第12話 マヨネーズ騒動 3
……気が付くと部屋の中はすっかり薄暗くなっていた。窓の外に見える森の木々も夕日を受けて赤く染まっている。
おかしいな、会議を始めたのは昼過ぎのはずだったのだが……?
妻はというと、セットコーシープ――現地の古語で『寒がり羊』を意味するそうだ――の魅力を存分に語ることができたのが嬉しかったのか、満足げな顔でテーブルに突っ伏して眠ってしまっていた。
そんな彼女を見つめ続けていたい誘惑に駆られながらも、こうなってしまった原因である妻のテイマー疑惑について思いを巡らせる。この世界にはステータス表示などの便利な機能は備わっていないので確実には分からない。
が、あの入れ込みようを見るに、まず間違いなく調教なり何なりの技能に開眼していると思われる。そういう前提で行動しておかないと、思わぬ落とし穴に
とりあえずは様子見ということになるだろうか。
ただ、何かあった時のためにも村の人たちにもある程度は情報を開示して、協力してもらえるように取り付けておきたい。
そうなるとコケコを飼うことによるメリットを提示する必要があるな。……ここはやはり卵料理、いや、インパクトを考えるとマヨネーズを出すべきか。
しかし、それはそれで問題が出てくる。
あの重労働をまた繰り返すのか!?
配分や手順については分かったので前日ほどは苦労しないだろうが、それでも相当な労力だ。しかも村人全員に行き渡る量となると……。あ、頭が痛くなってきた。ついでに昨日酷使した腕の痛みもぶり返してきた気がする。
これは妻が起きた後に要相談だな。
妻が目覚めたのはそれから一時間後、夕食の準備ができ上がった直後のことだった。
家族会議で外に出してやれなかった分、コケコたちも一緒になって夕食を取ることになった。「これからも一緒に食事をする!」と興奮する妻を、今日だけ特別だと宥めるのには骨が折れた。
腹が膨れるとすぐに眠くなってきたのか、舟をこぎ始めたピッピヨたちを二階へと運ぶついでに観察してみる。
妻は当然の事だが俺が抱きかかえても特に嫌がったり暴れたりする様子は見られない。
それが妻の能力の影響なのか、それとも元より大人しいのか、はたまた眠気に勝てなかっただけなのかは分からずじまいであった。
ピッピヨたちを寝かし付けた後、妻と二人で会議を再開する。
議題が自分たちのことであることに気が付いていたのだろう、コケコも参加しようとしていた。
しかし、ふいにピッピヨが目覚めた時にコケコがいないと不安になってしまうだろうと説得したり、悪いようにはしないと約束したりして、ようやく部屋へと向かわせたのだった。
「今のところ言う事を聞いてくれているが、例えばパニックになっててんでバラバラに走り回られでもしたら、絶対に俺たちだけでは手が足りない。これから先、村の人たちの協力は必須になってくるはずだ」
「そのためにマヨネーズを紹介するということね」
「村の人たちを信用していない訳じゃないが、分かり易いメリットを提示しておいた方が、いざという時にも安心できると思う」
先程の例のような場合、これまでであれば後に害が発生するかもしれないと考えて――コケコは魔物であり、野生本来のものは目に付いた相手に片っ端から襲いかかっていくような凶暴な性格をしている――殺されてしまったはずだ。
だが、マヨネーズや卵料理という益や得になるものがあると知らしめることで、捕まえるという選択肢を発生させることができるようになるのだ。
「その辺りのことは仕方がないわ。本格的にコケコやピッピヨの世話をしようなんて考える人はこれまでいなかったもの。どの方面に対してでも打てる手があるのなら打っておく方が賢明だわ」
森に棲む他の魔物に対する備えも必要だ、妻が言いたいのはこういうことだろう。
「いつまでも二階の部屋を使わせる訳にもいかないし、コケコたちが暮らすための小屋や、安全に動き回ることのできる空間もいるな」
やはりどう考えても村の人たちの協力は不可欠か。マヨネーズの増産は確定だな。
ハンドミキサーの代わりとなる超小型竜巻を発生させる魔法を開発するまでの二日、俺は半泣きになりながらマヨネーズの材料をかき混ぜ続けたのだった。
その間、妻とピッピヨたちの応援だけが唯一の心の支えだった。
結局、この作戦は予想していた以上に上手くいき、数日の後には俺たちの家の隣に立派な鶏小屋――運動場付き――が完成していた。
これからもピッピヨたちと一緒に暮らせるとあって妻も大満足だ。村でのコケコの飼育という最終目標が達成できるように頑張っていこうと思った。
余談だが、メレンゲクッキー作りでへとへとになっていた子どもたちに超小型竜巻魔法を披露したら、滅茶苦茶怒って村中を追いかけられた。
更にそれから一廻りの間、メレンゲクッキーの差し入れをすることを約束させられてしまった。
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