第16話 来訪者の失敗

 三十分後、俺と妻、村長そしてバリントス氏にレトラ氏は、村長の家の応接室でテーブルを囲んでいた。

 ああ、レトラ氏はなんと人の姿になることができるそうで……。それを聞いた瞬間、村の子どもたちと一緒になって興奮してしまったのは、俺にとって消し去りたい過去最新版になってしまった。


「ほほう……。こんな森の中、と言っては失礼ですが、良い品を揃えてありますね……」


 と、お茶を飲み一息ついたレトラ氏が部屋の中を見渡しながら呟いた。

 この応接室は村に訪れる馴染みの行商人やたまにやって来る領主の部下、更に極まれに顔を出す領主本人との会談や商談を行う部屋でもあるので、質の良い調度品が置かれているのだ。

 ちょっとしたこだわりを見抜かれて、村長も笑顔で「ありがとうございます」と応じていた。


 ただ、村長一番の自慢であるガラス製の大きな窓には、珍しい客人たちを一目見ようと村人たちが押しかけて来てしまい、本来の役目を果たすことができないでいた。

 普段であればさんさんとした日差しを室内へと取り込み、また中にいる者たちに村の風景を一枚の絵画のように切り取って見せるという重要ながらも優美な役割をこなしているのだが、現在では村人の顔の展覧場所となっている。


 特に下の方の子どもたちなんて場所を取り合っているのか、ガラスに顔が押し付けられて変顔化している始末だ。

 指をさして大笑いしてやろうかと思ったのだが、TPOを鑑みて我慢する俺だった。


「それで、改めて確認したいのだけど。バリントス、あなたがわざわざドラゴンに乗ってなんていう悪目立ちをする方法でハーフエルフの村にやって来た理由は何?」


 うおっ!?妻が怒っている!?

 だが、言われてみれば納得だ。なにせこの村は迫害を逃れたハーフエルフたちのための隠れ里なのだ。そんな場所に竜で乗り付けるなんてことをしたのだ、きっと今頃は各地で大騒ぎになっているだろう。

 現在の迫害の程度がどうなっているかは不明だが、この森から追い出されてしまう可能性もある。

 うむ、ガラスで変顔をしている場合ではないかもしれないんだぞ、子どもたちよ。


 ある程度は領主が抑えてくれるだろうが、それもいつまで持つのかは分からない。例えば領主以上の権力を持つ貴族などは抑えられないだろうし、そうでなくとも国として命令されたら従うより他は無いだろう。

 ……そう考えるとなんてことをしてくれたんだ、このオッサンは!これから起こるだろう問題を想像するだけで頭が痛くなってきそうだ。


「だから、お前が結婚したという手紙が来たから急いで挨拶に来たといっているだろうが」


 しかし、当のオッサン……、失礼、バリントス氏は妻の言葉の真意に気が付くこともなく、加えて何に対して怒っているのかも理解してはいなかった。

 そのことを察知してか妻も片手を額に当てて盛大にため息を吐いていた。


 そしてさらに残念なことながら、この件に関してはレトラ氏もまたバリントス氏と同じであった。キョトンとした顔で妻や俺、状況が理解出来て青ざめ始めた村長を順に見回していた。

 きっと彼としては一年も前の出来事であったことを知り、可能な限り早くバリントス氏を俺たちの元へと送らなくてはいけないという使命感に突き動かされたのだろう。

 もしかすると、竜に乗っての移動を勧めたのも彼だったのかもしれない。


「アリシア、二人に理解してもらうためにも何が問題なのかを説明した方がいい」

「でも……」

「全てを理解できているとは言い切れないし、俺の復習の意味も兼ねて頼むよ」

「……ヒュートがそう言うなら」


 渋々ながら了承してくれた妻の背中を、感謝の気持ちを込めて優しく撫でる。


「うおお……。本当にあのアリシアが言う事を聞いていやがるぜ」


 オッサンは少し黙ってろ。

 色々な感情をこめてジロリと睨んでやったが、バリントスはどこ吹く風という様子だった。力の差が恨めしい。全くとんでもない化物な疫病神がやってきたものだ。


 そして、妻による説明が始まった。これから起きるだろう厄介ごとについてはおおむね俺の予想通りだった。

 鍵となるのは国の介入にどう対処するのか、という点だが、これにはまだ時間がある。領主を交えてじっくりと対策を練るべきだろう。


「有象無象が寄って来る?そんな連中、お前が倒せばいいだけだろうが」


 そしてバリントスは一向に理解していなかった。外見から判断するのは良くないだろうと自重していたが、外見通りの脳筋野郎だったとは。

 先ほどの妻の「でも……」の後には、「バリントスに話しても無駄だと思う」という一文が付く予定だったのだろう。


「つまり魔族全盛期の頃の私たちと同じ立場だったということですか。これは申し訳ないことをしてしまいました。皆さんが魔王を倒したことで世界は大きく変わったといわれていたので油断し過ぎていたようです」


 一方のレトラ氏は理解してくれたようだ。なんでも魔王が魔族を率いていた頃は彼らの住む『竜の里』が度々襲撃され、若い竜たちを中心に魔族に連れ去られていたのだそうだ。

 そうした共通点――できればない方が良かったが――があったからか理解は早かったのだった。


 ちなみに魔族の大多数は五年前に魔王が討伐された時、つまり対魔族最終決戦で打ち倒されていたのだが、一部は生き残っていて懲りずに『竜の里』を襲撃し続けていたらしい。

 バリントスはその防衛戦に参加していたとのこと。


「これは私の落ち度でもあります。『竜の里』とも連絡を取って可能な限り力になることをお約束いたしましょう!」


 過去の自分たちの姿に重なるところがあったのか、レトラ氏はなんと協力まで申し出てくれたのだった。

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