだと思ってしまう。


「こらこら、お前たち!少しはヒュートたちの都合も考えんか!」


 俺が過去のこと、というか妻のことに考えを巡らせてしまっていると、村長が村人たちを窘めていた。


「いいのよ、村長。ヒュートも言ったように本当に今からマヨネーズを作ろうとしていたところだったから」

「しかし……、その配合などはヒュートだけが知る秘伝のようなものではないのかね?」


 ああ、村長が気にしていたのはそこか。

 この世界でもレシピなどは各料理人や各店の財産であるらしい。家庭料理や各地の特産品で作る料理などもそこまで厳しくはないが、それに準ずる扱いなのだそうだ。

 そのため、やたらと手の内を探るような行為は嫌われている。

 当然クレクレ君などは論外なのだ。

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