第7話 狩りの時間 2

 妻と一緒にコケコの繁殖場所を探しながら、ふと気になったことを尋ねてみた。


「そういえばピッピ……、コケコの雛は凶暴じゃないのか?」


 いくら可愛らしい外見だと言っても、コケコ同様問答無用で襲い掛かってくるようならそれなりの心積もりをしておかなくてはいけない。

 それにしてもいい年をした男にピッピヨという呼び名はハードルが高い。思わず言い直してしまった。


「ピッピヨのこと?それならなんの危険もないわ。あのコケコから生まれたとは思えないくらい可愛くて大人しくて可愛らしいから」


 可愛いが二回あったような気もするが、そこは突っ込んではいけないところのような気がする。

 しかしそれなら、上手くピッピヨの時から懐かせることができれば、養鶏ならぬ養コケコも可能ではないだろうか?大きさはともあれ姿形は鶏に似ているから、メスのコケコを飼うことができたら毎日のように無精卵を確保できるかもしれない。


 そういえばこちらの世界にやって来てからというもの、卵料理とはすっかり疎遠になってしまっていた。

 ふむ、俺たちの食事事情の改善のためにも狙う価値はありそうだ。


「考え込んでいたようだけど、どうかしたの?」


 俺の思考が一段落したちょうどのタイミングで妻が話しかけてくる。いつもながら卓越した観察眼だ。夫婦ならではの以心伝心と言えれば良かったのだが、残念ながら違う。

 本人曰く不本意ながら鍛えざるを得なかった能力の一つだそうで、彼女が為したという偉業に関係することだと俺は予想している。


 だが、アリシアはその頃のことについてはほとんど話したがらないので詳しいことは不明なままだ。まあ、そのうち気が向いたら話してくれることもあるだろう。何より、その頃のことがどうであろうが、今の俺たちにはかかわりのないことだしな。


「ああ、実はな……」


 それはともかく、元の世界での養鶏や食事事情と、先程思い付いたことを妻に語って聞かせてみることにした。

 前半はただ興味深い話だという雰囲気で真面目な顔で聞いていた彼女だったが、俺がピッピヨを飼うと口にした瞬間、


「その話、本当!?」

「ちょっ!?近い近い!落ち着いて!」


 勢いよくその身を乗り出してきたのだった。肩を掴むことができなければ押し倒されるかキスをしてしまうところだ。

 ……なぜだろう、当然のことをしたはずなのに無性に損をした気分になってしまった。


「どうやって育てればいいのかも分かっていないし、なにより懐いてくれると決まった訳でもないんだ」


 一応、勝算がないこともないが、こちらの世界の鳥――しかも魔物――にも『刷り込み』の効果があるのかは未知数だ。

 下手に期待感を高めてしまうと、失敗をした時の反動が怖い。意外に思われるかもしれないが、これでいて妻は後を引きずる方なのである。


「まあ、上手くいったら儲けもの、程度に考えていてくれ」

「むー……、分かった……」


 言葉とは裏腹にその表情は未練たらたらだ。俺としても卵料理は魅力的なのでできることなら成功させたい。

 妻の作るほんのり甘い卵焼き……。

 俄然やる気が出て来た!

 具体的に何をどうすればいいのかは全く見当がつかないがな!


 コケコたちの繁殖場所を発見したのは薄暗くなり始めた頃のことだった。

 森の中でも俺たちの家からちょうど村を挟んだ反対側に当たり、妻はともかく俺にとってはまだまだ土地勘の薄い場所だ。

 そのためコケコたちが騒がしく叫んでいなければ見つかられなかったかもしれない。


「私たちよりも先に嗅ぎつけたものがいるようね」


 騒がしい叫び声や物音は戦いによるものだったようだ。

 襲撃者の正体が分からないので妻の指示に従いながらそうっと慎重に近づいていくことにした。過去に倒木でもあったのだろう、森の中にあってその場所は赤みを帯び始めた日の光が差し込んでいる。

 そんな一種幻想的な場所で二種類の魔物が戦いを繰り広げていた。


 片方は言わずと知れたコケコたちだ。その背後には白い卵らしきものが見える。強襲を受けたのか既にほとんどのコケコが地面に倒れ伏していた。

 そしてもう一方の襲撃者の正体が明らかになった時点で、妻は行動を開始していた。


「ぎゃん!?」


 流れるような所作で一呼吸の間に放たれた矢が襲撃者の一体へと命中し、その動きを止めていた。

 ダークフォックス。暗灰色をした狐の魔物で性格は残忍で狡猾、その危険性故にこの森からはとうの昔に駆逐されたはずの魔物の一つだ。

 単体でもそれなりの強さを持つその魔物は群れることで真価を発揮し、村の男性でも十体以上に囲まれたら死を覚悟するほどだという。


 そんな魔物を妻はあっという間に一体倒してしまった。

 当然だが俺の場合だとそうはいかない。矢を取り出し、弓につがえ、弦を引き、目標を狙い、そして放つ、という最低でも五つの動作をこなす必要がある。

 一つの動きを一呼吸でこなしたとしてもざっと五秒以上はかかることだろう。


 多少使えるようになってきたことで、彼女がいかに高みに立っているのかがようやく理解できるようになってきた。

 俺もいつかその場所に立つことができるのだろうか?

 彼女の夫としてその隣に並び立つことができるのだろうか?

 答えは未だ闇の中だ。


「ヒュート、援護をお願い。こいつらはここで潰すよ!」


 コケコたちのことを抜きにしてもダークフォックスを放置しておく訳にはいかない。最悪、村が襲われることもあり得るからだ。

 仲間が殺されたことで乱入者に気が付いたダークフォックスは一斉にこちらに向いて威嚇を開始していた。直感的に誰が一番危険な存在なのかを感じ取ったのだろう。

 が、遅い。既にその美しき死神は死をもたらす大鎌を携えて彼らのすぐ近くまで接近していたのだから。


「怪我にだけは気を付けろよ」


 飛び出していく彼女にそう返しながら、身を隠していた藪から出る。

 どうせこちらの居場所はバレてしまっている。行動の邪魔になる障害物がない場所へと移動した方が実力を発揮できるというものだ。

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