第3話 村の生活 1
運が良いことに、朝食を食べ終わる頃には妻の機嫌は直っていた。体の水気を飛ばす魔法が上手くいったことも大きな要因だっただろう。
あの時の自分を誉めてやりたくなるな。その直前の自分はぶん殴ってやりたくなるが。
「ヒュートは元の世界の知識があるせいなのか、本当にああいう魔法のアレンジが上手よね」
「いや、さっきのはあまり関係ないような気もするかな……」
確かに
さらに普段は乾燥機やドライヤーのイメージで体を乾かしているので、次に撥水イメージで魔法を使った際に上手くいくかどうかは全くの未知数だといえた。
「それより、そろそろ村に行く時間だな」
「あっと、そうだったわね。……うん、火の始末良し!窓の鍵も良し!」
指さし確認をしていく妻。そうやってたまに見せる子どもっぽい仕草がとても愛らしい。つくづく自分は彼女に惚れ込んでいるのだなと、思いもよらず再確認することになってしまった。
「もう!時間がないと言ったのはヒュートの方よ!」
「ごめんごめん。さあ、行こうか」
せっかく良くなった機嫌が下降するのは避けるべきだ。俺は慌てて彼女の肩を押しながら、外へと向かったのだった。
俺たちの家は
俺たちは便宜上村と呼んでいるが、実際は集落といった方が妥当な規模だな。
「おや、誰かと思えばアリシアちゃんにヒューイじゃないか」
「誰かも何も、こんな森の中の村までやってくる酔狂な人間なんて片手で足りるじゃないか」
それほど大きくはないと言っても森は森だ。そのほぼ中央に村があることを知る人間は少ない。
同じ森の中に住んでいる半ば身内のような俺と妻を除けば、この地を管理している領主とその腹心の数人、後は領主の肝入りの行商人くらいなものだ。
それもそのはず、この村は言ってみれば隠れ里なのだ。
住んでいるのは妻のアリシアと同じく少しだけ耳が長く尖っている人々、ハーフエルフたちだった。
ハーフエルフというのは文字通りエルフという種族と他種族の間に生まれた者たちのことである。
そのエルフだが、白い肌に長く細い耳、輝かんばかりの金色の髪が特徴の種族らしい。その他の特徴としては、魔法に長けていて長命で美男美女揃いなのだとか。
元の世界でのファンタジーなエルフのイメージそのままだなと思ったのは秘密だ。
対してハーフエルフは先ほど挙げた耳の形以外に共通点は少ない。この村に住んでいる者たちだけでも、背の低い人もいれば浅黒い肌の者がいたりとなかなかにバリエーション豊富だ。
髪の色に至ってはいわゆるアニメ色の青や水色、緑色の者たちまでいる。ちなみにアリシアは磨きあげた銅のような髪色で、亡くなった母親と同じだという。
また、魔法への親和性や寿命は個々人によって異なっているそうだ。
そんなハーフエルフたちを取り巻く環境は決して良いものとは言えない状況にある。
それというのもエルフたちの多くが『エルフ至上主義』とでもいうような価値観を持っているからである。
更に先にも述べたが、エルフは長命で美形な上に魔法にも通じており、そんな彼らを優れた種族として崇めるような者たちすらいるのである。
そうした連中からすれば他種族との間に生まれたハーフエルフは唾棄すべき不浄の存在であり、過去にはハーフエルフが虐殺された時代もあったのだという。
こうした背景もあり、いつの頃からかハーフエルフたちは彼らだけで集まってひっそりと隠れ住むようになっていった。
俺がこの世界へ来る以前にアリシアが歴史的にも稀な偉業を達成したらしく、風向きは変わりつつあるのが救いか。
ただ、その偉業の成果が大き過ぎたため、妻を始め当事者たちのほとんどが身を隠さなくてはならなくなったのは皮肉以外の何物でもないが。
これ以上は止めておこう。その結果として俺は最愛の妻を娶り、こうして幸せに過ごすことができているのだから。
「様式美だよ様式美。いかんぞ、ヒュート。若いのにユーモアの一つも分からないようじゃ、年を取ったら頑固なだけになっちまうぞ?」
様式美なのかユーモアなのかどっちだ!?
実は内容なんてあってないも同然な男の言葉に頭痛がしてきそうになる。そんな俺の顔を見てアリシアがクスクスと笑っていた。
「ほら、アリシアちゃんを見習え」
だから、妻が笑っているのは俺の困った顔つきがおかしかったからだ。……自分で言っておいて何だが、それはそれで釈然としないものがあるな。
それはともかく、俺だってユーモアを理解する器量も余裕も持ち合わせているつもりだ。
彼の言葉には内容がないよう、という具合にな。
……すまん、後生だから忘れてくれ。
何故か村に入るだけで異様に疲れることになってしまったのだった。
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