遠野海里ちゃんの証言

 その声を聞いて、高園寺さんが顔を上げる。


「海里ちゃん……」


「京歌さん、こんな人たちのために、おまじないを使う必要ないですわ」


 女の子は、腰に手を当てる。


 思い出した。この子は、隣のクラスの遠野海里とおのかいりちゃんだ。


 喋り方がお嬢様みたいな感じで、高園寺さんと仲がいいって聞いたことがある。


 ただ、怒らせるとすっごい怖いんだって。


「違うの。この人たちは、わたくしを助けてくれようとしてくれてるのよ」


 高園寺さんが立ち上がる。


 そして、あたしたちに今にもつかみかかってこそうな遠野さんを抑える。


「あなたを……助けてくれようと……?」


 あたしたちを見る、遠野さんの目が変わる。


「あたしたち、高園寺さんの役に立ちたくて、来たの」


 あたしの言葉に、遠野さんはつかつかとあたしの前まで歩いてくる。


 ちっ、近い。


 遠野さんは、あたしと目と鼻がくっつきそうなくらい近づいて聞く。


「本当に?」


 遠野さん、疑ってる。


「本当だよ」


 あたしが言うと、彼女は少し悩むそぶりを見せた。


 それから言った。


「ここじゃなんだから、とりあえず、あたくしの家においでなさいな」


 そして、高園寺さんに向かって言う。


「京歌さん、あたくしの家に二人を案内してさしあげて。あたくしは」


 ここで言葉を一度切る遠野さん。その瞳には、炎が宿ってる。


「あたくしは、あのうるさい、やじ馬どもを蹴散らしてからまいります」


 そう言って、高園寺さんの家の表側へ向かう遠野さん。


 高園寺さんの家にいる女子たちを追い返すつもりなんだ、すごい人だ。


 同じ四年生だとは思えないよ。


「わたくしの家では確かに、ゆっくりお話もできないですからね」


 高園寺さんは言うと、先に立って歩き出す。


 あたしと黒原くんは顔を見合わせてから、彼女の後をついて歩き始めた。


 って、ああ!


 今、何時!?


 これってまた、お母さんに雷が落ちるフラグの予感!?


 でも今更、じゃあ明日ねって言えないもん。


 仕方ない、今日はおとなしく怒られることにしよう。


♢♦


「大したものもお出しできなくて、ごめんなさいね」


 遠野さんが白地に花柄のお盆を部屋に入ってくる。


 お盆の上には、なんだかいいにおいの飲み物が人数分。


「ローズヒップティーですわ。お口に合えばよいのですけれど」


 京歌さんは、お好きでしたわよね。そう言いながらティーカップを置く彼女。


 遠野さん、一つ一つの仕草が優雅だ。


 さっき、女子たちをけちらした時とは大違いだ。


「京歌さんを助けてくれると、お聞きしましたわ。どうすればいいんですの?」


「え、遠野さんも手伝ってくれるの?」


 あたしが聞くと、遠野さんは大きく頷いた。


「もともと、あたくしがまいてしまった種ですもの」


「え、それってどういう……」


「高園寺がけんかしておまじないを使った相手が、遠野なんだ」


 黒原くんがそっけなく言った。


「まじない屋を始めたらと提案したのも、あたくしでしたの」


 遠野さんは、悔しそうに言う。


「まさか、こんなことになるとは思っていませんでしたけど」


「海里ちゃんのせいじゃないわ、わたくしが決めたことですから」


 高園寺さんがフォローするけど、遠野さんは首を振った。


「当時、京歌さんは沈んでいることが多かったんですの」


 遠野さんは、ゆっくりと語り始めた。


 高園寺さんと大親友だった遠野さん。


 毎日忙しく働くお母さんのことで悩む高園寺さんを知ってた。


 彼女をなんとか励まそうとして、遠野さんも色々と悩んだそうだ。


 けれど、特に解決策を見つけられないまま、一日一日と過ぎていったみたい。


 でもある日急に、高園寺さんが元気になった。


 後から分かるけど、お母さんにありがとうって言われた日だったんだって。


 その後すぐ、ちょっとしたことで二人はけんかをしてしまった。


 次の日、高園寺さんの方が謝ってきたんだって。


 自分も悪かった。今日謝って仲直りしなくっちゃ。


 そう思っていた遠野さんはとーっても喜んで、すぐに二人は仲直りした。

 

 その時に、遠野さんは高園寺さんからおまじないの話を聞いたんだって。


 もっとたくさんの人を幸せにしたい、そう話した高園寺さんの顔を見て。


 高園寺さんが笑顔でいてくれるなら、そういう方法もあるんじゃないかな。


 そう考えて、遠野さんは高園寺さんに、まじない屋を始める提案をした。


「最初は、うまくいっていたのですわ。みんな、嬉しそうしてましたし」


 何より、京歌さんが嬉しそうでした、と遠野さん。


「でも、日に日におまじないを教えてくれという人が増えてきたのですわ」


 それ自体は、よかったのですけれど。と遠野さんは顔をしかめる。


「なんだか、それが当たり前のようになってきてしまったのですわ」


 当たり前。それってすっごくおそろしいことだと、あたしは思う。











 


 

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