第4話 村の生活 2
「それじゃあヒュート、またお昼にね」
「ああ。頑張れよ」
軽く言葉を交わして妻とは暫しの別れとなる。
いつも一緒にいたいという気持ちがない訳ではないが、ここには仕事をするために来ているのだから切り替えなければ。
アリシアが村でも一際大きな建物に入って行くと、直後に子どもたちの元気な声が聞こえてきた。学校のようなもので、彼女はそこで子どもたちに勉強や魔法や武器の扱い方などを教えているのだ。
しかし、一番人気なのは世界中を走り回っていた頃の冒険の話なのだそうだ。
おっと、一つ説明を忘れていた。ハーフエルフが子を
「静かにしなさい!!」
うおっと、子どもたちが騒ぎ過ぎたのか、アリシアの雷が落ちたようだ。俺も叱られないように自分の仕事場へと向かうとしよう。
「おはようございます、
「やあ、ヒュート。おはようさん」
今日の仕事場は村長の家だ。ここで俺は村のアドバイザーの真似事のようなことをしている。
役に立っているのかははなはだ疑問なのだが、放逐されていないということはいないよりはマシだと思ってもらえているのだろう。
「丁度良かった、お前さんに見てもらいたい物があってな」
と言って渡されたのは領主の印で封蝋がなされていた封書だった。「拝見します」と断りを入れてから数枚の書類――この世界では公文書などの一部が獣皮紙から植物由来の紙に置き換わり始めている――を取り出す。
「ああ、ついに領主さん、
「うむ。なかなか好評なようだぞ」
この村を含む一帯を治めている領主は代々とてもできた人物であり、ハーフエルフたちが村を作り生活していくことを積極的に支援してくれていた。
そうした恩義に何とか
もちろんタダで、という訳ではない。再三記しているが、この村はハーフエルフの隠れ里だ。対して俺は――恐らくは――人種族に当たる。
そんな俺が同じ森の村はずれにあるアリシアの家に居候することを認めてもらう交換条件として提示したのだ。
……思えばこれが村のアドバイザーという分不相応な役になる決め手となってしまったのだった。まあ、彼女に相応しいと村の人たちに認めてもらえる契機にもなったのだから、必要な行為ではあったのだが。
その後、領主への算盤のプレゼンテーションを行ったり、権利――領主側に譲渡し、その証明として焼き印を押すことになった――と生産――現状はこのハーフエルフの村のみで、全て領主に買い取ってもらうこととした――について話し合ったりと様々なことを経て、ついに外部への販売と相成ったのだった。
「しかし、その書類の最後にも書かれているが、本当に算盤の量産権利を国へと譲渡してしまって良いのか?上手くすれば金の生る木にもなるのだぞ?」
「元々それほど難しい作りの物ではありませんから、もうしばらく普及してくれば必ず模造品が登場します。そうした物とは一切関係がないと明言できる方が、結果的に信用を落とさなくて済むんです。それに量産するとなると大量の材料が必要になります。森を丸裸にしたいというなら止めませんよ」
「そ、それは困るぞ!?」
「だから量産権は国に譲渡してしまった方が良いんですよ。目安としては王都の官僚団に行き渡った頃くらいになりますかね」
仮にも一国の中心なのだから大都市と呼んでいい規模だと推測される。そうなると関係者全ての口を閉ざさせておくことはできないだろう。
王都の官僚団が使用しているというネームバリューと相まって、貴族だけでなく商人たちもこぞって手に入れようとしてくるはずだ。
そんな状況下で独占的な販売権を持っていれば、妬みを買うのは目に見えている。国からの印象を良くしつつ、有象無象からの僻みを
もちろん若造の浅知恵だ、そう上手くはいかないかもしれない。そのため、予測していることは全て伝えた上で、最終的な判断は領主に下してもらうつもりでいる。
「それに量産権を渡したとしても算盤づくりを止める訳ではありませんし」
むしろそこからが本番だといっても過言ではない。
最初に算盤の製造と販売を始めたというブランド力を武器に高品質、最高品質の物を少数提供していくのだ。いずれ領主の焼き印の入った算盤を持つことがステータスになるというところまで漕ぎつけることができれば、万々歳ではあるのだが、その点も領主の手腕にお任せすることになるだろう。
何にせよ、妻がもっと自由に、そしてもっと気楽に歩き回れるような、ハーフエルフに優しい世界作りの一助となってくれるように願うばかりだ。
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