第四話 「背信行為」
神社の
先ず
この祈りは
作務衣に着替えた彼は、まだ眠たい目を擦りながら、何時ものように境内の掃除をするため部屋から出た。
しかし、何時もの朝とは様子が違うことに気付く。何やら騒がしい。彼にも気配で判る。普段、こんなにもざわつく様なことがあれば、直ぐに宮司様が場を収めるはずだがその様子もない。胸にザワつきを覚える。
悪羅丸は御神木の辺りに人が集まっていることが判ると、自身もまさかと思い、胸のザワつきを抑えながら足を運んだ。
そして到着した彼へ、集まっていた僧侶たちの視線が一斉に向けられた。余りにも異常な空気と気配に悪羅丸は
庭に集まった集団の中から一人、悪羅丸の前へ早足で寄るとこう告げた。
「
昨夜の
「は、はい。
「ひ、ひいぃぃ!?
言い終わらぬうちに僧侶が叫び出した。突然のことに悪羅丸はポカンとしたが、僧侶は続けてこう叫んだ。
「この神社で
梟?――と寝起きの悪羅丸は一瞬何のことか判らなかったが、直ぐに思い出した。昨夜、闇夜の中で鳴き声を頼りに矢を放った梟のことだ。
(俺の矢は梟を射抜いていたのか!?)
周りの神人たちがまるで彼を薄汚い者でも見るかのような目で睨んでいた。睨まれて当然のことを悪羅丸はした。これは云わば神に叛いた背信行為である。
しかし当の悪羅丸はそんな大人たちの視線など気にもとめず、急いで飛び出し確認した。すると、神社の御神木の下で梟が一羽、見事に矢で射抜かれ絶命していた。
「こ、是をまことに俺がやったのか――!?」
悪羅丸は目を見開きじっくりと見た。いまだに信じられないとばかりに、口を開き唖然とする。僅かに興奮し、鼻息が荒くなった。
その時、この赤眼を輝かせ梟の死骸を凝視する小坊主の隙を衝いて、年長の小坊主・
「わしたちは悪羅丸に
不意を衝かれた言葉に、悪羅丸はハッと我に返ると振り向く。
「なっ!? 長丸兄ぃ、そりゃあ酷い! 御神木に矢を射よと申したは長丸兄ぃじゃった!」
「嘘を吐くな! わしは御神木に矢を射るなど恐れ多いと、あれほど止めたではないか! この
祟り憑き。この言葉が響いた瞬間、集団は皆、口を揃えて繰り返した。
「祟り憑き、祟り憑き――」と。
祟り憑きは災い
まるで世界が全て敵に回ったようだ――と悪羅丸は思った。今まで築いてきた信頼がボロボロと崩れ、寂しさが心を占める。
周囲が自分に敵意をもって睨んでいたことにも気付いた。裏切り者を見るような眼差しを向ける僧侶たちの中には、矢張り災いの元凶だと
どうやら長丸たちに
長丸たち小坊主らは、内心自分を
「おのれ――――ッ!!!」
瞬間、悪羅丸の心には怒りが込み上げる。今すぐにでも殴り掛かり、長丸を殺してやりたいという激情に駆られる。
冷静さを失った彼は気が付けば、長丸目掛けて走り出していた。騙された屈辱を晴らすべく、殴り殺してやると思った。
しかし悪羅丸が飛び出した瞬間、周りを取り囲んんでいた僧侶たちが一斉に動き、赤眼の小坊主を取り押さえた。僧侶といえども立派な僧兵だ。
何時も武術の稽古を付けてくれる先輩僧兵たちが、悪羅丸を取り押さえる。
地面に組み伏せられた彼は、キッと長丸を睨みながら、周りに弁明するため考えた。本当は梟を殺すつもりは無かった――と周囲に伝えるべく激昂する頭を巡らせる。
――だがどうやって?
何と言えば周りは信じてくれるのか? 事実、梟を射殺したのは悪羅丸本人だ。撤回しても信ずる者など誰もいない。
悪羅丸は孤立無援だ。ぐにゃりと世界が歪んで見えた。助けるものなど誰もいない。
――恐ろしい。
初めて悪羅丸は肝が冷えた。いっそ逃げ出してしまいたいと思ったが、組み伏せられ、その場から動くことが出来ない。何か言い返したかった。しかし、何を言えばいいのか思い浮かばない。何を言っても信じてもらえないだろう。何故なら自分は祟り憑きだからだ。
昨夜、弓を引いている間、自分の身体が何者かに乗っ取られているように感じた。その時、自分は弓矢に込められている神々の御加護なのだと信じてやまなかったが、恐らくそれは祟り憑きの力なのだろう。周囲に災い齎すため、俺はこの両目に操られたのだ。そう考えると悔しくて堪らなかった。
――もうこんな両目は要らない。
「ぐ、うおぉぉぉ――――ッ!!!」
悪羅丸が渾身の力を込めて右手を取り押さえる僧侶を振り払い、自身の両目をその場で潰そうとしたその時だ――。
「其処までじゃ! 皆、静まれ――ッ!!」
一同を一喝する声が
皆が声の方へ視線を移すと、そこには大森宮司が立っていた。
「ぐ、宮司様……。
僧侶が
だが、憤慨する僧侶に宮司はあくまでも冷静に
「
そう
そして宮司は直ぐに悪羅丸を見やった。
「悪羅丸!
解放された悪羅丸はそう命じられると、目を潰そうと思った激情が消え失せた。親代わりの宮司様にそこまで言われては、自身を傷つけるなど出来ないからだ。
彼はまるで魂を抜かれた
東国戦乱記〜蛮東武者よ、乱世に乗じて成り上がれ!〜 バリオス @granada
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