第9話 コケコとピッピヨたち

 コケコたちを連れ帰ってからは、なかなかに急展開の連続だった。


 まず、肝心のコケコたちだが、彼女――生き残っていたのは妻が予想していた通り雌鶏だった――たちには以前俺が使用していた部屋を一時的に提供することになった。

 元々俺たち、というか妻の家は昔の仲間たちがいつでも遊びに来られるようにと複数の客間が備えられていた。居候時代の俺は、その中の一部屋を借りていたという訳だ。

 結婚してからはまあ、妻の部屋に転がり込んでいるような形で、元の部屋は半ば物置状態だったから提供すること自体に問題はなかった。


 助けられたことが理解できていたのか、コケコは暴れることもなく落ち着いていた。

 そうなると、ピッピヨたちも安心したのか大人しくベッドの上に置いた卵を暖めるように寄り集まって眠ってしまったのだった。


「ね、ねえ、ヒュート。ピッピヨちゃんたちを覗きに行っちゃダメ?」

「気持ちは分からんでもないが、ようやく寝入ったところだろうから、今は我慢しなさい」


 三十センチほどの巨大ひよこたちは、生きたぬいぐるみといった様相で、俺ですら撫でまわしてやりたい衝動に襲われてしまうほどだ。ピッピヨ好きの彼女からすれば御馳走をお預けにされている気分だろう。

 だが、ただでさえ親たちが殺されて環境が激変しているのだ。これ以上のストレスは死に直結し兼ねない。


「うぅー……」


 可愛い唸り声を上げる妻をひょいと抱きかかえて、一階にある自室へと退散する。

 さてさて、俺にとってはピッピヨよりも可愛いこの生き物をどうやって慰めるべきかね?

 一日の終わりを迎える頃になって発生した超難度のミッションに、俺は苦笑いを浮かべたのだった。


 一回目の急展開が発生したのはその翌日のことだ。朝起きてコケコたちの様子を見に行ったところ、卵が一つ増えていた。さらにピッピヨたちがその卵を俺たちに進呈するように持ってきたのだ。

 どうやら保護した礼として、コケコが産んだ無精卵をくれることになったらしい。


「いいのか?」


 俺の問いに鷹揚に頷くコケコ。その姿は貫禄ある肝っ玉母さんそのものだった。

 ちなみに妻はというと、満面の笑みで卵を運んできたピッピヨたちと戯れていたのだった。


 この世界に来てから初めての卵料理尽くしの朝食――妻は砂糖を使ったほんのりと甘い卵焼きに陥落していた――を食べ終えると、仕事と、昨日の報告などを行うため村へと向かう。

 が、昨日仕留めたダークフォックスとコケコの数が多かったため、結局村人総出での解体祭りとなってしまった。


「コケコの繁殖ついてはこちらでもある程度把握はしていたが、まさかこれほどの数のダークフォックスが入り込んできているとはな。アリシアちゃんたちがいてくれて助かったぜ」

「先見の偵察にしては数が多いから、群れの全てだとは思うが、しばらくは森の監視を密にした方がいいな」


 ということになったので、ダークフォックス対策に関しては村に任せることになった。対して、保護したコケコとピッピヨたちについては俺たちに一任してくれるとのこと。

 奥様方が苦笑しているところを見るに、どうやら子どもたちがはぐれたピッピヨを拾ってくるというのは村でも時々あるようで、それと同じだと思われたらしい。


「なに、毛皮のほとんどを譲ってくれるというんだ、礼には及ばんよ」


 村長が口にしたように、倒したダークフォックスの大部分を村に譲ることにしていた。毛皮の利用価値は高くて貴族たちにも人気の商品なのだが、いかんせん俺たちには手に余る。

 それならば村に渡して、そこから領主なり行商人なりに流通させてもらった方がいいだろうということになったのだった。


 余談だが、コケコの肉の方も九割方は村へと渡している。ただしこちらは油や塩、果実酢といった調味料類――少量ながら砂糖ももらえたので妻が喜んでいた――と交換という形にしてもらった。

 一方的過ぎると正常な関係を構築し辛くなってしまう、というのは建前で、本音はコケコから卵を貰えたことで試してみたいことができたからだった。

 妻からは「卵焼きを作る分は残しておくこと!」という条件で許可をもらった。ふむ、今度ふわっふわのプレーンオムレツでも作ってみるかな。

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