足城の忌子『悪羅丸』

第二話 「祟り憑き」

「この赤子はたたきじゃ! 何処いずこかへ捨てて参れ!」


 それが本作の主人公・新九郎しんくろうが現世で誕生した際に、実の父親から最初に告げられた言葉である。しかしそれも仕方がなかった。何故ならこの赤子は生まれながらにして両目が赤眼せきがんという不吉な相をしていたからだ。俗にいう「忌子いみご」だ。


 この時代、新九郎のような赤眼の人物はと呼ばれ、周囲に災いもたらす面相であると信じられていた。

 生まれて早々山や橋の下などに捨てられる風習があり、新九郎も漏れなく生後直ぐに母の手から捨てられた。だがその時、余りにも我が子を不憫ふびんに思った母は、まだ赤子だった彼を飯綱荘いづなのしょうのとある御社おやしろへ預けた。


 社の神人じにんたちは嫌がったが、この社の宮司ぐうじ大森おおもり季時すえときが新九郎の母と縁戚関係だったこともあり、何とか受け入れてくれた。


「ごめんね坊や……。生まれてすぐに其方そなたを捨てねばならぬこの母を恨まないでおくれ……。せめて名前とこの数珠じゅずだけは残してあげるからね……」


 そういうと新九郎の生母は自身の代わりとばかりに手作りの数珠を持たせ、社を後にした。

 ――悪羅丸あくらまる

 それが数珠と共に母が残してくれた新九郎の幼名である。


 悪羅丸はすくすくと育った。そして社で将来は神人じにんという神職に就くべく修行もした。しかし、このわらべには困った所があった。それは余りにも力が強かった。戦を生業としている足城あじろ一族の血を濃く受け継いでいたのだ。成長するにつれ身体は大きくなり、年も八つに成る頃には社の神人を押し倒せるほどの膂力りょりょくを備えた。


「近寄るなバケモンが!」

たたりが伝染るわ!」


 同世代の子たちとかけ離れていた力を持っていた悪羅丸は、皆から避けられた。うとまれたといってもいい。それは彼の両目が原因である。

 小坊主たちに石を投げられ、仲間外れにされ、神社で孤立していた。


(こんな目など無用じゃ! いっそ抉ったほうがマシじゃ!)


 自身の両目に強いコンプレックスを抱いた悪羅丸はある時、この両目をくり抜いてしまおうと考え、宮司に打ち明けると、この親代わりである大森宮司にこう言われた。


「よいか悪羅丸。我主わぬしの両目は世間一般からは祟り憑きと呼ばれ、恐れられておる。しかれど、わしは恐ろしいと思うたことは一度たりとてない。よいか? 我主をやれ恐ろしいだ、不吉だと申す者共をいずれ見返してやればよい。将来、立派な神人となり、神に帰依きえする姿を見せれば、我主の評判も変わるであろう。それまで精進致せ」


 ――何れ世間を見返す。


 それが悪羅丸の原動力であり、そして心の支えは、母が残してくれた数珠であった。

 宮司に励まされ、彼は立派な僧侶に成ろうと思い、憧れたのが神社の僧兵である。


 僧兵とは神に仕える守人もりとであり、神兵を指す。因みに、神社には巫女も当然いる。彼女たちも有事の際には薙刀を手に取り〝戦巫女いくさみこ〟となって戦う。


 そんな彼らの仕事は武士に社領しゃりょうを荒らされた時に出動してその暴挙を止めることや、町や港で座の商人たちに安全な商いを保証し、他の同業者からの妨害を防ぐ代わりに、売り上げの一部を徴収するというヤクザのようなお役目も務める。

 余談ではあるがこの僧兵の集団は、上述の理由から地域によっては豪族化し、神職出身の武家なども多数誕生する。


(強い僧兵になって大照たいしょう天神てんじん如来にょらい様をお守り致せば、世間の連中も俺を認めるはずじゃ! 俺は同年代の小坊主の中で一番強い。きっと立派な僧兵に成って見せようぞ!)


