ヒトラーと禁煙

 愛という名の憎悪。健康という名の病。――シェイクスピア


 世界初の禁煙健康政策を実施したのはヒトラーでありナチスである。

 ヒトラーは徹底した健康主義者であり嫌煙家であった。

 ヒトラーが政権を執り、全権委任法を通過させ、ワイマール憲法を無効化してからのいつが、いや、世界がどれだけの悲劇にまきこまれていったかはいうまでもない。といえども、ヒトラーに共感する嫌煙家たちはナチスがやったから『すべてがわるかったとはいえない』という。嫌煙家によればナチスも『よいこと』をしていたというのだ。

 一例として、世界初の公共事業による景気回復がある。ケインズによる公共事業論――これさえも、有名な『ケインズのあやまち』におちいるのだが――よりものうに公共事業の効果を発見したヒトラーは天才だという。愚生は中卒で経済に造詣はふかくない。ゆゑに、おおざつにふりかえりたい。第一次大戦後、ナチスがせきてきいつの景気回復を遂行したことは事実だが、いつ経済は根源的に破綻していた。公共事業は断末魔のいつ経済への強心剤にすぎなかった。戦争とは――あるいはフランクルのいうようにホロコーストとは――経済である。強心剤も効果のうすれたいつぽーらんど電撃作戦により人類史上最悪の戦争を勃発せしめたことは周知のとおりである。

 論点はナチスの健康運動だ。

 基本的なことだが、ナチスの健康運動はミシェル・フーコーの発見した生-権力の典型的なあらわれである。死によって国民を制圧するのではなく、生かすことによって国民をかいらいとするのである。対外的には死-権力で強行的であり、対内的には生-権力により国民を洗脳する。

 また、嫌煙家はナチスのホロコーストに『かぎっては』悪だったいう。禁煙運動とホロコーストは別問題だというのだ。実際にはホロコーストと禁煙運動は同根である。ナチスは禁煙運動をらんしようとしてT-4作戦によりしようがいしや虐殺をおこない、このふたつが順調にすすんだのでホロコーストという仕上げをしたのである。根底にあるのは、ダーウィニズムという科學的論拠を無視した――科學としての――優生学だ。

 余談だが、嫌煙家のヒトラーは親衛隊にも禁煙を命令していた。一九四五年、チャーチルの連合国軍がらん西を奪還し、いつ壊滅作戦を遂行せんとする。周知のとおり、ヒトラーの自殺により、いつ壊滅作戦は――日本へのダウンフォール作戦同様――中断された。ヒトラーが自殺する間際までくると、忠誠をひようぼうしていた親衛隊も、ヒトラーのまえで堂堂とたばを吸っていたという。

 あわれなるヒトラー!


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