キクコおばさんのお願い

「今あなた以外に弟子が、もう一人いるのですね」


「はい」


「弟子とあなた、どちらが人を幸せにできるのか。それを見て決めたいのですね」


「なんだいキクコ、弟子を一人しか育てない気かい」


 キサラおばさんが口をはさむ。こっちは既に二人いて、一人は保留だよ、と。


「ウチは、昔からのルールを守って育てなければ気がすまないのですね」


 キクコおばさんはしみじみと言う。


「今はそうでもないのですが、昔はまじょ一人に弟子一人と決まってましたのね」


 キクコさんは、伝統を大事にする人なんだ。


 昔からの伝統や文化を守って、生きていく人。


 そしてある程度新しいものを取り入れながら進もうと思う人。


 キクコおばさんとキサラおばさんには、考え方の違い方があるんだね。


「ウチ自身、一人しか育てる余裕はないんですね」


 そんなにたくさんの人を育てる自信はないのですね。


 そう、キクコおばさんはつけたす。


「明日もう一人の弟子をここへ連れてきますのでね」


「はい」


「明日から三日間で貯められたまほうせきの数の多い方を弟子にしますね」


「わかりました」


 わわ、あたしが頑張るわけでもないのに、なんだか緊張してきたな。


「人の店を勝手に集合場所にしないでほしいね」


 キサラおばさんの言葉に、キクコさんが笑って言う。


「ここ、お店なんですね。でも、お客さんいないですね」


「うるさい」


 なんだかこの二人、仲良しに見える。


 あたし、勝手に心の中でほほえんでた。


♢♦


 次の日。夕方にあたしたちは集まった。


 昨日いなかった女の人が、一人。高校生かな。


 きれいな足を積極的に見せるスカートの短さは、見習いたい。


 見知らぬ人がたくさんいるのに、あいさつもなしで椅子に座ってる。


 コンパクトミラー見ながら、自分磨きに忙しい様子。


「この子が今のウチの弟子ですね」


 キクコおばさんに言われてやっと、女の人はめんどくさそうに会釈する。


 うん、なんだか、難しそうな人。


「それでは、二人とも、まほうせきの小瓶を見せてくださいね」


 キクコおばさんの声で、星谷くんと女の人が自分の小瓶を取り出す。


 キクコおばさんは二人の小瓶の中身を、自分の小瓶の中に移し替える。


「これで両者が持っている、まほうせきは現在ゼロ個のはずですね」


 それから、二人の顔を見比べながら言った。


「三日後、集合場所はここでよろしいですね」


 星谷くん、そして女の人は頷く。


「三日でより多くのまほうせきを集められた方を、正式なウチの弟子としますね」


 こうして、星谷くんのまじょ復帰をかけた、戦いが始まったのだ。


♢♦


「あー、おれ、勝てへんわ」


 三日後の夕方。星谷くんは、カウンターに突っ伏して、ため息をついた。


「まだ決まってないじゃない、そんなこと」


 どうしてあたしが、星谷くんをはげまさなきゃいけないのよ、まったく。


 星谷くんの前に置かれた小瓶は、小さなまほうせきが数個。


 あたしが前に一度、すっごく頑張った日の三日分みたいな感じ。


 そこへ、扉が開いて女の人が入ってきた。


 そしてすごくそっけない動作で、星谷くんの小瓶の隣に、自分の小瓶を並べる。


「え!? こんなに!?」


 あたしも黒原くんも、星谷くんも、みんな目を丸くした。


 女の人の小瓶は、ふたを閉めるのも大変そうなくらい、まほうせきが入ってた。


 三日で、こんなに集めることってできるんだね。


「勝負はこっちの勝ちだから」


 そっけなく言って、小瓶を持って立ち去ろうとする女の人。


 星谷くんが、カウンターに崩れ落ちる。


「星谷くんも頑張ったよ、キクコさんに頼んでキサラさんの弟子になろうよ」


 あたしがそんな星谷くんを励ましていた時だ。


「その必要は、ないですね。勝負はきまりましたね」


 店の出入り口に、キサラおばさんとキクコおばさんが立っていたの。


 キクコおばさんは、女の人が持っていた小瓶をとり、女の人に言った。


「杖を貸してもらいますね」


 女の人は、しぶしぶ杖をキクコおばさんに預ける。


 するとキクコおばさんは、小さな箱を取り出して杖を収納する。


 そして、何か言おうとする女の人に、厳しい口調で言う。


「これは、ウチがあなたに与えた最後のチャンスでした」


 びくっとする女の人。


「あなたは、最初にまほうせきをウチに全部出さなかったですね」


 え、それじゃあこの三日間より前に集めたまほうせきが入ってたってこと?


「そしてそれを保険にして、努力をするのかと思いきや。まったく動かなかった」


 キクコおばさんは、箱の前で自分の杖を振る。


 女の人の杖が入った箱は、消えてしまった。


「今のあなたには、人を幸せにする力はないですね。クビですね」


 そして、星谷くんに向き直ると微笑んだ。


「あなたは、人を幸せするのは苦手みたいですね」


「自分でも、分かってます」

 

 星谷くんがうつむく。キクコさんはそれを優しく見つめて言った。


「それで、よいのです」


 星谷くんは、不思議そうにキクコさんを見つめ返す。


「自分はまだ未完成であるということを自覚すること。成長しようと努力すること」


 キクコさんは歌うように言う。


「あなたはこの三日間、自分なりに努力してそのまほうせきを集めましたね」


 だから、とキクコさんは言葉を切る。


「だから、今度はウチが自分のルールを少し変える番だと思いますね」


「それじゃあ」


「あなたを、正式にウチのまじょの弟子として認めます」


「大変だったのさ。アンタたちの行動を監視させられてたんだよアタシは」


 キサラおばさんが不機嫌に言う。


 ああそれで、ここ三日キサラおばさんお店にいないことが多かったんだね。











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