第8話 狩りの時間 3
妻の手にした剣が陽光を反射したかと思うと、瞬きをする間に三体のダークフォックスの胴と首が分かれて絶命する。
浮足立ちながらも仲間の敵を討とうと動き始めた鼻先へ、次々と矢が飛んで行く。
今の俺でも牽制が主目的で多少の狙いが甘くても問題ない状況でならこれくらいの事はできるのだ。
結局、俺たちの乱入で変わった流れを元に戻すことができずに、ダークフォックスたちは全滅することになった。その数全部で十八体。
「足場が良くて広い空間だったから、思ったよりも簡単だったわね」
普通なら腕の立つ人間が五人以上いないと勝つのは難しいと言われている数を相手にしたというのにこれである。
まあ、群れの過半数を倒しておいて息も切らしていないのだから、嘘でも強がりでもないのは確かなようだ。
「怪我はしていないか?」
それでも心配はしてしまう。
どんなに強かろうとも愛しい妻なのだから。
「平気よ。でも、これ、どうしようかしら?」
と言って目を向けたのはダークフォックスの亡骸である。このまま放置しておくと血の匂いで他の魔物を呼び寄せてしまうかもしれない。
「とりあえず片付けておくか?解体はまた明日にでもすればいいだろう」
「そうね。そうしておくわ」
ダークフォックスの肉はまずくて食べられたものではないが、その毛皮は色々と使い道がある。
捨てて帰るのはもったいない。妻が左腕に着けているシンプルな装飾の腕輪を掲げると、ダークフォックスの骸が次々に光になって吸い込まれていった。
「何度見ても不思議な光景だな……」
ある意味、魔法などよりも理解し辛い映像かもしれない。
「そう?私は慣れっこになってしまっているから何も感じないわね」
さすさすと妻が撫でている腕輪の正体は、元の世界のゲームや漫画、小説でおなじみのマジックボックスというやつだった。
さて、このマジックボックスだが、実はこの世界では割合ありふれた品であるらしく、領主やその配下たちに行商人だけでなく、村の住人でも所持している者は多い。
とはいえ、そこはうちの妻だ。彼女の物は他とは一線を画す性能を持っている。
一般的なマジックボックスの場合、収納できる量は小さな小屋一軒程度、元の世界で言えば六畳間一部屋分くらいなのだとか。そしてその効果も――それだけでも十分にすごいのだが――ただ収納できるだけである。
ところが妻の腕輪の場合、仕舞えるのは小山一つ分にもなるのだとか。なんでも、元々は倒したドラゴンをそのまま持ち運ぶことができるようにと作られた物であったらしい。
さて、勘の良い諸兄ならもうお気付きだろう。
妻のアイテムボックスのだが、なんと収納したものの時間を止めることができるようになっているのだ!
最初にその事を聞いた時には何の冗談かと耳を疑ったものだが、前日の夜に作ったスープが熱々のまま翌日の昼食の時――その日は朝から野外で活動していた――に出されたのを見て納得せざるを得なくなった。
恐るべしファンタジー世界!であった。
ダークフォックスがいなくなった後に残されていたのは、十数羽のコケコたちの亡骸といくつもの卵だった。
俺たちが参戦した時にはまだ何羽かは息が合ったはずなのだが、戦いの最中に死んでしまったのだろう。
こちらもダークフォックスと同じ理由――プラス食用にできることもあって――から、妻のマジックボックスへと収納することになったのだった。
「あら?そのコケコ、まだ生きているわ!」
マジックボックスに生命体を収納することはできない。そのため、まだ息が残っていた一羽のコケコだけが残されることになった。
余談だが、この生命体の判別機能はなかなかに適当な部分があり……、いや、語り始めると長くなるので止めておこう。
「どうだ、アリシア?治りそうなのか?」
そのコケコは全身傷だらけで、本来であれば白っぽい羽毛が赤く染まっていた。
「ちょっと待って、今から確認するから。……ひどい傷。だけど治癒魔法でなら回復できそうよ」
近づいた俺たちを睨みつけるくらいだ、魔法で傷を塞いでやれば存外すぐに元気になるかもしれない。
しかし、
「魔物を助けてもいいものなのか?」
という疑問があった。
「基本的にはダメだろうけど……。あれ、見て」
妻が指さした先の茂みには、黄色いモコモコしたものがいくつも見え隠れしていた。
「ピッピヨよ。多分お母さんを心配して覗いているんだと思う」
これは助けるしかないな……。
ただでさえピッピヨ好きの彼女がこんな光景を見てみぬふりをすることなんてできるはずがない。
「分かった。やるだけやってみよう」
傷付いたコケコの側に座り、傷が治っていく様を思い浮かべる。
俺が妻に勝っている数少ない事柄の一つが魔法である。潜在的な魔力だとかそういう部分に関しては、この世界の住人である妻の方が若干優れているのだが、俺の場合は元の世界での自然科学等の知識があるためか、より的確に魔法を使用することができたのだった。
特に治癒魔法においては顕著な差となって現れるらしく、妻によると「昔の仲間のヒーラーと同じくらい凄い!」のだそうだ。
ただ、未だにその人物と会ったことがないので、どの程度凄いのかがいまいち実感しきれていなかったりするのだが。
「……よし。これで傷の方は大丈夫なはずだ」
傷を塞ぐ前には雑菌的なものを死滅させるイメージの魔法も使っていたので、感染症の心配もないはずだ。
……よくよく考えると、今の魔法はかなり有用なのではないだろうか?
落ち着いたら妻に話してみることにしよう。
とにかく今は魔法で癒したコケコと、こちらの様子を覗き見ているピッピヨたちを家まで連れて帰ることが先決だろう。
ああ、近くに大量に転がっている卵も持って帰らないといけないな。
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