第5話 テイマーへの道 

 同行してくれる少し成長した女子と共に歩く。


「町の方でも騒ぎになっている。少し急ぐぞ」


「どういうこと?」


 下水道を目指す最中に彼女に説明する。


「緊急依頼という形で町中にいるスライムを討伐することになっている。誰かが襲われたか、なんらかの被害が出たのだろう」


 しかしこれはスライムが原因ではあるが、元はといえば赤い鉱石が原因だ。下水道内に落ちているような物ではない。


「そんな…!あの子、殺されちゃうの…?」


「それはない」


 力強く、断定的に否定する。


「まず、依頼を受けてる者はここに辿り着くことすら困難だろう。地理的に言うなら町中も町中だ。端から下水道に降りてしらみ潰しに探すなんて時間がかかりすぎる」


「……なるほど。でも、あの子また移動してるから、今度は探す時間が――」


「それについては問題ない。考えがある。最後に見た場所まで連れてってくれればなんとかしよう」


 少し歩いたぐらいだろうか、彼女がふと足を止める。


「確か、ここだったかしら」


 場所を確認し、カバンから筒を取り出し、近くの液体を採取する。


「大きさはどれくらいになっていた?元の大きさも教えてくれ」


 下水道の道幅は馬車2台、高さが私より少し上、か。


 昨日見たスライムは膨張と腫れ物のせいか資料にあるのより大きかったが、個体差があることも確認されているからな。


「昨日の時点で殆ど戻っていたわ。貴方の腰より少し低いぐらいの大きさよ。で、なにしているの?」


「なら標準より少し小さいのだな。ふむ…これは魔道の筒と言ってな。魔術の痕跡に反応し、同じく反応がある物と共鳴するのだ。治癒魔術を使ってみろ」


「……?こう?」


 少女は手をかざし、淡い光で道を照らす。


 すると筒は同じく淡い光を放ち続ける。


「やはり反応するか。今のこの筒には膨張したスライムの欠片、体液が含まれているのだろう」


「……人間って凄いわね。そんなものまで作れるの?」


「いや、一部の都市の一部の人間しか使わんよ。私も魔術反応については聞いたことがある程度だ。……こっちだな。道なりに進むぞ」

 

「そういえばテイマーになれたの?」


「今回だけという特例だがな。契約するか?」


「いいわよ。というか契約でいいのね?」


「勿論構わん。……の前に目的地みたいだぞ。思ったよりも動いてないようだ」


 視界の端にチラっと緑のつるつるした部分が過る。


 大分大きい。少なくとも成人男性を丸飲みするぐらいは容易だろう。


 人間を治すことはしてきた。だが、モンスターを治したことはない。昨日は失敗に終わっているのだ。鉱石から来る症状に目を奪われ、回復魔術の反応による後遺症のようなものを考えることすら出来なかった。


 頭に後悔の念が浮かぶが、まずはやることをやるのだ。今度こそ。


 すぅー…はぁー…。


 下水道の臭いなど大した苦でもない。


「おい、そこのスライム。止まってくれ」


 静かに、意識を向けてスライムに話しかける。身じろぎのような行動を取ると、顔がどこにあるか分からないが明確に視線を感じる。


「ふぅぅぅぅ!!!」


「意識はあるな?話は出来るか?出来なければ……おっと」


「フシュッ!」


 ハミルトンが話している最中に自らの粘液を飛ばしてくるスライム。


「なるほど。確かに凶暴化だな。本来穏やかで受動的なスライムが好戦的になっている。いつもよりみなぎって持て余してるのだろう。基本的に一日分のエネルギーを取得したら狩りという狩りを起こさない種族なのに道中ネズミ等の小動物なども見つけなかったしな」


「フシュッ!フシュッ!」


 変わらず粘液を飛ばすが、慣れた調子で徐々に距離を詰めるハミルトン。


「ちょっと大丈夫!?ってうわわわ」

「フシュッ!」


 声に反応したのか少女の方にも粘液を飛ばしたようだ。そちらを確認する余裕はない。


「大丈夫だ。少し失礼する……よ!」


 十分に近づき、輝くようなナイフでスライムを切り付ける。


「ふわっ!?」


「痛みか、痒みか。スライムの感覚器など流石に検討もつかんからな。まずは膨張した箇所を切り落とす」


 ナイフを持ち直し、溶けていないことを確認し再度切り付ける。


「ふわわわ!」


「ちょ、ちょっと!あんまり乱暴なことしないでよ!」


 綺麗に四角に切りつけ最後を少し抉るとぶちゃっと水気のある物を叩きつけた音が響く。


「善処する」



 しばらく切りつけていると、なぜかスライムが動かなくなっていた。


「ふ……しゅぅぅう…わ」


 なにか話しているが意味を成さない言葉だろう多分。


「ふぅ……どうだろうか?」


「なんか、さっきよりは縮んだわね。というか大丈夫なの腕」


 切る時に少しずつ粘液が腕に飛んできてて所々爛れている。包帯のストックはあまりないから困るんだが。


「治癒魔術をかけてくれると助かる。元のサイズに近づいてきているか?」


「えぇ、あと心なしか気持ち良さそうよ……?」


 ……分からん。私は切られたら痛いぞ。気持ちよくは断じてない。


 そろそろ腕が疲れるだろう時間が過ぎ町の緊急依頼を受けた人たちが到着するであろう頃。


「しゅわ…ふぅ……はっ!」

「む……?」


 治癒魔術をかけてもらいつつ、スライムの膨張部分を文字通り切り崩していたハミルトンは気づく。


「大分小さくなったな君……」

「もうほとんど元の大きさね」


 集中していたせいかスライムが声を上げるまで気づかなかった。


 今なら意思疏通ができるか?


「大丈夫か?切ってしまった所に重要な器官はないか?嘔吐…はしないか普通。痛むところはあるか?」


「う、ううん。特にないと思う…よ」


 おぉ!スライムと話せるぞ!いやはや感慨深いものがあるな!


「大丈夫?あなたのことを二回も助けてくれたのよ。この人間」 


「……なんとなく覚えてる…。どうしようもなく熱かった時に朧気だけど…」


 ふむふむ。脳がなくても記憶力はあるのだな。いや、モンスターは脳で覚えてないという話も聞くからな…。


「…あー、人型になれる?」


「あ、そうだね。そっちの方が話しやすいね」


 なんだと?人型スライムだと?


「お、ま、待て待て。心の準備をさせてくれ……」


 カタチが人に近いほど知性が上がるという推測があったが逆なのか!知性が高いからこそ人に近くなる。もしくは成れるのか。


 はぁ…はぁ…


「よし……どうぞ人型になってみてくれ」

「……気持ち悪いわね」

「う、うん。じゃあ――」


 私の腰ぐらいのスライムがべちゃっと広がったと思うと徐々に人型に近づいてくる。


 緑色の人間のような何かが出来るまで数秒だった。


 愛嬌のある顔、慎みある乳房、それの頂上には――


「おい、こっちは探したか!」


「本当にいるんですかね…ネズミ一匹見当たらないっていうのに」


「そういう小動物がいないってことは本能で危険を察知して逃げてるか、既に食われてるから異常事態なんだよ。わかってんのか新人」


 声が遠くから反響して聞こえてくる。


 少し長居しすぎたみたいだな

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る