 悪羅丸はそう志した時から僧兵に近付き、武芸の稽古を受けた。薙刀、剣術、他にも弓術に投擲と多くを教わった。

 初めの内は祟り憑きと気味悪がられ避けられていた彼だが、熱心に修練に励む姿を見た僧兵たちが次第に集まり、可愛がった。


 そんな少年の姿を見て、宮司も満足であった。

 将来は有望な僧侶となり、有事には僧兵となって社を守ってくれるだろうという周囲の期待が集まった。


(必ず強い僧兵になる!)


 そう思いながら日々を過ごしていた彼だが、ある時、少年は無残な姿で社に戻った僧兵の集団を目にした。


 悪羅丸にとってその光景は衝撃的だった。普段、自分に武術や神の教えを説く年配の僧兵たちが、泥と血潮に汚れ、ある者は目を斬られ、またある者は片腕を無くしている。

 まるで地獄の様じゃ――と悪羅丸は思わずにはいられなかった。


「おのれ……血に飢えた蛮東武者ばんとうむしゃどもめが……」


 僧兵の一人が恨み言を残し、息絶える。あんなにも強かった僧兵がこうも簡単に死んでしまう。

 この時代、人々にとって死は身近である。戦に飢饉、そして病が蔓延はびこり、命の重みなど皆無に等しい。

 そんな中、祟り憑きというハンデを背負いながらも、元気に生きている悪羅丸は幸運と言って良い。


 ――蛮東武者。悪羅丸の脳裏にはその言葉が残った。どうやらこの得体の知れない化物のような連中が、御社の外に存在するらしい。

 興味を持った少年は直ぐに大森宮司に訊ねた。


「宮司様、お教え下さい! 蛮東武者とは何者に御座りましょうや!?」


 悪羅丸の問いに宮司は同朋の死をいたみながら、そして憎悪をにじませながら答えた。


「蛮東武者とはこの東国に巣くう獣の如きいやしい武士どもじゃ。あやつらは殺生を好み、物を盗み、常に戦を行う。我らが社領を度々侵し、領民や田畑でんぱたを荒らす連中じゃ」


 ――おもしろい!

 蛮東武者の説明を受けて、まず初めに悪羅丸はそう思った。常人ならば恐れを抱き、不気味にして残虐な敵と認識するであろうが、この少年はいささかどこかズレている感性を持っていたのか、敵であるこの武士に非常に興味を持った。


(まさか神の守人もりとをこうも無残に返り討ちにし、神罰を恐れぬ者が現世におるとは何とおもしろいことか――!)


 そう思うと悪羅丸は両方の赤眼をキラキラと輝かせながら、宮司に言い放った。


「いつか俺が武士を倒して見せまする!」

「よう申した、悪羅丸!」


 宮司にはこの少年が仲間の仇を取るという風に聞こえたのだろう。誰が聞いてもそう受け取る発言であるが、この少年の胸中は別であった。


(武士にうてみたい! 腕比べしてくれようぞ!)


 この神社が彼の世界であり、祟り憑きの面相から外に出してもらえない悪羅丸にとって、外は魅力的な世界だ。そんな外界に神をも恐れぬ武士という生き物がいると知った彼の胸は高鳴り、好奇心が強く刺激されたのだ。


 それから悪羅丸はより熱心に励んだ。毎日のように武士と対峙したことがある僧兵に訊ねた。何でも武士は、武芸百般に通じ、馬を巧みに乗りこなす殺戮を極めた集団であるという。


「悪羅丸! 武芸の稽古も良いが、神々の勉学も怠るでないぞ?」


 宮司に時々、神学をそっちのけでいることをたしなめられる。


「御安心下さい宮司様! 俺は必ずや立派な神人となり、この御社を継いで見せまする!」


 決して偽りのない少年の本心だ。この時は本気でそう思っていたのだ。まさか数年後、自身が武士となり僧兵を殺すなど想像もしなかった。

 悪羅丸はこの宮司に懐いていたし、それに宮司も遠からず親戚の子供であったこの少年を可愛がっていた。


 二人の関係はそれで良かったかもしれないが、周囲は許してくれなかった。特に悪羅丸の同年代の小坊主たちからは酷い嫉妬を買ってしまった――。

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