第3話『雨の交わり』

このパークはサンドスターにより気候が管理されているという話を聞くが、実際、そうではない。

雨や雪、強風だって吹く。

それは、どこの島とも変わりない。


外は激しい雨だった。


私が出掛けようとすると、キリンは


「こんな雨の日に何処に行くんですか?」と尋ねた。


私は「漫画のネタ収集だよ」と言ってロッジを出た。

彼女は雨が嫌いらしい。

それは私にとっては好都合だった。


ずっと雨だったらいいのにな。


その場所に着く間そればかりを考えていた。

歩いて3、40分。着いたのは古い建物だ。

何の施設かはわからないが、畳があることから、恐らくは温泉施設ではないか。


中は意外にも荒れてはなく、綺麗だ。

ヒトが世界から一瞬で消え去った様に。


私はここを見つけて以降密会場所にしている。

エントランスから黙々と歩き畳のある部屋の扉

を開けた。


そこにちゃんと、彼女はいた。

いつも先に彼女がいる。

白樺の様に、その立っている後ろ姿は美しい。


「おまたせ」


「なぜあなたはそんなに時間に対してルーズなのですか...」


呆れて、溜め息を吐いた。


「いやあ、ごめんね」


反省の色は皆無だ。


「...」


彼女は無言で私に抱きつく。

私はそっと頭を撫でつつ、彼女の顔を少し上げ、ダイレクトに唇を奪った。


私の本能か、彼女がそうしたのか、わからない。ただ、寂しさや鬱憤を晴らす為に。


底なしの欲求に。私は堕落した。


力なく、互いに横になると、更に密着して

吐息を直に浴び、唾液が混ざり合う。


湿った音を立てながら、自然に身体を触れ始めた。温もり、心臓の鼓動が生々しく感じる。


誰かを愛する。それはヒトの本能ではないだろうか。私はこの愛するという行動を自ら行い、その真髄を知ることが出来た。

そう思っている。


アミメキリンでも導き出せなかったその愛という物を彼女は教えてくれた。


私は彼女を愛している。心の奥底から。




雨の音が私たちの音を掻き消す様に強く降る。

雨は私にとって、好きな天気だ。







雨は大嫌いです。

見てるこっちまで憂鬱になる。

かつての、明るく、時にジョークを交えた先生のお話が聞きたい。

けど、あの頃の先生はもういないのかもしれない。私にとって必要なのは、あの頃の先生だ。


窓に打ち付ける雨音を聞きながら彼女の事を思うと、余計喪失感が大きくなった。




そんな事を思ってると唐突にコンコンと、ノックが聞こえた。


「アミメキリンさん、入りますよ」


アリツカゲラの声だった。

慌てて立ち上がった。


「どうしたんですか?」


「私の友達を紹介します」


彼女の後ろから出てきたのは、


「はじめまして。ナカベから来ましたブタと申します。清掃の仕事をさせていただきますので、よろしくお願いします」


「は、はあ...。アミメキリンです...。こちらこそ」


今の気分で何時もの調子は出せなかった。


「諸事情でしばらくはこのロッジでお手伝いしてもらいますんで、用があったらなんなりと言ってください」


挨拶を終えると礼儀よく彼女は頭を下げた。

こんな状況で新しい人物はあまり歓迎できなかった。


ブタが来てから2日後の事だった。


この日は曇天の空、あまりパッとしない天気の日だった。


「...ちょっと散歩に行ってくるから、留守頼むよ」


漫画を書いていたタイリクはペンを置きそう言って、部屋を出て行ってしまった。


窓辺に寄りかかり、空を退屈そうに眺める。

溜め息が出た。


「また...、留守番ですか...」


この愚痴を誰に吐けば良いのだろうか。

この気持ちを解決するためには、どうすれば。

自分で知ろうと意気込んでいたが、真実を知ろうとすれば自身が傷つくかもしれないというアリツカゲラの言葉が気にかかり、躊躇ってしまう。


思い悩む最中、ノックが聞こえた。


「失礼します...。あれ、タイリクさんまた出掛けたんですね」


入ってきたのはブタだった。


「ええ。全く...」


彼女は様子を見て何か察したのか、此方に近寄って来た。


「アミメキリンさん、アリツカゲラさんが心配してましたよ」


「ああ、ごめんなさい...」


「...平然を装うのは疲れの元ですよ」


自分の横に座り、声を掛けてきた。


「アミメキリンさんが何で悩んでいるのか、差し支えなければ教えていただけませんか?

お力になりますよ」


彼女なら誠実そうだし、頼りになるかもしれない。自分の胸の内を吐露しても...。それに、一人で動く勇気がないなら、協力してもらっても良いかもしれない。


「最近私を置いてよく出掛けるんです。

何しているのか気になって...」


「アミメキリンさん、念のため確認ですが」


「...?」


「タイリクさん好きなんですか?」


「...」


「正直に言ってもらえないと、私も協力しかねますよ」


目付きを変えて彼女は言った。


「あなたの言ってる事はプライバシーの侵害に当たる行為です。それなりの事情でなければ、動くことは出来ません。単なる友達なら、個人を詮索する理由は全くないと思います」


ブタは正論を容赦なく突きつけた。

いままで思い悩んで来たのだ。

思考の余地は...、無い。


「私は.....」


目を閉じ、ゆっくりと唾を飲み込んだ。









「先生が大好きです」

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