川西先生

 そのあとは、だいたい想像できるんじゃないかな。


 川西先生のにーっこりした顔が、目の前に広がって。


「どうして、わすれたのかな」


 猫なで声って、こういうことを言うんだろうな。


 あたし、初めてこの言葉の意味が分かった気がして。


 ぶるぶる震えながらあたし、言ったの。


「あの……、えっと……、体調を崩してしまって……それで……」


 さすがに、本当のことは言えない。


 まじょになれたのがうれしくって、本を読んでたら寝てました、なんて。


 だから、とりあえず体調不良ってことにした。


 すると先生は、少しだけ心配そうな顔を向ける。


「あら、学校では元気そうだったのに。……今日はもう大丈夫なの」


「はい。しっかり眠ったら、よくなりました」


 先生の顔を見ていると、申し訳ない気持ちになる。


 本当は、体調なんて崩してなかったのにね。


 あたしは、もごもごと言葉を続ける。


「それで、あの。……明日宿題は、見せにきます」


 川西先生は、いつも怖いけど、怒るともーっと怖い。


 宿題忘れは、続けて二回までしか許してくれない。


 続けて三回忘れると……。大変なことが起きる。


 どんな大変なことが起きるのかって?


 あたしも、まだ一度しか見たことはないんだけど……。


 雷が落ちるって言葉、聞いたことある?


 まさにその言葉が、目の前で起きているような感じ。


 普段からこわーい先生の顔。


 それが、いつもよりさらに目がつりあがって細くなって。


 マイクで話してるみたいに大きな声がさらに大きくなって。


 先生は、連続三回宿題を忘れてきた男の子に怒っていた。


 その顔は、まるで角が生えた鬼さんみたいだった。


 あの様子を間近で見たあたしたち。


 絶対に宿題は忘れないようにしようって心に決めた。


 相談したわけじゃないけど、みんなそう思ってたと思う。


 誰だって怒られないですむなら、それが一番だものっ! 


 だけどあたし、 今までに何度か宿題を忘れたことがある。


 全部できなかった日もあるし、家に忘れてきたこともあった。


 宿題じゃなくてもあたし、忘れ物をすることが多いんだ。


 だからあたし、川西先生に、こういわれたことがある。


「鳴川さんは、ブラックリスト入りだね」


 ブラックリストってどんなものか、よくわからないけど。


 でもきっと、あんまりよくないものだよね。


「今回は一回目ですから、許しましょう。でも明日も忘れたら……」


 先生の目がすっと細くなる。こわいいいいぃっ。


「も、もちろん、分かってます! 明日は必ずやってきますっ」


 そう言ってあたしは、慌てて教室のある校舎の方へ走った。


 後ろから誰かが叫んでいた。


「廊下は走らない」


 分かってはいるけど、走りたくなる日も、あるよねっ。


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