第6話 狩りの時間 1

 狩りに行くことを村長に告げて――大きな森ではないので、必要以上の狩りは生態系の破壊に直結してしまうため――から、家へと戻り弓矢を携えて森の中を歩き回る。


 実はこの狩りというやつが俺は苦手だ。

 この世界に来てからかれこれ二年になるということもあって、野生の動物や魔物を狩る、つまり生き物を殺すということへの抵抗は今ではほんのわずかになっている。

 同時に弓を扱う腕も相当上達したと自信を持って言える。それでもやはり狩りは苦手だった。

 なぜなら、


「ギャッ!」


 短い悲鳴を上げて――おおよその目算で――百メートル以上先の木の枝にとまっていた鶏に似た魔物が額に矢が刺さった状態で落下していく。

 似ていると言ってもおおよその姿形だけで、大きさは一メートルを超えている。凶暴な性格は個体によっては似ているものもいたかもしれない。


「うーん……。まあまあかしら」


 再度言おう、俺たちが立っているこの場所から魔物鶏まではおよそ百メートルの距離があった。しかも森の中なので枝葉が鬱蒼と生い茂っている。

 そんな状況下で、サクッと魔物を射抜いてしまうという離れ業をやってのけたのが、誰であろう俺の妻なのであった。


「俺には会心の一射に見えたんだが……。今の何がいけなかったんだ?」

「途中、一枚の葉をかすめたのよ。だからほんの少しだけ威力が落ちたの。断末魔を上げたのはそれが原因よ」

「そ、そうか……」


 つまり、本来であれば悲鳴を上げさせることなく仕留めるつもりだったと。

 三回目になるが、大事なことなのでもう一度言っておく。ここは森の中であり、獲物までは百メートルほど離れていたのに、だ。


 俺の弓は確かに上達した。だが、妻の真似をするには到底及ばない。

 要するに、狩りにおいて俺は完全に役立たずなのである。そのため、すっかり苦手意識が染みついてしまったという訳だ。


「今日は随分コケコとの遭遇率が高いわね」


 素早く倒した魔物を回収して血抜きをしていると、隣で周囲の警戒をしていた妻が呟いた。

 確かに多い。昼過ぎから開始して、まだそれほどの時間が経っていないというのに倒した数は四羽、小さいため逃がしたものも含めれば十羽と、二桁の大台に乗ってしまっている。


 ちなみに、妻が言ったコケコというのは魔物鶏の名前である。

 愛称とか略称ではなく、コケコが正式名称だ。その巨体や物騒な性格に似合わない可愛らしい名前である。


「繁殖期か?」


 なんとなく可能性の一つとして呟いた瞬間、妻の目の色が変わった。

 主に喜びだとかそちらの方面に。


「それは大いにあり得るわね!」

「おいおい、ほんの思い付きで言っただけのことを真に受けないでくれ。そもそも特定の季節に起きるものじゃないのか?」


 確か、元の世界では春が繁殖期の動物が多かったのだったか。こちらの世界でもそうしたサイクルのようなものが当然あるのではないだろうか。


「コケコは魔物だけど、肉食の動物に狩られることがあるくらい弱いのは知っているわよね?」

「ん?ああ、そうだな」


 急に始まった妻の魔物講座に戸惑いながらも答える。

 森に不慣れな俺でも狩ることができるくらいだから、強さの位階で言えば下から数えた方が早いはずだ。


「だから狩り尽くされてしまわないように、一定の数以下に減ると季節を問わず繁殖を始めるという習性を持っているのよ」


 普段から群れている訳でもないコケコがどうやって数を把握しているのかは謎だが、とにかくやつらには特定の繁殖期というものは存在していないらしい。


「コケコの習性については理解した。つまり俺たちは連中が繁殖のために集まっていた場所に入り込んでしまったということか?」


 正解というように満面の笑みで首をコクコクと縦に振る妻。

 それに釣られて両腕もぶんぶんと上下に振られている。嬉しいことや喜ばしいことがあった時の癖だ。少々子どもっぽい仕草ではあるが、これはこれで良いものである。

 が、今は同時に困ったことも発生していた。


「ところで、いったい何がそんなに嬉しいんだ?」


 彼女が何をそんなに喜んでいるのかが全く分からなかったのだ。

 仕方なく尋ねると、キョトンとした後、驚愕の表情になる妻。


「……あ、そういえばヒュートは異世界出身だったわね。……それなら分からなくても不思議はないかな」


 恐らく「信じられない!」とでも叫びそうになる直前に思い出したのだろう、俺にというよりは自分に言い聞かせるように呟いていた。


「えっとね、繁殖の最中ということは子ども、が生まれていると、いうこと、なの……」

「まあ、そうだな」


 いけないことをしている気分になってしまうから、途中で頬を赤く染めるのは止めて欲しいのだが……。


「コホン!そ、それでね、上手くすればその子ども、ピッピヨに会えるかもしれないのよ!」


 聞きなれない名前だったが、話の流れからするとコケコの雛のことだろうと推察できた。

 ふむ、コケコの大きさからして雛のピッピヨもそれなりの大きさなのではないだろうか。ふわっふわでもっこもこな巨大ひよこか……。


「なあ、もしかして可愛いのか?」

「すっっっっっごく可愛い!!」


 溜めの長さからするとかなりのものだと予想される。

 ただ、夢見る乙女のようなキラキラ光る目になっている彼女の方も負けてはいないのではないだろうか。

 あれだ、「なにこの可愛い生き物!?」というやつである。

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